第二話
呻き声。
唸り声。
泣き声。
それらに混じり、時折聞こえてくる銃声。
鼻腔を突くのは凄まじい死臭。血、臓腑、糞尿の臭い。
硝煙や家屋の焼け落ちる臭いよりも、人が放つ生臭い嫌な臭いが明確に嗅覚を刺激する。
ターニャは仲間の死体に隠れるようにして、同じく死体に紛れる少年、カオル・マトバに事情を手短に伝えた。
主に敵将校を発見し、そいつがこの大虐殺の首謀者であり、そいつを狙撃したいという事を念入りに伝える。
彼は快諾してくれた。
今はお互い肩を並べ、崩れた壁から将校の様子を眺めて見ている。
「それ、狙撃仕様じゃ無いけど大丈夫なの?」
ターニャはマトバの持つ『適性銃器』、レバーアクションライフルを横目で見ながら問い掛ける。
サイレンサーどころか、スコープすら付いていない。更にこういったレバーアクションライフルは、構造が複雑な事から反動の少ない拳銃弾を使用する。
そして銃先に刃が着いている事からも狙撃に向いているとは、どうしても思えなかった。
「大丈夫、信じて」
マトバはそう告げると、ライフルを構える。
信じたいが、初対面の、しかも自分より年下の少年の腕前をいきなり信じろと言われても無理がある。
敵将校まではかなり距離がある。
更に相手は『不死人』だ。
頭の『コア』を的確に狙撃しないと、殺すことなど出来ない。
ターニャは双眼鏡を覗く。
赤い親衛隊の軍服を着た将校は、未だに窓辺で煙草を吹かしている。
肌が土気色をしているのが、嫌に癪に障る。
「発砲」
不意に隣でそんな声が聞こえた。
かと思うと銃声が鳴り響き、少し遅れて双眼鏡に捉えていた将校の頭部に穴が空いた。
驚愕に隣を見ると、マトバがトリガーガードと一体となったレバーを操作して、薬莢を排出していた。
まさか本当に、スコープ無しで二百メートルの狙撃を成し遂げるなんて。
ターニャは眼前で起こった現実を、信じるのに暫しの時間を要した。
「勉強も機械操作もてんでダメだけど、これだけは誰にも負けないんだよ。僕は」
マトバは次弾を薬室に納めながら、唇の端を吊り上げる。
こんな状況で無ければ、うっかり心を射抜かれるような笑みだった。それほどに場違いな、爽やかな笑みを少年は浮かべたのだ。
「それで、これからどうするんだ?」
「あの将校の認識票を取りに行くわ」
「了解」
マトバは周囲を一望すると、ゆっくり立ち上がった。
彼は目が良いのだろうから、彼が安全と判断したなら安全なのだろう。
ターニャも同じく立ち上がった。
そして気付いた。
このマトバという少年、その背の低さと小ささに心を締め付けられた。