第一話
今回は短めの連載になります。
良かったら読んでいって下さい。
転倒したハンヴィーから這い出たタチアナ・ペトリャンコは、急いで立ち上がり一目散に公園内に駆け込んだ。
同乗者が後に続くが、敵の銃座に蜂の巣となっていく。
「ギャッ」「アァッ」と悲鳴が背中を打ち、恐怖を更に助長させた。
ターニャは公園中央の噴水の中に飛び込んだ。
砲撃で壁が決壊し、水は全て抜けきっている。代わりに、『人類統一連邦政府軍』の兵士の死体が、ところ狭しと詰め込まれていた。
凄まじい血と臓腑、それから腐敗の悪臭に鼻がひん曲がりそうになった。
けど、そんな事を気にしている暇など無い。
ターニャは自らの軍服と顔を血や泥で汚し、死体の下に滑り込んだ。
死体は屈強な大男だった。
頭に銃弾を喰らう前は、勇敢な兵士だったのだろう。
「捜せ捜せ! 誰も生かして逃がすな!」
敵の士官が声を張り上げている。
『不死人』という化け物が、人間と同じ言葉を話している事に、どうしようもない嫌悪を覚えた。
「死体しかありません!」
「死体に紛れているかもしれない! 手当たり次第に撃ちまくれ!」
瞬間、銃撃が始まった。
フルオートに設定された突撃銃から放たれるライフル弾が、死体の肉を裂き骨を砕く。
ターニャの傍にも幾つか着弾したが、幸いにも体に当たったのは弾けたコンクリートのみ。銃撃は免れた。
やがて成果がないと見た敵兵は、順次発砲を止めていった。
諦めてくれたか。
それでもターニャは息を潜め続け、敵が完全に去るのを待った。
数秒後、「もういいだろう」と声が聞こえ、装甲車の駆動音が離れていった。
ターニャは用心に用心を重ね、恐る恐る死体の下から抜け出した。
壊れた水受けの隙間から周囲を見渡すが、敵影は一つも無かった。
どうやら本当に諦めてくれたか、死んだと思ってくれたようだ。
「…………ん?」
ふと、公園傍の半壊したアパート一階の角部屋に明かりが点っている事に気が付いた。
住民は『フリークス』の爆撃に追いやられたか殺されている為、アパートに電気が点く筈が無い。
よく目を凝らして見てみると、驚くべき姿がそこにあった。
敵の将校だ。
敵の将校が、窓際に立って煙草を吹かしている。
ターニャは双眼鏡を取り出し、そいつが何者か探る。
髭面の初老の将校。
胸の階級章は大佐を表し、赤い軍服は親衛隊の証で、胸には金色の鍵十字が勲章がある。
直感であるが、奴がこの街の大虐殺を指揮した将校であると確信した。
千載一遇のチャンスだ。
もしかすると、この虐殺に歯止めを掛けられるかもしれない。
しかし、問題が一つあった。
ターニャの居る場所からアパートまでは二百メートル足らず。5.56mm突撃銃でも狙撃が可能な距離だ。が、その突撃銃が無い。
今の装備は『適性銃器』のショットガンが一挺と、ハンドガンが一挺。
後はフラググレネードが二つのみ。
ほとんどの装備をハンヴィーの中に置いてきてしまった。
「クソッ、みすみす逃すわけには…………」
ターニャは周囲を見渡し、使えそうなものが無いか探した。
最中、視界に一挺のライフルが写った。
それはアンティークな鋼と木製のライフルであった。誰かが趣味で持ち込んだレプリカのライフルかも知れない。
何でも良い。
今、ここで奴を殺せるなら何だって使ってやる。
そう思い、そのアンティークなライフルに手を伸ばすターニャ。
刹那、「そいつは『適性銃器』だよ」と死体の中から声が聞こえた。
ターニャは驚き、慌てて拳銃を構えた。
「だ、誰だ…………!?」
「落ち着け。こんな成りだが、人間だよ」
そして死体の山が動いたと思えば、紅い双眸がぎらりと輝いた。
「誰なの…………?」
「的場薫。『デッドキラー』の『ガンスリンガー』」
ずるずると死体の山が崩れると、一人のアジア系の少年が姿を現した。
死体のような身なりをしているが、よく見ると肌の血色は良く、黒髪は炎にあぶられたようにちぢれ気味だが確かに人間のようだった。
「さて、お姉さんは僕の銃器に何の用かな?」
少年、カオル・マトバは紅い瞳をぎらつかせながら、ターニャに問い掛ける。
タチアナ・ペトリャンコ
年齢:21歳
身長:175cm
体重:53kg
国籍:ロシア
所属:デッドキラー
階級:伍長
適正銃器:M3 Salamander90
ロシア人ガンスリンガー。
金色の髪を肩口で切り揃え、青い瞳をした女性。
歩兵連隊に加わっていたが、部隊が壊滅したので味方と共に撤退していた。が、ハンヴィーは大破し、敵軍の追っ手を逃れる為に公園へ逃げ込んだ。
軍人としての経験は浅い。
愛称はターニャ。