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魔道具と私と小さな世界  作者: 棚田辺かわず
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『サザ―ライト工房』は、1階が店舗兼ザックの作業場になっていて、地下は資材置き場とおかみさんの工房、2階に親方の作業場とザックの部屋がある。魔道具制作を教えてもらうときにはおかみさんの工房を使わせてもらっていた。中庭をはさんだ先に別棟で居住用の建屋があり、渡り廊下で繋がっている。親方夫妻と私はそちらで生活していた。




「夕食の準備ができましたよ。」


親方の作業部屋のドアを開け、声をかけた。

親方の工房はかなり雑多で、素材や試作品、図面や資料がところせましと積み上げられている。下手に触ればなだれを起こしてしまいそうなほど不安定に積み上げられていても、部屋の主はどこに何があるのか正確に把握しているらしい。探しものをしている姿を見たことがないので、あながち嘘でもないのかもしれない。私は足を踏み入れるのが怖いから部屋の入口より先に立ち入ったことはなかった。


「もうそんな時間か。分かった。」


親方は、甲冑の籠手だろうか、その内側に彫られたくぼみに黒い魔石をはめ込んでいる。視線は上げずに返事を返した。


「その前に、ちょうど最後の動作確認をするところなんだが、見るか?お前の魔石だ。」


『お前の魔石』と話したそれは、私の髪の毛から生成された魔石のことだろう。

人体内でも多くの魔力を蓄えてている髪の毛は、魔道具技師に伝わる特殊な方法で切り取ると魔石を生成することができるのだ。この工房の技師は季節に一度、自らの髪の毛を切って魔石を生成する。下働きの身ではあるが、その恒例行事の際は私の髪の毛もついでに魔石にしてもらっていた。自分で持っていても特に使い道はないので、工房に納品して少しだけお給金に上乗せしてもらっている。

直接切り取とって魔石にするほうがより良質の魔石ができるのだが、髪の毛自体はしばらく魔力を保持し続ける。その性質を生かして、市民でも魔力の高い者や冒険者も素材屋に売ってちょっとしたお小遣いにしたりするらしい。この世界で髪が短いのは貧しい証だと卑下されるのはそういった背景があるためで、よほどの変わり者でもない限り老若男女髪の毛は長い。


今回使われている魔石は、その私の髪の毛から生成された『私の魔石』なのだ。実際魔道具に使われているのを見たことはなかったのでとても興味をそそられる。


「わぁ!いいんですか?」

「ああ。知り合いの近衛騎士に頼まれた品だ。信頼できる相手だから今回はこの魔石を使うことにしたんだ。効果はなかなかのものだぞ。」


上等そうに見えた籠手の持ち主は、実際それなりの身分の方だったらしい。恐る恐る部屋の中央まで入る。


「前にも教えたと思うが、黒い魔石は特別な魔石だ。あらゆる属性を持っていると言ってもいい。この籠手の持ち主には肉体強化を付与してほしいと依頼されたが、せっかくの機会だ。普通の効果じゃあ芸がないだろう?」


ニヤリと口の端を上げて、悪ガキのような顔を作った。一体どんな仕掛けを施したというのだろうか、先を聞くのがためらわれる。

親方は両手に籠手をはめると目を閉じた。体内に流れる魔力を少しずつ籠手に流していく。すると、籠手から体の周囲に魔力を纏うように、薄くヴェールのような膜が覆っていくのがわかった。しかし、見ているだけではどのような効果が発現しているのか全くわからない。魔力を流す量を多くしたり少なくしたりしながら確認作業をしているようなので、なかなか声をかけづらい空気だ。


「…あの、これはどんな効果なんでしょうか」


しばらく様子を見ていたが、しびれを切らして声をかけてしまった。そもそも夕食の支度ができたことを知らせに来たのだし、長引いてはおかみさんに叱られてしまう。


「お、すまんすまん。これは肉体強化に加えて、魔力攻撃を軽減できる効果を付加してある。それほど威力のない攻撃ならほぼ無力化できるだろう。魔石自体があまり大きくないから全てを逃す事はできないが、属性の偏りなく軽減できるのはこの魔石ならではだな。普通はそれぞれの属性の魔石を使わないと同じ効果が得られないから、籠手のように施せる面積の少ない物だと難しいんだが…この魔石はもってこいだ。」


いい手応えを得られたのだろう。外した籠手を満足そうに眺めて机に置いた。私にとっては、発現した効果がビジュアル的に思ったより地味だったのでちょっと拍子抜けだった。魔法なんだから幻想的で派手なんじゃないかという『まなか』的先入観もある。戦闘向けの魔道具に親しみがないので、どれほど画期的なのかもいまいちピンとこないけど、親方の様子を見る限り何だかよくわらないけどすごいのだろう。我ながら思考回路が残念だ。


「さて、どやされる前に早く行かねぇとな。ザックの店じまいもそろそろ終わってる頃だろう。」

「そうですね。」


2階の作業場をあとにして、1階店舗へ向かう。予想した通り、ザックは後片付けを終えて店舗入り口に鍵をかけているところだった。


「ザック、夕食できたよ。」

「お、フィリエ。ありがとうなー。あれ、親方はずいぶん上機嫌ですね。」

「例の籠手が完成したんだ。明日は試用やるから付き合えよ。」

「わぁ!そりゃあ楽しみだ!期待してますよ!」


明日、店は定休日。自由に過ごしていいはずのお休みも、魔道具狂たちはひたすら研究と制作に費やすらしい。おかみさんの工房で作業する予定の私も人のことを言えた義理ではないかもしれないけど。





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