am3:00の女について。
歌を作ろう。
そう思い至ったのは、思い至るに至ったのは、ビールの空き缶も5本目に到達し、ぐるぐると螺旋のように蠢く愚痴や思考も良い具合に煮詰まってきたam3:00の事だった。
眼鏡を外した視界は嘘のようにぼやけて霞んでいたが、僕はひとりでビールの缶を手探りで探し、6本目になる缶を、開けて、それを流し込んだ。
考えが煮詰まった時はいつもそうだ。僕が今までしてきた後悔、生きてきて、したくなかったこと、したかったこと。
そういった想いは、もしかしたら僕ひとりだけの物ではないのかもしれないと、
僕は、ひとりではないのかもしれないと。
そういう妄想に取り憑かれる。
実際にはどうなのか分からない。あくまで僕はひとりぼっちなのかもしれないし、僕は本当は多くの人間と同じ気持ちを分かち合えるのかもしれない。
しかし、僕は今まで何かを生み出し、それを誰かに判断して貰ったことが殆ど無かった。だから、本当のことは分からない。
僕はひとりで、部屋の隅で、シチューを煮込むように、何処にも行けない想いや、風景や、感情を考え込んできただけだ。
20歳を過ぎれば、偶にその行いに晩酌が付いてきた。
そんな風にして20数年間の日々を生きてきた。あまり意味がある行為では無かったが、僕はその時間を愛した。
だから、僕は今日もひとりきりで、新しいビールと古ぼけたギターを引っ張り出してきて、また部屋の隅に蹲って、うめき声みたいな鼻歌を何度か鳴らしたりしながら、歌を作り始めた。
歌を作るのは難しいことでは無かった。言葉ならポケットの中の小石のようにたくさん、ジャラジャラ持て余していた。上手く積み上がりそうな小石を、焦点の定まらない瞳で探して、やっとの思いで繋げる。それはある意味僕が普段やっている事だった。
何かに懺悔するように、僕は人生のあるポイントから、賽の河原のように小石を、言葉にならない想いや風景や気持ちを、ずっとひとりで積み上げてきたのだ。
僕の人生とはつまりそういうことの繰り返しだった。
その片手間に学び舎に通い、卒業し、時には試験を受け、進学したりもし、時が来れば就職活動を始め、よく分からないまま面接を受け、目を離した隙には勤め人になっていた。
全て賽の河原の片手間だ。
ずっとそうだった。
学校も、仕事も、ビールも、ギターも、全ては僕がポケットに詰め込む小石だったのだ。
そういう風にしか生きられなかったのだ。
僕にとって生きることとは、ビールを飲みながら小石を積み上げる事だった。
そして、僕はまたいつものように、いつもよりは具体的に、またポケットの中から小石を選んで積み上げはじめた。
つまらないとは言わない、そう、とある声が囁いた。
もちろん幻聴の類いでは無い。かつてただ1人、こんな風に酔い果てた夜に、おそらくこんな、am3:00頃の、この時間に、溜まって空気を吐き出すようにこのことを話してみた女から言われた言葉だ。
「つまらないとは言わない。意味が無い行いとも、思わない。それは貴方にとって、歯を磨くように、シャワーを浴びるように、今日を乗り越えて明日に向かう為に必要な儀式なんだね」
酔っ払いの話を聞いて、不審に思うでも嘲笑うでも無く、慰める振りを装って流すでも無く、大真面目にそんなことを答えてしまう女は、やはり世間的な意味で一般的な女とは言えないだろう。
僕の話を、プライベートで、ふたりきりで聞いてくれる人間が常識ある人間とは思えないわけではあるが、
それでも僕は、その女を手放すべきでは無かったのだと思う。
僕にとって、その女は、つまり、僕の話を聞いてくれる人であり、僕に話をしてくれる人であり、つまりきっと、かけがえのない人だったのだ。
かけがえのない人だったのだ。
でも、僕はいつも間違えるから、その女はどこかに去ってしまった。
もう居ない。
僕はかけがえのない人を失ってしまった。
僕はドラマの主人公ではないのだ。
キーパーソンを容易く失うし、ルート選択をいつも間違える。
そうした内にまた小石を積んで、眠くなったら眠る。
起きたらまた間違えて、僕はまた小石を積んできた。
am3:00が終わる頃、歌は完成した。
そしてその後僕は気絶するように眠ってしまったので、朝を迎えた今、その歌がどんな歌だったのかもう思い出せない。
結局僕は歌ひとつ残しておけない人間なのだな、と、ぼんやりとそう思った。
まぁいいや、どうせまた片手間だ。今日もまた、何かを考えてそれを積み上げる毎日になるんだろうと思った。
美容室に行こう。
そう考えた。
何はともあれ新しい1日を始めようと考えたのだ。
美容室に行って、新しい頭で街を少し散歩する。頭の中で小石を積み上げながら、日が暮れたらビールを飲もう。
そう考えた。それは、たぶん、あんまり悪く無い1日になるんじゃないかと考えた。
考えながら、あれこれ考えながら、また考えて、考え疲れたら少し動いて…美容室の予約をして、また考えて、少しずつ僕は、昨日から今日へとシフトして行った。
今さらながらに澄み切るように晴れた青空に気づいたし、開いた窓から染み込んでくる新鮮な空気を自覚した。
眠りにつく前から、am0:00から、今日は僕の誕生日だったことにも、その時気づいた。
どうも、すずこうです。
今日も40%だけ本当の話を書きました。
例えば本日7月29日は本当に僕の誕生日です。