3 「ネコカフェ」
翌日。お昼寝の魅力に耐えログイン。
○始まりの街
アユとナホはまだ学校なのでそれまではソロプレイ。
宿を出たら街の探索だ。
昨日得た素材を生贄に、一通りの料理器具と食材、スコップやつるはし、お菓子を購入する。
ふらついていると冒険者ギルドの前にたどり着いた。石造りの神殿のような建物だ。
入るべきか悩み、周囲を見回すと、あるものが視界に入る。ネコだ。私の小動物センサーは誤魔化せないよ。なんせ視点は低いわ、転ばないよう視線は下だわでこの人混みの中でも見失うことはない。小動物の天敵ジャガーハルカですよろしく。さあ追いかけよう。
他のゲームとかだと路地の隙間に入った途端に消滅とかあるけど【サンクチュアリ】ではどうなんだろうか。気になる。
気持ちしゃがんでネコをスニーキングしよう。
一向に消滅しない。素晴らしいね。こういうプレイヤー以外にも人生があって、みんな生きてるって感じがしていい。
何度も曲がり角を経由したせいでここがどこかもわからない。マップなんか見る暇もないしね。
む。こいつ私に気づいてるな?
ちらちらと振り返りこちらを見てくる。
ある建物の前でネコが止まる。
ネコが壁に手を触れると扉が現れた。石の壁がいきなり木の扉になるってのが、もう最高にゲームって感じ。扉の中央には大きなネコの肉球のマークが彫られている。
「入っていいの?」
鳴き声が返ってきた。これはいいのかな?いいよね?ハルカ行きます!
カランコロン
扉の先にはたくさんのネコがいた。人用の椅子と机もあるのかな?カウンターもあるね。
カウンターの奥から、いかにもマスターって感じのお爺さんが声をかけてくる。服はバーテンダーユニフォームってやつかな?
「おやお客さんかい。珍しいね」
「お邪魔します。あの、ここは?」
「ここはネコカフェだよ」
ですよね。扉開ける前からなんとなくそう思ってた。
マスターは話を続ける。
「ここは本当にネコが好きな人しか訪れることが出来ない。例えば、街を歩くネコをずっと追いかける人とか」
ちょっと悪戯っぽく笑うマスター。
でもごめんなさい。犬派です。
とりあえず、微笑んでおく。
犬派なだけで、ネコも普通に好きなのだ。
「何か飲むかい。久々のお客さんだしご馳走するよ」
「じゃあオススメをお願いします」
一度言ってみたかった発言集トップ10には入るねこれ。現実じゃあ自分の好きなの選んじゃうからね。
単にメニューがネコに埋もれていたからだけど。
しばしネコに埋もれる。1メートル位あるデブネコが、机の上に置いた私の腕に乗っかってくる。モフい。1メートルもあれば猛獣な気がするけど、完全に野生を失っている。
「はいどうぞ」
ネコに移動してもらい、スペースのできたカウンターにネコのラテアートが置かれる。期待を裏切らないねマスター。
「ありがとうございます。いただきます」
ちびちびと飲み、ほうっと息をつく。
街の外では今もみんなが戦っているというのに、私はこんなに幸せでいいのだろうか。
後でアユとナホにも教えてあげよう。
「ごちそうさまでした。幸せでした」
「はいどうも」
「あの、この場所を弟と妹に教えてあげたいんですけどいいですか」
「うーん、普段ならダメって言うんだけど、お嬢ちゃんなら特別にいいよ。最近はお客さんも少ないしね」
「ありがとうございます!」
本当どうやって成り立っているのだろうか。このゲーム経済とか割としっかりしてたと思うんだけど。
「あの、次来る時はどうしたらいいですか」
「このバッジをこの建物の下の受付で見せてくれればいいよ」
うん?疑問を抱きつつ肉球マークのバッジを受け取る。
「わかりました。じゃあまた来ます」
「はいまたね」
扉を開ける外に出て、扉を閉める。すると、扉が壁と同化していく。
魔法のチカラってすげー。
さて、この建物の一階はっと……。
冒険者ギルド。
……うん。
《称号【ネコカフェ解放者】を入手しました》
別に解放してなくない?私がお客として認められただけな気がするけど。効果はネコと仲良くなりやすいらしい。
このままだとネコに囲まれるゲームになりそうだ。
そういえば、 昨日、ギルドの存在は聞いてはいたんだよね。
でも、時間制限のあるクエストが多いから、プレイヤーの人とはあまり相性が良くないみたいで、主にこっちの世界の人たちが登録しているみたい。
私は登録するけどね。
「ごめんくださーい」
絡まれませんように絡まれませんように。
願いながら受付へ向かう。
「こんな所にちんちくりんが何の用だあぁ??」とか言われたら走って逃げるつもりだ。
セーフ。治安に感謝。
「すいません。登録をお願いできますか」
1番優しそうな受付嬢さんに話しかける。
「ではこちらのカードに触れてください」
ぴとっ。
「登録が完了しました。クエストを受ける場合はあちらの掲示板をご利用ください」
「わかりました。ありがとうございました」
サンキュービジネスライク。
昨日のウサギ5羽の討伐クエストを受ける。
これぐらいなら一人でできるかな?
○東の平原
東へ向け、てくてく歩いていく。
目の前の地面から出てきたウサギを撲殺して、その穴を覗く。50センチくらいの穴だ
ここで私の【採掘】が仕事をするのだ。
出でよスコップ!
さらに1メートル程掘る。
するとどうでしょう。地下から光が。
空洞があるようだね。いざゆかん。
○地下坑道 東
マップを見る限り地下坑道らしいね。
壁には等間隔で光る石が埋まっている。
【鑑定】さえあれば気持ち良く採掘できそうなのに。ぐぬぬ。
プレイヤーLv10上がる毎にスキルはひとつ覚えられるらしいけど。
【鑑定】を代用してくれるようなアイテムがないかギルドマスターもといネコカフェマスターに今度聞きに行こう。
ふと頭上に目を向けると入って来た穴がない。心が警鐘を鳴らしている気がするが先へ進もう。どのみち戻れないのだ。
敵も出てこない快適ライフを過ごす。この辺に家とか作れないのだろうか。人混みが苦手な人間にとって、ログインの度に街を歩くのはだいぶ厳しい。
そんなことを考えてながら坑道内を進んでいると、前方から強い光が見えてきた。
決めた。あそこに家を建てよう。安全な場所で平和に日向ぼっこしよう。
光の元へたどり着くと、そこは天井が存在せず、日光が直接当たる場所だった。半径は20メートルほどの円形の広場といったところか。地面には芝生もあるし、すぐそこに木造の小屋も有るし、小屋の前でこちらをじっと見つめる黒いローブで紅い目の大きな鎌を持った死神的な人もいるし、強いて言えば不満は、周囲が10メートル程ある土と岩の壁ーこの空間が周囲より10メートル沈んでいるためーで囲まれていることだが、壁から滝のように水が出ており、小さな池もできているし、もう完璧なのではないだろうか。
当然のように人の意識下に潜り込んでいる死神を除けば。
……こっわー。何あれこっわー。
どうせ殺されるなら、もう少し足掻こう。
「すいません、そこのお方。私をその小屋に住まわせてはもらえませんか」
宣戦布告しようと思い口を開いたが、どうやら住みたいという欲が勝ってしまったらしい。
まあいいか。どうせ死ぬのだし。
「あらあら、こんな所でよければどうぞ」
おっとりとしたお姉さんの声が聞こえた。