ふとっちょ上官の災難
「何事だ!」
「わかりません!」
突如轟音を伴い揺れだした迷宮の地面。
三人は状況を把握するために駆け足で今来た道を戻る。
その場には三人に為す術もなく屠られたミノタウロスだけがずしりと横たわっていた。
「クリス、状況報告!」
「はっ!」
上に戻ってきた三人は一箇所に集まった勇者達の元に行くとクリスから何があったのかを事細かに聞いた。
ゴブリンの襲撃を受けたこと。
なんとか穴に落とし撃退したこと。
どのように撃退したか。
クリスはそんな必要な情報を的確に話していく。
そして最後に、言いにくそうにこう続けた。
「・・・死者一名、ゴブリンとともに穴に落下。」
「貴様・・・。」
驚いたように目を見開き勇者達を見て全てを悟ったエリーナがクリスのことを睨みつける。
クリスは蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれず、ただただその目に涙を浮かべていた。
エリーナは視線を外すと無言で迷宮の出口のほうへとスタスタ歩き始める。
「どこへ行く、エリーナ。」
「軍の上層部に捜索を進言する。」
「無理だ・・・わかっているだろう。」
ライザーの言葉にエリーナの動きは一瞬ピクリと止まったが、そのまま歩き続けた。
「あ、エリーナ!報告は終わったよ!そっちもおわっt・・・。」
「邪魔だ。」
途中、報告から帰ってきたマシュが嬉々とした表情でエリーナに話しかけたが、エリーナはマシュの体を左手で押しのけ上の階層への階段をスタスタと上がっていった。
「マシュ、後は任せた。」
「えぇ・・・!」
今帰ってきたばかりのマシュの報告すら聞かず、ライザーもエリーナの後を追って歩き始める。
「・・・えぇ・・・・・・。」
半泣きのクリスと苦笑いのトーマス。
そして俯きがちな勇者達。
そんな気まずい状況を何も知らないのに任せられたマシュはそんな情けない声をあげた。
バンッ!
「なぜだ!」
エリーナが力強く机を叩き、身を乗り出して言う。
その視線の先には小太りの髭を生やした男の姿があった。
「ま、まあまあそんなに睨まないでくれよ・・・私だって出来るならしてやりたいが、誰がどう聞いてもその勇者君が生きてるなんて思わないだろう。」
エリーナは鋭い眼光で上官の目を真っ直ぐ見た。
上官ですらその迫力に苦笑いを浮かべる。
「もし生きていたらどうする。」
「いやしかし、やはり彼を助けに行くことはできない、危険すぎるうえに何より上が許さないだろう、だって彼は・・・その・・・。」
「何だ。」
「・・・犯罪者なのだろう?」
その瞬間、エリーナの鋭い眼光がさらに光る。
明らかな殺意がこめられたそれに、上官の背筋はおのずと伸びた。
「失礼します。」
「誰だ?」
「はっ、アルバート・ライザー中佐です。」
彼にとって救いかと思われたその声は、まったくもって逆だった。
第二特務連隊隊長のアルバート・ライザーとその部下のエリーナ・リンフォード。
嫌がらせをしてきた上官を口だけで攻め立て号泣までさせたあのライザーと、優秀ではあるが命令違反を繰り返すあのエリーナ。
軍でも有名な伝説の二人だ。
彼は直感する。
押し切られると。
そしてまた上から呼び出されこっぴどくどやされると。
「捜索の許可か、顔が変形するまで殴られるか・・・お選びください、上官殿。」
「エリーナ、無理を言うな・・・あの穴がどこまで続いてると思っている。」
「えっ。」
ライザーの予想外の言葉に彼は驚きの表情を浮かべ、やがてそれは嬉々とした表情に変わった。
そして、すたすたと小走りでライザーの元まで行くと、その背中に隠れる。
その体は太っているため、細身のライザーでは隠れきっていない感が否めないが。
「それに、捜索するといっても150の悪魔の存在もある・・・あいつを倒すのに一体何人が死んだと思っている。」
「・・・。」
ライザーの言葉の意味が理解できるからだろう。
エリーナは無言で俯いていた。
「今集められるのは三十名程度、捜索といっても50階層までが限界だ。」
「へっ?」
「穴の途中に引っかかっている可能性にかけて50までは行く、だがそこまでで見つけられなければ諦めろ・・・死んだ可能性の高い人間のために今生きているものが死ぬことは許さない、いいな?」
「えぇ・・・。」
「ああ。」
「ああって・・・上官は私なんだけど。」
「それでいいですね?上官殿。」
「は、はい。」
彼は思った。
田舎でのんびりと暮らしたい。
このままでは胃に穴があく。
と。