五人の俺の数奇な人生 後半
『chapter4』
βとの再開から十年がたち、俺は28歳になっていた。28になっても自分が大人なのかガキなのかよく分からない。14歳のころの自分は28ともなるともっとカッコよくなるものだと勝手に思っていた。
十代のころの時間がとても濃密なものだったんだと思う。
そう、俺が五つに分岐したあの日からもうすでに14年の歳月が流れた。
俺が働いてる会社の部所はが二十代の人間が多い。
そんな中で働いていて「相談役」と呼ばれていたりする 。
ちょっとした自慢かな。
奥さんにも恵まれた。俺には掛値なしにもったいないぐらいのいい人だ。彼女はとても聡明で思索に富んでいる。
7歳になる息子もいる。
充分に幸せだ。
これ以上、なにを望む?
太陽へと近づき過ぎたイカロスは羽をもぎ取られて地に堕ちるのだ。
ある日曜のことだった。テレビ半分に見ていた時だった。
ニュースで新しいゲームのハードの発表会が行われていた。
没入型ゲーム。VR-ヴァーチャルリアリティ 。次世代のゲーム機の発売日がまさに発表されようとしていたところだった。
つくったのはゲーム会社VALC。次々と革新的なゲームを創り出し、任天堂、SONYにならぶ巨大会社へと急成長した。
なんともすごい時代になったもんだ。と思いながらぼーっとテレビを見ていると。
俺はテレビを凝視することになった。
正確に言うと数多くの記者に囲まれて壇上で話している男にだ。
男は高級そうなスーツを完璧に着こなしている。清潔感溢れる手袋をつけ、身振り手振りを交え話している。
俺は突如突如して困惑の最中に叩き落とされた。
こんなに脳が理解に及ばない事態にあったのは十四年前のあの日以来だった。
俺だ。俺がテレビに写っていた。
余裕なく困惑しながら右上のテロップを見る。
γはゲーム会社VALCの社長を務めたいた。
14年の間に一体何があったんだ。
俺は平凡な食品会社の社員。γはゲーム会社の社長。
いや肩書きなんてどうでもいい。そこではなかった。
俺は子供のころゲームが好きで・・・ゲームを創ろうとしていた・・・もうこのごろ思い出すこともなかった若かりし頃の情景が思い出される。
でも俺は諦めてしまったんだ。
ソファに座っている俺はテレビを食い入るように見る。
諦めた。
続かなかった。
このこみ上げてくる気持ちはなんだ?!
γ「壇上に立っている私達十二人は初期設立メンバーです。」
γ「企業当初は何も無いに等しいものでした。無いだけならまだましです。私達十二人は全員が全員何らかのハンディを抱えていたのです。」
γの他の十一人。誰も彼も特徴があったが全員に共通していたことは誇らしそうな様子だったことだ。
γ「しかし我々には底なしの生命力と情熱と大志が存在しました」
γ「今日は万願成就の日です。」
γ「私達十二人が歴史に名を刻めたことを誇りに思います。」
コメンテーター「とうとう発売日が決定しましたね。これから世界が大きく変わりそうですねぇ」
アナウンサー「VRゲームに関しての条約までつくられたくらいですからね。VALCのGDP貢献率二%とVALCその社長は偉業を成し遂げたと言えますね。」
γに対する賛辞を聞きながらαは鎮痛の面持ちでうなだれる。
所詮俺には才能が無いって・・・いとも簡単に。どうして?!
