召喚
それはある日突然訪れた。
奇々怪々で理解不能。
一言で表すなら『ありえない』。
もったいぶっても仕方がないので単刀直入に言おう。
僕、宮代悠馬、17歳は異世界に召喚されたのである。
それも勇者として。
いや、こう言うと誤解が生じるかもしれないので説明しておくが、僕を含めた16名が皆勇者として召喚されたのだ。
はっきり言って僕もどうしてこうなったのかはわからないが、わかる範囲で経緯を説明しよう。
その日も夏の日差しが、引きこもりがちな僕の白い肌を真っ赤に焼くべくジリジリと照りつけていた。
夏休みはほとんど外に出ず、クーラーの聞いた部屋でのんびりと過ごしていたので、肌は病的に白くなっている。
そんな僕の目的は予約しておいたゲームの受け取りだ。
嬉々とした表情で家の扉を開けたとき、外で散々温められた熱気がもわっと僕の体を包み込んだが、ずっと楽しみにしていたゲームなのでふと頭によぎったやめようかという考えを振り払い、なんとか歩き出した。
しかし、今思えばここでやめておけばあんなことにはならなかっただろう。
しばらく外に出ていなかったということもあり、数分歩いた程度の僕はすでにふらふらとしていた。
「あついぃ~。」
先ほどから何度も何度も憎たらしい太陽を睨みつけては、一人で暑さにうなる。
が、もちろん依然として暑いわけで無意識のうちに日陰へと歩いて行く。
「ん・・・?」
車一台が通れるかという細い道。
そこにやつはいたのだ。
白く、ふわふわとした毛玉。
その体はほぼ完璧な球体に近く、頭の上にはキツネのような三角の耳が二つちょこんと乗っている。
体の大きさは中型犬程度で、体に不釣合いなほど大きなくりくりの瞳がじっとこちらを見つめていた。
「・・・。」
「・・・。」
ああ、認めよう、こいつは可愛いとも。
思わず撫でたくなるような可愛さだ・・・そして純白の毛がかき氷のようで美味しそうに見えたということも否定しない。
しかし、今日僕がした行動の中で、これが一番の過ちだった。
過去にいけるのなら、僕は自分にこの生物の恐ろしさを懇々と3時間は語っていたことだろう。
だが、残念なことに過去は変えられない。
僕が不用意にもこの見たこともない生物に近づき、頭を撫でようとしたという過去は変わることはないのだ。
そう、僕はこの白いふわふわを撫でようと手を伸ばしたんだ。
その瞬間。
ぱくっ・・・。
僕は食べられた。
正確には口に入れられた、すっぽりと。
幸い噛まれたりなどはなく痛みもないが、ヌメヌメとしているので不快感はものすごい。
この生物の皮膚はゴムのように伸び縮みするため動けないなどということもないはずなのだが、だんだんと体が言うことを聞かなくなってくる。
そして、僕は状況を理解する間もなく眠りについてしまった。
目が覚めるとそこは地下室のような場所で、怪しいカルト教団のようなローブを着た人たちと、僕と同じようにあいつに連れてこられたであろう15人の男女がいた。
それが事の経緯である。
そして今現在がローブの男達と16人の男女が向かい合った状況だ。
ローブの男の一人が前に出て咳払いをする。
全員の視線はおのずとそこに注がれた。
「あ~・・・勇者様方、ようこそおいでくださいました。」
「「「・・・。」」」
おそらく皆が思っていることだろうが、来たくて来たわけではない。
「さきほども申しましたが、ここにいる全員が目を覚まされたようなので今一度説明させていただきます。」
「「「・・・。」」」
誰も口を開かない。
ローブの男は非常に気まずそうに「あ~・・・。」だの「ん~・・・。」だのと唸っている。
「我々が異世界よりあなた方を召喚したのは、現在我々の世界が救世主を必要としているからなのです。」
「異世界?」
どこからともなく聞き返す声が響いた。
凛とした女の子の声。
そちらをちらっとみると黒髪ショートの眼鏡をかけた真面目そうな女の子がいた。
顔はかなり可愛い。
「えぇ・・・我々の世界はルナ・ヴィエルタ、そちらの方々の世界はシナ・ヴィエルタ、そしてあなた方の世界はムナ・ヴィエルタと呼んでおります。」
どうやら僕のいた世界はムナ・ヴィエルタだそうだ。
「どういう意味だ?」
今度は別の方向から声が聞こえる。
そこにはムキムキで肌が日に焼けた、少し金髪っぽい白髪をした男が立っていた。
顔立ちは外国人のようで、この状況にも動じた様子がなくニカッと笑っている。
「え、ああ、ええと古代語でヴィエルタが世界という意味でしてルナは魔法、シナは空、ムナは鉄という意味です・・・我々の世界は魔法で発展しましたので、シナ・ヴィエルタは宙に浮く島に人々が暮らしているでしょう?ムナ・ヴィエルタは鉄の馬が走っていたりと非常に優秀な加工技術を有している・・・意外と単純なんです」
思いもよらない質問だったのだろう、彼はテンパっていたが説明をした。
そして最後に引きつった笑顔を見せるが、もちろん誰も笑ったりしない。
「ぁあー・・・話を戻します、気付いてらっしゃるとは思いますがこちらに召喚される際に皆様に神器が支給されております、これは神があなた方の人間性を見定め、魂の一部を取り出し作り出したあなた方専用の武器となります。」
確かに気付いてはいた。
皆、槍や剣といった派手な装飾の施されたかっこいい武器を持っている。
僕も腰の所にダガーがあるが・・・なんというか、他の人のよりも地味だ。
全体が真っ黒で何語かはわからないので読めないが刀身に文字が彫ってある。
「それは皆様の魂の一部を使っているということもあり、非常に強力な武器です・・・どうかその神より与えられし力を我々のために貸していただきたい」
男はその場で深く頭を下げた。
「力を貸すったって・・・何をすればいいんだ?」
またさっきのムキムキの男の声だ。
その声にローブの男はすっと顔をあげると怒りと決意を込めたような表情で口を開いた。
今までの弱々しく気まずそうに話していた彼とはまるで違うその様子に、場の空気は張り詰める。
「この世を悪で満たさんとする魔王を討って頂きたい・・・これはルナ・ヴィエルタに住まう全人類の願いであり、果たさんとする復讐なのです」
悔しそうに拳を握り締め震える彼らの瞳からは涙が流れていた。