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その日の午後は、予定通りサザーライト工房地下にあるおかみさんの作業部屋で、初めての魔道具制作に挑戦することとなった。
「さあ、ここに座って。」
いつもおかみさんが使っている作業机を今日は私が使うようだ。主に戦闘用魔道具を制作している親方の工房とは雰囲気が異なり、女性向け製品を取扱うおかみさんの工房は細かいパーツや小さな魔石が多く取り揃えられ作業机周りに綺麗に整頓されている。壁にはデザイン画や図面が飾られ、見ているだけで心が弾む。
「今日ははじめてだから、これまでに扱ったことのある素材で作成できる初歩のアイテムにするわね。流れさえ覚えてしまえばその先は応用も発展もそれほど難しいことではないから、あとは本を参考にしたりすれば一人でも制作できるようになるはずよ。しっかり覚えてね。」
「フィリエなら大丈夫だよ!」
「うむ!」
後ろでサムズアップしている自信満々の賑やかし2名は、案の定見学に付いてきた親方とザックだ。
「はい、がんばります!」
私も振り返ってサムズアップを返す。
『フィリエ』は勉強熱心だったようで、毎晩必ず寝る前に魔道具の学習時間を設けていたようだった。枕元の本棚には、基礎から応用、過去に制作された魔道具の図鑑がずらっと並んで、情熱の程がうかがえた。きっとこの日を心待ちにしていたことだろう。彼女のためにも、気合を入れて学ばなければ。
「作るのはカイロよ。これからの季節にちょうどいいでしょう。作りもとてもシンプルなの、材料はこれだけ。」
おかみさんは、机に巾着袋、綿、赤いスティック状の魔石、ニードルのような工具を置いた。
「紋は魔石本体に書き込むか、素材にはめ込む場合はその周囲に書き込むのは知っているわね?カイロは発熱と温度が高くなりすぎないように制御するための紋さえ書けばいいから、魔石本体で十分よ。」
お手本の書かれた紙には、中央に熱の紋、その両脇に制御の紋が配置されていた。魔力を通すと一定の温度まで上がるようにできている。本で既に学んでいた初歩的なタイプのものだったので、彫り込む事は難なくできそうだ。
「紋を書き込む道具は使いやすいものであれば何でも構わないわ。小さな物なら針とか、彫る素材によって彫刻刀やノミを使うこともあるわ。大切なのは魔力で書くことだから、正直なんでもいいの。ニードルを持って。」
「はい…!」
「ニードルの先まで自分の体の一部だと思って、体内に巡る魔力を行き渡らせるの…特に先端に力が溜まるように少しづつ強く。」
日常生活で魔道具を使うときとは比べ物にならない魔力が必要なのだ、体中の魔力を集めなければ。意識を集中して自分の魔力を感じてみる。
だんだんと心臓が熱を持つ。力強く送り出される血液とともに、魔力が大きなうねりになって体内を駆け巡っていくのが分かる。手を伝ってニードルの先端へ、自分の体の一部のように…。おかみさんの言葉を反芻しながら魔力を徐々に込め、赤い魔石の中央へ書き込む姿勢に入る。そのとき。
「待てっ!」
「えっ?!」
「うわぁ!」
親方が慌てて私の体を抱えて机から引き離した。と同時に、一瞬ニードルの先端に溜まった魔力に触れた赤い魔石は、爆ぜるように粉々に砕け散ったかと思うと、急激に押し込められた大量の魔力に耐えきれず青白い炎を上げた。魔力を込める量を間違えてしまったのだろうか、最初が失敗なんて『フィリエ』に申し訳が立たない。
「ごめんなさい、私…!」
「いや、お前が謝ることじゃない。これは…この魔力の量はなんだ…!」
ワクワク!初めての魔道具制作で作られるはずだったカイロは無残な姿になってしまった。全員、呆然と作業台上の小さく燃える魔石の破片を眺めている。魔力を消費し尽くすと、焦げ目ひとつ残さず魔石は消え失せてしまった。
「…込めた魔力量が大きすぎたのね。以前はこれほど多量の魔力を持ってはいなかったはずだわ。一体どうして急に…。」
「わ、わかりません…。」
わからない、と答えたものの、おおよそ見当はついていた。以前は特別魔力が強かったわけではないなら、きっかけは恐らく『まなか』と『フィリエ』がひとつになってしまった事だろう。うまく説明できる自信もないし、今は知らぬ存ぜぬで通すより他ない。
「…とにかく一度、現状の正確な魔力量を計測する必要がありそうだな。」
「そうね。どのみち渡すつもりだったから、一旦これを使ってもらいましょう。」
おかみさんから手渡されたのは、銀の装飾が施された体温計のような道具だった。中は淡く光る玉虫色の液体で満たされてる。
「体内を巡る魔力の流量を計測するための物よ。制作に慣れてからで良いと思ってたけど…技師はね、全てを感覚に頼らずこの道具を使って普段の魔力量を数値化しておくの。体の魔石の成長とともに魔力量も変化するでしょう?コントロールする上でも自分の状況を客観視するのは大切な事なの。若いうちは無茶をしたりする子も多いから…下の方を握りしめて。魔力を流そうと意識する必要はないわ。しばらくすると溶媒が反応するから。」
言われるがまま、少し丸みを帯びた道具の下部を両手で包み込んだ。なるべく肩の力を抜いて自然な状態をとろうとするが、心臓が早鐘を打っている。
(まさかその場で計れる便利な道具があるなんて聞いてないよ…!落ち着いて…落ち着いて…言い訳を考えないと…。)
なるべく流量が多くならないように、興奮しないように制御しようと試みる。血の冷えていく感覚があるので多分上手くいっているはずだ。残念ながら突然都合のいい理由付けなど降ってくるはずもなく、そうこうしている間に中の液体の色が赤く染まりながら目盛りの上へ上へと登ってゆき、半分の上辺りで止まった。