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三成の絶望

最終話です

真田流忍術の奥義が炸裂します

「最後に刑部様からの言伝がございます」

「刑部の……?」

三成の盟友大谷刑部吉継は切腹して果てている。つまりは遺言ということだ。項垂れていた三成はそそくさと居住まいを正した。

「聞こう」

「刑部様は仰いました。『あの世でまた酒を酌み交わそうぞ』と」

「そうか……」

三成はしんみりと頷いた。そして……首を捻った。

「……あれ? それ、死ねってことか? 刑部は私に死ねって言ったのか!?」

「いやまあ、刑部様が御自害なされた時のお言葉ですからね」

その時点ではどう見ても大惨敗だと思ったのだ。大谷刑部ともあろう者が実にうっかりである。

「……じゃあ、言うなよ。しかも今更言うなよ」

「しかし刑部様に御約束してしまいましたので。それに最初に言っていたら、本当に死のうとなさったでしょう?」

「…………」

確かにそうだろうけど、きっと吉継は草葉の陰で頭を抱えていることだろう。


「では、そろそろ御暇(おいとま)致しまする」

「まあ、待て。負けたのでなければ急ぐ必要はあるまい」

「いえ、主が待っておりますれば、一刻も早く帰らねばなりません」

「……そうか」

本当は三成は1人が寂しいのだが、それを正直に言うのは恥ずかしくて俯いてしまった。

「ああ、そういえば麓の村衆が落ち武者狩りをしてましたよ」

三成ははっと顔を上げたが、既に佐助の姿は霞のように消え失せていた。

「ちょ、ちょっと待てぇーー!」


 一方、三成と別れた佐助は山中を東へと向かった。しかし、半里ほど走ったところで突然その足が止まった。

「そろそろ出てきたらどうだ……半蔵」

虚空に向かって放たれた言葉に対し、やはり虚空から応えがあった。

「……いつから気付いていた?」

「安国寺恵瓊と吉川広家のくだりだな。参考になったか?」

「……さあ、どうかな」

闇から溶け出すように姿を現したのは、全身黒づくめの男だった。先ほどまで押し殺されていた殺気が、今はその体から静かににじみ出している。

「その頸、貰い受ける」

その静かな言葉にも切れんばかりの殺気が込められていた。だが佐助は飄々と受け流した。

「頸とは俺の頸か? それとも……」

佐助はニヤリと笑うと、雲間から漏れ出した一条の月光に腰に付けていた頸袋をかざした。はらりとはだけたその袋の中から出てきたのは……家康の頸である。半蔵の殺気が膨れあがった。

「やはり貴様がっ!」

「勘違いするな。これは拾い頸……いや、奪い頸だ。小早川の雑兵が家康とは知らずに討ったところを母衣衆が奪い返し、更にそれを俺が奪ったまでよ。結局この手で家康の頸を取ることは出来なんだ。先代半蔵の勝ちだ」

最初に暗殺を防いだのは徳川の忍び、服部半蔵だった。しかし今佐助の前に居る半蔵とは別人である。彼は佐助によって殺された二代目半蔵の息子で、親の名を継いだ三代目だった。

「……だとしても、やはりお前の頸は貰う!」

「ふ、無理だな。お前は絶対に俺には勝てない」

「余裕だな。だが父……先代が遅れをとったのは内府様を守ることを優先せざるを得なかったからだ。俺が三成の頸を狙ったらどうする!?」

勝ち誇る半蔵に対する佐助の答えは、様々な意味において冷たかった。


「好きにしろ」


「……え?」

「お前に治部少輔様は殺せんよ、ハッタリ半蔵」

「ハッタリではない、服部だ! ハッタリだと思うのならそこで黙って見ているが良い! 服部だけどな!」

「だが殺す前に一つだけ言っておくぞ。治部少輔様が死ねば、福島も、加藤も、黒田も、ほとんどの外様大名が心置きなく豊臣に帰参するだろう」

「あ……」

「さあ、殺せ。徳川を滅ぼしたいのなら、さあ、治部少輔様を討ってみせよ!」

「…………」

半蔵は返す言葉も無かった。東軍諸将の監視も彼の仕事だから、彼らが三成の悪口で盛り上がっているところを何度も何度も何度も見かけていたのだ。確かに三成には生きていて貰わないと困る!

