第三話
死体の山が築かれる公園を後にしたターニャとマトバは、将校を狙撃したアパートへ向かった。
認識票の鹵獲は、もしそれが重要な人物であれば、こちらの士気を上げられ敵の意欲を下げる効果を得られるからだ。
プロパガンダ目的という事だ。
ターニャはレッグホルスターから自動拳銃を抜き取り、アパートへと近付く。
マトバはその後ろに続く。後方を警戒してくれているのだ。
敵襲も無く、順調にアパートまで近付いて行けている。
狙撃で二百メートルは中々の距離だが、徒歩で二百メートルとなると大した距離では無い。
後二十秒もすれば、入り口に辿り着く。
そしてアパートまで五十メートル程にまで近付いた時、後ろから体当たりされ地面に顔から転ぶはめとなった。
鼻の奥にツンッと痛みが走る。
涙目になりながら状況を確認すると、マトバがターニャを抱き締める形で覆い被さっていた。
何事かと問い質そうとした刹那、複数の銃声が鳴り響いた。
二人の頭の上を銃弾が掠めて飛ぶ音に、血の気が引く様を感じた。
「待ち伏せだな。反撃が無いから可笑しいと思ったんだ」
マトバはターニャを抱えるようにして、公園の縁に設えられている石垣まで引っ張っていく。
見るとアパートの窓から銃口が幾つも覗いており、ターニャとマトバを撃ち殺さんと火を吹いていた。
それはそうと、マトバの発言が気にかかる。
まるで待ち伏せを予測していたような発言に、ターニャは彼の襟首を掴んだ。
「敵が居ると気付いてたの!?」
「将校が一人で戦地を歩くわけ無いでしょ? 護衛が居ると仮定して然るべきでは?」
正論に押し黙るターニャ。
確かに大佐程の将校が、たった一人で戦場を彷徨くわけは無い。護衛が居ると予測しておくべきだった。
そう思案している間、マトバは縁から銃口だけを覗かせ反撃を開始している。
ターニャも加勢しようと拳銃を構えようとして、ふと手の中が空になっている事に気が付いた。
後ろを見ると、先程転んだ場所に拳銃がポツリと置き去りにされていた。転んだ拍子に落として、そのまま忘れてしまったようだ。
「嗚呼、もう最悪…………!」
思わず悪態を吐いてしまった。
拳銃を落としたターニャに残されている飛び道具は、『適性銃器』のショットガンだけだった。
『M3 Salamander90』ポンプアクション式ショットガン。
イタリアのベネリ社が開発した『ベネリM3 Super90』が元になった特殊素材のショットガン。元のベネリ社製ショットガンはセミオートとポンプアクションをセレクト出来るのだが、ターニャはセレクターを廃止してポンプアクションのみとしていた。
専用弾の『12ゲージ』のショットガンシェルは『対不死人仕様弾』の『ドラゴンブレス弾』であり、『不死人』の焼却を得意としている事から『サラマンダー』と呼ばれている。が、今は距離がある為、遅延性の『フレシェット弾』を使用する。
『適性銃器』を持つ『ガンスリンガー』は、使用弾をある程度自由に変更出来るので便利である。
ターニャは縁から顔を出し、ショットガンの銃口をアパートの方へ向ける。
敵兵がアパートの窓という窓から銃口を突き出し、こちらを銃撃しているようだった。
距離にして五十メートル弱。
散弾の威力が十分に発揮されるか不安はあるが、撃たないよりはマシであろう。
ターニャは一階の窓から顔を覗かせる『不死人』の頭部へ、ダットサイトの赤い光点を合わせる。
そしてストックと一体となったグリップを握り、トリガーに掛けた人差し指を弾き絞る。
鋭い衝撃と銃声と共に、ショットガンシェルが迸る。
ショットシェルは撃ち出されたのも束の間、内部に籠めていた数十のフレシェットと呼ばれる特殊金属で出来たダーツ状の矢を幾つも放つ。
弾丸は敵に当たりはしたが、ほとんどが窓の縁に当たり本来の威力を発揮せずに至らなかった。
「やっぱりダメか…………」
ハンドガードを前後に操作し薬莢を排出しながら、ターニャは歯噛みする。
通常の人間ならフレシェットの弾が当たれば大惨事だが、『不死人』は違う。
元々、死んでいる『不死人』は『コア』を破壊しない限り、活動を停止させることは出来ない。
勿論、手足をもげば行動を制限できるが、距離が距離だけに有効打を与えることは出来ない。
「攻撃を続けて! 少なくとも目眩まし程度の効果はあるから!」
「分かっている!」
レバーアクションライフルを操りながら、マトバが檄を飛ばす。
目眩まし程度、と言われてしまったが仕方がない。けど、敵兵を撃破出来ないなら、せめて足手まといにならないようサポートしなければ。
それから暫くは撃ち合いが続いた。
こちらがレバーアクションライフルとポンプアクションショットガンであれば、向こうはフルオートの突撃銃だ。制圧力で劣る中、ここまで持ちこたえられたのは、偏にマトバの射撃能力の高さ故だ。
百発百中、とまではいかないが、ターニャが見ている限り無駄弾を撃っている様子は無い。
更に銃弾の嵐に晒されている中で、確実に敵兵の頭部を狙う腕前は、歴戦の兵士ですら驚愕を隠し得ないだろう。
もしかすると、このまま押し切れるのでは無いかと期待した瞬間だった。
「伏せろ!」とマトバが叫び、頭を無理矢理に下げさせられた。
直後、凄まじい爆発音が地面を揺るがした。