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何とはなしに、電車に揺られる。
ガタン、ゴトンと振動が心地よい。
田舎の普通電車、それも平日の昼下がりとなれば客などいるはずもない。この車両に乗っているのは俺だけだ。
7人掛けのシートを独占し、特に意味もなくデンと大股開きになってみる。
「……虚しいなぁ……」
自分が何をやっているのかわからなくなり、思わずため息が漏れた。
『次は~東尾~東尾~』
車内アナウンスと共に、車両は駅に入る。誰か乗るか、と俺の正面の窓に広がるホームを見る。
……人っ子一人いなかった。
あっという間に扉が閉められ、再び電車はその重い身体を揺らして走り出す。俺の思考はまたしてもどうでもいいことに向けて走り出していた。
別に俺のような境遇の奴など、日本中にごまんといるだろう……24歳バイト暮らし、友人はそれなり、家族との関係もそれなり。ただ、将来への希望とかいう物だけがない。
「就職、できるのかねぇ……」
今のところ、別段暮らしに困っているわけではない。フリーターの給料などたかが知れているが、実家暮らしなので家賃はかかっていないし、特に買いたい高価な物があるわけでもないので、日々をそれなりに楽しく過ごす分には全く不自由していないのだ。
(それがいけないんだろうけど……)
「定職に就かねば生きるか死ぬか」となれば、いくら俺だってもう少しやる気を出すだろう。だが、「そこそこ幸せ」で満足するつもりなら、現状に不満はないのだ。何歳までこんな暮らしを続けられるかは別にしても、目先に差し迫った危機がないので、なんとなく怠惰な暮らしが続いてしまっている。
親だって、「生活費も入れているし、ニートよりはマシ。後はアンタの人生だ」と最近は放置気味であるし……もう少し尻を叩いてくれ、というのは勝手な願望なのだろうけれども。
『次は~福地町~福地町~』
だみ声で、車内音声が流れる。まだまだ俺の降りる駅までは遠い。
ゆっくりと電車が速度を落とし、耳障りな金属音と共に停止した。
扉から空気の抜ける音が響き、俺の座っている座席側の全ての扉が一斉に開く。
やはり誰も乗ってこない。……当たり前か、と俺が思ったその時だった。
「いやぁ、間に合った、間に合った。噂には聞いていたが、日本の電車は本当に定刻通りだね」
少し慌てた声音で車内に駆け込んでくる一つの影があった。
(駆け込み乗車か、危ないな……)
ぼんやりしながら俺は思う。その「危ないな」には二つの意味があった。単純に「駅のホームで走ったら危ない」というのと、「この路線で一本乗り逃したら2時間は待ちぼうけ」という意味である。田舎のローカル線を舐めるんじゃない。
俺はそんな危ないことをやらかしかけたうっかり者の顔を見てやろうと、首を回す。
ペンギンだった。
腹部を覆う羽毛は、真っ白でフカフカしている。背中から頭頂部の羽毛は、それとは対照的なシックな黒色。首元をグルリと一周する黄色の模様がアクセントになっていて、非常にオシャレである。
だが、どれだけオシャレだろうと、それが間違いなくペンギンであることは疑いようがなかった。
手……否、翼で器用に旅行鞄の取っ手を掴んでいる彼は、車内を見渡した後、適当な席の方に向かい始めた。
扉が閉まり、ゆっくりと加速しだす電車の中で、彼はペタペタと床を踏みしめる。
そうして先の尖った翼をシートにかけ、小さな体躯をよっこらせと持ち上げると、俺の正面のシートに腰を下ろしたのだった。
「…………」
「…………」
(いや、何なのよ、この状況!?)
俺は思わず目の前のペンギンの顔をまじまじと見つめながら自問する。
電車にペンギンが乗って来たというのも常識の埒外であるが、先ほど耳にした言葉……間違いでなければ、ペンギンが喋っていなかったか、今?
そして、俺が驚きの表情と共に彼を見ると、彼もまた野生ではありえない知性の光を宿したつぶらな瞳でこちらを見つめ返すのだった。
タタタン、タタタンとレールの継ぎ目を超える音と共に、俺とペンギンは見つめ合った。