「γにその才能があったのなら・・・同一人物の俺にだってあった・!・・あったのに・・・!」
「確実だった!!確実に夢が叶っていたのに!!」
「やつは十四年缶積み上げてきたが・・・俺は暗闇の中進むことが出来なかった。」
自分にどんな可能性があるかなんて分からない。それこそ結果を見るまでは。
我々は、可能性にいつも振り回されている。歳を重ねるごとに無限にあった筈の可能性はどんどん潰れていく。
自分にある可能性の全ては選べないのだ。
一年ごとに自身の持つ可能性は消滅していく。これから先の分岐は少なくなっていくばかりである。
そして、死の間際にはとうとう人生は、一本の道でしかなくなってしまう。
選ぶことができるのは一つの選択肢だけなのなら、我々ができることはよりよいものを選ぶことだけである。
「なんで辞めた!なんで辞めた!!なんで辞めた!!!続けておけばよかった・・!俺には無理だなんて思わずず・・・・!!!」
そこに救いの福音が訪れた。
扉の解錠音遠くでした。玄関の扉が開く音がした 。それから靴を揃える音とビニール袋の擦れる音。妻が帰ってきた。
居間のドアが開くと彼女は二歩進んで止まった。
悠然としたいつもの、彼女独特の佇まいだった。
そのまま守護天使のような微笑みをくれた。
「ただいま。」
「聞いてくれ。クレイ研究所の彼女がP≠NP予想の証明に成功したらしい。これでミレニアム懸賞問題は残り六つとなったんだ。うれしいなぁ。人類の進歩は僕の喜びとするところだから──────────おや。どうしたんだい?」
俺の様子がおかしいことに僅かな雰囲気の差から見てとったのだろう
あの時に存在した夢の、その残滓が形を変えた妄執はどんどん離れていった。
振り返って応える。
「あぁおかえり。玲。」
隣の息子の翔がこの世のどこにも不満はないように喋った。とても楽しそうにきゃっきゃっとしている。
「パパ─。」
αはふっと笑みが漏れた。
あの日別れてから二人の俺のその後が分かった。
あと二人はどこで何をしているんだろうか。
そう長いことたたずにもう一人の俺の近況が知らされた。
というのは家に手紙が届いたからだ。
送り先を見て驚いた。イタリアからだったからだ。
おいおい、外国じゃないか。
いったい俺は海外まで行って何をやってるんだろうか。なぜイタリアにまで行ったんだろうか。
手紙にはδの近況が綴られていた。
そして写真が同封されていた。
家族で撮られた集合写真だった。
ある日のことショッピングセンターに家族で来ていた。
明後日δ一家が俺たちに会いに日本にくる。
俺は彼らをディナーに招くことにした。
その食材買い出しに来ているというわけだ。
玲「ところで、お客さんは君とどういう関係性を持ってるんだい?」
α「・・・兄弟みたいなものかな・・・」
α「玲・・・あのさ」
α「少し心配なことがあるんだ」
玲「なに?」
玲にδの姿を見られてその瓜二つさに気づかれること。もしかしたらこいつなら俺とδが同一人物だってことに気づいてしまうかもしれない。
だがこいつなら全てを知ってもあまり動じないだろうなとは思っていた。
いや、動じてないようには見えて、衝撃を受けているようなやつなんだ玲は。そのことを忘れるなよ。俺。
α「イタリア人の客人に日本料理が果たして口に合うかどうか・・・さ。」
つい口から出任せを言った。
玲「音楽なら、リズムとメロディーの楽しみ方、感じ方は世界共通で国境による境はほとんどないんだけどね。食事は風土、地理がそのまま好みに影響を与えるんだ。」
玲「でも大丈夫だよ。」
玲「下手にイタリア料理なんか出さずに、日本の料理でいいんだ。むしろ観光は自国の文化との差異を楽しみにするものだよ。」
α「そういうものか。」
α「日本の食文化が世界からもてどうか?と問われる以前に我が家の食文化は世間からみて極上の部類に入ると思うしな。」
玲「フフフ。ありがとう」
α「明後日は、俺も手伝おうかな。」
玲が独特の笑い方をみせて言った。
玲「それはいけないよ」
玲「ずうっと前からわかっていたことだが君に調理の才能はないんだ」
α「嘆かわしいことにそれは我が偉大なる母上にも無かった。見事に継承されてる。」
オーバーアクション気味な慨嘆口調で言った。
なんてね。ゲームプログラミングの才能だけはあったことが、遠いところで証明されていたのさ。