「……あれ? ま、まずい! このまま放っておいたら落ち武者狩りに遭っちゃうぞ!」

「大丈夫だ。村衆には西軍が勝ったと伝えておいた」

「ああなるほど、それは安心だ」

半蔵はほっと胸をなで下ろした。しかしそれを知らない三成だけは、今頃ガクブル震えていることだろう。


「だがいずれにしても、やっぱりお前の頸だけは貰う! 覚悟!」

「だがいずれにしても、やっぱりお前は俺の頸を獲れない。何故なら俺には秘術があるからだ」

佐助がゆっくりとその場に身をかがめると、半蔵はゴクリと喉を鳴らして身構えた。


「真田流忍術奥義、忍法……頸ころがし」


言うなり佐助は、家康の頸をポイッと放り投げた。

「……え?」

斜面に投げ捨てられた生首は、ごろんごろんと不規則な軌道をとって暗がりの中を転がり落ちて行く。

「あーーーーっ!?」

「ほれほれ、大事な頸がどこかに行ってしまうぞ!」


 恐らく徳川家は跡目を巡って2つの勢力が争うことになるだろう。秀忠は家康が定めた正式な後継者ではあるが、今回の大失態のせいでもともと乏しかった求心力が消え入らんばかりである。一方その兄結城秀康は秀吉の養子だったせいで冷や飯を食ってきたが、逆に豊臣家と和睦するためには最高の人材である。その天秤を大きく傾けるのが家康の頸だ。半蔵としては見失うわけにはいかなかった。


「てんめぇええ! いつか絶対ぶっコロぉーす!」

半蔵は泣きそうな声で怒鳴ると、自身も転がりそうな勢いで斜面を駆け下っていった。暗闇の中をご苦労なことである。


「ははは、追え、半蔵! ちゃんと家康の頸を届けてくれよ!」


 半蔵が身を置く三河派は家康の遺志に従って秀忠を奉じ、あくまで豊臣との戦いを継続しようとするだろう。あるいは信玄の故事に(あやか)って家康の死を秘するという策を取るかもしれない。まあ既に真田にはバレてるわけだが、幸い真田安房守昌幸はこれっぽっちも信用が無いので証拠の頸さえ無ければ誰にも信じて貰えないのだ。

 だがそもそも昌幸は敢えて家康の死を触れ回るつもりなど無いはずだ。だから佐助は敢えて三成には家康の死を伏せた。きっと三成なら徳川が余力を残して退いたのは家康と合流出来たからだと考えるだろう。だがあの撤退は、佐助が「内府様は既に伊勢街道に落ち延びられました!」と偽の情報を流したからだ。頸と一緒に手に入れた家康の懐刀を見せたら、直正はコロリと騙されてくれた。今頃忠勝と一緒に街道沿いをしらみつぶしに捜索していることだろう。


「御館様のためにも、徳川にはまだまだ戦って貰わねばならぬ」


 真田安房守昌幸の望みは戦乱の世だ。そのためには天下に王手をかけた家康が邪魔だったが、徳川家には生き残って貰わねばならない。そして何より三成にも。佐助の吹き込んだ話を信じた彼は、吉川広家を罵り、池田輝政を蔑み、小早川秀秋を打擲するだろう。福島、加藤らの帰参も覚束ない。彼ある限り豊臣の世に太平は無いのだ!


「治部少輔様、あなたの絶望はむしろこれから始まるのですよ」


空には再び暗雲が立ちこめ、いつの間にか月は見えなくなっていた。

これで本作は完結です。

最終話のサブタイトルは「昌幸の野望」と「三成の絶望」で迷いましたが、結局三成にしました。

不憫な三成にせめてもの手向けです。(死んでないけど)


明日からは『太陽の姫と黄金の魔女』の投稿を再開します。

未読の方も(すごく長いのですごく暇な時に)読んで戴けると幸いです。

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[良い点] 関ヶ原の戦いや戦国時代が好きな方にはお勧めのif小説です。読みやすく内容も興味深く面白いです。
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