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 タタタン、タタタンとレールの継ぎ目を超える音は止まない。

 相も変わらず、ペンギンは新聞を抱えたまま表情の読めないその顔で俺を見ていた。俺もまた、じっとペンギンを観察していた。


「なぁ……一つ、聞いてもいいか?」

 今度の沈黙を破って口を開いたのは、俺が先だった。なんとなく、敬語は止める。彼の纏う老成した空気は、敬わせるというよりは自然と親しみを持たせるものだった。


「何かね?」

 気分を害した風もなく、ペンギンはニコニコと答える……クチバシだから、ニコニコしているかどうかはわからないけどな。でも、口調は間違いなく微笑んでいた。


「……他人を肯定するのが仕事、って……どういうことだ?」

 ……色々聞きたいことはあったが、結局俺の口から出たのはそんな質問だった。「なんでペンギンが電車に乗っているのか」「南極出身なのに日本の田舎にいる理由は何なのか」「そもそもどうして言葉を話せるのか」などの疑問は、なぜか「聞くだけ無駄だろうな」とわかった。


 果たしてペンギンは知性のきらめきを宿した瞳を細めて楽しそうに答えた。


「……いい質問だね。確かに人間にこういった仕事をしている者はいないだろう。君が興味を持つのも、至極当然だと思うよ」


 ペンギンは新聞をかたわらに置くと、軽く両の翼を重なる。それが人間でいう腕を組む仕草だということに気付くのに、少しだけ時間がかかった。


「人間と言うのはね、みんなどこかで自分を肯定してほしくて仕方がないんだ。『新しい自分に生まれかわりたい』『もっと素敵な存在になりたい』……そんな欲求と同じぐらい強く『ありのままの私を肯定して欲しい』と願っている。……だけど、なかなかその願いは叶う物じゃない。社会と言うのは『変革』は評価しても、『そのまま』であることは怠惰だと罵るものだからね」

「へ、へぇ……」

 いきなり難しい話が始まり、俺は困惑する。


「私はそんな願っても叶わない欲求を抱えた人間を肯定して回るのが仕事さ。『誰でもいいから肯定してほしい』と願っていれば、私はひょっこり現れる。その人間のどんな考えでも、私は肯定しよう。さぁ、話してみたまえ」

「……俺はそんな願い持ってなかったぞ?」

「本当にそうかい? 心の中まで省みても?」

 悪戯っぽく言うペンギン。……言われてみれば、確かにそんな気がしなくもない。


 まぁ、試してみるぐらいはいいか、と俺は肯定してもらうことにした。


「……俺ってこのままでいいのかな」

「いいとも。私が肯定しよう」

 フッと呟いた俺の言葉に、即座にペンギンは反応する。


「……挑戦した方がいいのかな、とも思うのだけれど」

「素晴らしいじゃないか。私はその考えを肯定しよう」

 ペンギンはにこやかな空気を崩さない。


「……何かすごいこと、できるのかなぁ……」

「できるとも。肯定しよう」

 ペンギンの言葉に俺は軽い苛立ちを覚える。


「……いっそ死んじまおうかなぁ……」

「とてもいいことだね。その思い、肯定しよう」

 何を言っても、ペンギンは肯定するだけだった。


「…………」

 俺はペンギンを睨み付ける。


「…………」

 ペンギンは何も言わなかった。


「……お前、適当なことばかり言っているだろ?」

「まさか君、初対面のペンギンの言葉で人生の何かが変わると思っていたのかい?」

 疑問を疑問で返され、俺はハァっと溜息を吐く。


「……じゃあ、お前何しに出てきたんだよ」

「肯定するためさ。それ以外に存在理由はない。その結果、君の運命が好転しようが悪化しようが何も変わらなかろうが、私の知るところではないね」

「…………」


『次は~稲津~稲津~』


 俺の目的の駅が近づいてきた。もはやペンギンは無視することを決めた俺は、降りる準備を始める。ペンギンはそんな姿を黙って見つめていた。


 少しずつ緩やかになる電車の速度。俺はスクッと立ち上がり、開く扉の前に立つ。


「あぁ、一つだけ言っておくよ」


 降りようとする俺の背中にペンギンが言葉を投げる。


「誰が何と言っても……最後に肯定できるのは君だけだよ。どんな道でも、君の人生だ。肯定するも否定するも自由だが、その決断だけは他人に任せるな」


 俺はちょっと驚いてペンギンを振り返る。やはりペンギンは読めない表情で俺を見つめるだけだった。


「すいませ~ん! 乗ります!」


 ピリリリと発車ベルが鳴り響く中、慌てて駆け込む女性客を飲み込んで扉は機械的に閉まる。


 そして、ペンギンと女性を乗せた電車はゆっくり走り出した。


「……お前、それじゃあ自分の存在意義全否定じゃないか」


 最後まで意味不明だった肯定ペンギンを思い返しながら、俺はたった二行だけ記された名刺をポケットから取り出す。


「南極一番地、ね……機会があったら行ってみようか」


 あの女性客も何かしら肯定されるのだろうか、と考えながら俺は改札に向けて歩き出した。


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