7話 そして家へ
「......」
「......」
「......」
彼女の話が終わった。
見ればわかると思うけど、圧倒的な3点リーダーがこの場を支配していた。
「いやいや、あんなに長い身の上話をしたのに、リアクションが3点リーダーのみはひどいですよ!」
「ひどくない! え? 主人公になってみたいとかいう軽い気持ちで、俺は命を狙われたの?納得できねえ!」
「でも、実際そうなので納得していただかないと困ります。
それに......確かに主人公を殺さなくても、物語には参加できるわけですし、殺す必要が有るのか、と疑問でいらっしゃるかもしれませんが......
それはつまり、迎えにきた主人公と仲間になったあと、もしかしたらコイツを殺したら俺が主人公になれるかもしれない......と、ずっと葛藤しなければならないんですよ。
それが嫌なら、取り合えず殺そうとしてみるのが手っ取り早いんです。
いや、実を言うと、主人公を殺せる確率ってめっちゃ低いらしいんですよ。殺して、《IFルート》に突入できる確率はもう天文学的数字だそうで。
だからまあ、ぶっちゃけ殺せるとは思ってなかったんですよねー。
ほら、<殺すつもりだけど、傷つけるつもりはない>って言ったじゃないですか。
あれは、こういう意味だったんです。
いやー殺せなくて本当に良かった!
というわけで、私を仲間にして下さい!」
「断る!」
「断る!」
姉弟の息ぴったりの即答だった。
「でも二人って、この世界に転移してきたばかりなんですよね? 家や食事はどうするんですか? 今私を仲間にすれば、当面の寝床と食事を提供しますよ?」
ぐ......確かにそれは魅力的な申し出だが、いくらなんでも俺を殺そうした奴を仲間にするわけには......姉ちゃんも結構怒ってるだろうし
「仲間になるのを許可するわ!」
「姉ちゃん!?」
「やった!」
あー、とりあえず《美少女が 仲間になった!》って音声、脳内再生でお願いします......。
「じゃあ、私の家に行きましょう!パーカー解いてください!」
この子、俺達と大立ち回りして、肩外されて、気絶した後なのに元気だな......。
解きながら話す。
「家、ね......一人暮らしなの?」
「いえ?両親と一緒に住んでますけど?」
ん?
「俺達......行って大丈夫なのか?仮にも異世界転移者だし、色々怪しまれるんじゃ......」
「大丈夫に決まってるじゃないですか、あなたは私を迎えにきた主人公なんですよ?」
「その主人公をさっき殺そうとしたんだけどね、君は」
「だから、謝ってるじゃないですかー、それに殺せるとは思ってなかったんですってば......って痛い痛いそこ痛い!」
肩を人差し指でツン、とすると叫び声を上げた。
うん。やっぱ痛いよな。
「姉ちゃん、外した肩はちゃんと嵌めたんだよな?」
「嵌めたわよー、でも1回外れると癖になる人もいるから、心配なら肩を固定して動かさない方がいいかもね」
「まあ大丈夫だろう。ほら家いくぞ。どっちに行けばいいんだ?」
「あれ......私の扱いが酷い気がする......」
気のせいだ。
「そういや、俺達は<日本>っていう国から来たんだけど......何か知らないか?」
彼女の家に着くまでの道中、質問しながら道を行く。
さっきの彼女の説明からすると、俺達のような異世界転移者が他にいてもおかしくない。
更にその中に同じ<日本>からの転移者がいる確率だって当然ある......かもしれない。
「おお、日本!知ってます知ってます!」
「え、本当?」
「はい! エッチで可愛い女の子の絵を描くのが、とっても上手な国ですよね!」
「ちがーう!」
すげえ偏った情報が伝わってるー!
漫画、アニメを作るのが上手な国から派生して、エッチで可愛い女の子の絵を描くのが上手な国、になったのか...... 。
「俺達より前にここに転移してきた日本人、何してんだ......」
「え?違うんですか?だって、そもそも私が日本語を話せるのは、その<日本人>が作ったエロ漫画を読むために、必死に勉強した人がたくさんいた結果、日本語が主流になったからだって、私の祖父が感慨深そうに言ってましたよ?」
「本当に何してんだ!そしてお前の祖父、そんな話を女の子の孫に聞かせるんじゃねえー!」
はー。なんかすげえ疲れてきた。
いや、まあね?そのおかげで言葉が通じて、すごい助かってるけどね?助かってるけどさあ......
「姉ちゃん、この事実について、何かコメントがあればどうぞ」
「そうね......」
腕を組み、目をつぶって真剣に考えるポーズをとる姉。
そして口を開く。
「美少年を描くのも上手だということが、伝わってないのが不本意ね」
「......」
つっこまない。つっこまないぞ。大阪人でもつっこまない時はあるんだ!
彼女の話を聞いて、思ったことがあった。もしかして、<語り部殺し>という通り名は、彼女の物ではなく、迎えにきた主人公を殺して、《IFルート》に突入したと宣言した者の呼称ではないかと......
「さすが、ご名答です」
「まあお前が本当に<語り部殺し>にならずにすんで、良かったけどさ......ちょうどいいから俺達はお前をこれからは<語り部殺し>って呼ぶから。いつまでも美少女とか彼女って呼ぶのもあれだしな」
「はあ。わかりました」
そうこうしているうちに彼女の家についた。
家の外観は、レンガ作りのいたって普通の物だ。日本では珍しいだろうが、ヨーロッパ辺りならいくらでもありそうな一戸建てである。
車や自転車は見当たらない。井戸っぽいものが見えるし、少なくとも産業革命が起こる前の文明レベルだろう。
あれ、でもそういえばギャルゲーとか知ってたな、この子。(※4話「名前」参照)
「ギャルゲーはこの世界にあるんだよな?」
「いいえ?でも、<日本人>が作った漫画の中にそういう描写があって」
「わかった、もういい」
恐ろしい影響力だな......。
「じゃ、両親呼んで来ますから、ちょっと待ってて下さい」
「ちょっと待った」
家に入ろうとする語り部殺しの肩を掴む。
「何ですか!あと痛いです!」
「あ、ごめん」
脱臼したばかりなの忘れてた。
よほど痛かったのか涙目になっている。
「本当に大丈夫なんだな?会った瞬間、この娘泥棒が!とか言われて、殴られたりしないだろうな」
「だから大丈夫ですってばー。迎えにくる主人公に対する信頼は厚いんですよ!まあ殺そうとした私が言うのもなんですが......。じゃあこう言い換えましょう」
今までにない真剣な顔で言う。
「もし主人公になれるなら、人を殺しても構わないと思えるくらい、主人公に対して憧れと尊敬を抱く人間性である、と」
「異常な人間性だな」
「私もそう思いますよ......でも、主人公になってみたいという気持ちは誰にでもあると思います」
「......そうだな」
「赤の他人ならとにかく、自分の娘を迎えにきた主人公ですよ?加齢臭がぷんぷん臭うおじさんなわけでもないし、絶対に歓迎してくれます!私が保障しますよ!」
「わかった、行ってこい」
「はい、行ってきます!」
数分後。
木造りの扉から、30半ばほどに見える男が、斧を持って出てきた。
「この娘泥棒が!ぶっ飛ばしてやる!」
「......」
「......」
ですよねー。