玲「でも相変わらずりんごを向くのがとてもうまいんだよね」
α「小学校の時からその唯一の特技を磨いてきたんだ。張り切っちゃうってもんさ」
そう話してたら息子が走っていった。
この年の子は何が面白いのかやたら走りたがる。
α「あんまりはしゃぐな。転ぶぞ。」
息子は聞きやしないでお構いなしに駆けている。あんまり行くと見失いかねないので捕まえに行く。
このやんちゃにどんな習い事をさせるかが目下の我が家の最重要議題だ。
近所の武藤さんの息子さんが野球球団に入る気まんまんでいるからその少年野球団になんとなーく入るもんだと思う。仲いいしね武藤さんの息子とうちの息子。
ええと、少年野球団に入れるのは何歳からだっけ。
ショッピングモールは人が多かったが見失う前に翔を捕まえた。
ちょっと前までよてよて歩きだったのにいつの間にこんなにしっかり駆けるようになったのかな。
人が多いところでもしっかりしているように見えるのは親バカだろうか。
α「ほら捕まえた。」
かかえあげられた息子は気色満面だ。
翔「次は僕が鬼ー」
α「おまえ鬼ごっこしてるつもりだったのか。」
やれやれ。
玲「お店ではやっちゃだめ。他の人に迷惑だからね。」
α「走り回ってて人にぶつかったりしたらみんなが困っちゃうんだ。」
二人による多重注意に息子は
「分かったー」
嬉しそうに答えた。
ホントに分かってんのかねこいつ。注意されても笑顔でいるこの性格で将来困らなきゃいいが。
その時だった。すれ違った男が立ち止まった。その男は少しの間の間呆然とした面持ちで立ち尽くしていた。
それからゆっくりと振り返った。
そして
「待て!!!!!!!!」
その声に俺と玲と息子、それから周りの他の客は動きを止めた。
その声にはとてもとても大きいエネルギーの感情が乗っかっていた。
その声に硬直してしまった。
玲と息子が憎しみの金縛りから溶けるよりだいぶ早く俺は振り返った。
そこにはボロボロで汚れた服を纏った男が立っていた。
俺の中の危険信号が最大音でアラートを鳴らしている。
こいつはやばい。どこかおかしい。壊れている。
そしてそいつの顔を見てしまった。
その顔には、悲痛だが俺にとてつもないほどの思いを持っている顔だった。
地獄に落とされたやつが落とした人間に向けるような顔だ。
なぜ俺がこんなにも一人の人間から恨まれなければならない?という疑問は状況の危険さが飲み込んだ。
くそっ!なんでなんだ!
やつの手には鋭い刃物が握られている。
「きゃああああああ!!!」
客が叫んだ。あたりは阿鼻叫喚の最中だ。
「お前が・・・・おまえのせいでぇぇぇええええ!!!!!」
そう叫びながらその男は俺たちに向かって突っ込んで来た。
近づいてきたと実感したのはやつの顔が憎悪に彩られているのが分かった時だ。
男の刃は俺に向かわなかった。やつは躊躇なく息子を刺そうとした。
息子に刺さるギリギリのところでやつの腕を掴んだ。
恐ろしい推進力をもった力だった。
やつの脇腹を蹴り込んだ。
そこで倒れることなくふらついただけでもう一度やつが強く刃物を握り締め、照準を定めた。
「俺が・・・俺が家に残っていればァァァァ!!」
やつは意味不明なことを言った。この異常をきたしたやつがやめるとは思えなかった。
だが少しの距離が開いた。
α「玲!翔を連れて逃げろ!」
玲「でも・・・」
α「早く!!」
玲が息子と離れていくのを背中で感じながら俺はやつと相対していた。
腰を落とし、やつの体の動きに注意を払った。
そこで、あることに気づいた。
そうか
おまえは
その一瞬注意が離れた瞬間次に俺は自分の身に刃がズブリと刺さり込むのを感じていた。
やつは俺だった。相当風体が変わっていたから気がつかなかった。その風貌は彼の人生の過酷さを物語っていたんだ。この世の何もかもを呪いたくなるようなことを経験してきたのだろう。
体の中に入り込む異物感とともにやってくる激痛に俺は歯を食いしばった。
今までの俺を見てきたから安心してしまっていた。彼は報われなかった『俺』なんだ。
彼は不幸になった『俺』だった。
あの彼になる可能性は俺にだって十分あった。
俺と彼はもつれ合い地面に倒れこんだ。
彼の息の荒らさをすぐ近くで感じていた。
俺は彼の背中に手を回し思い切り抱きしめた。
これ以上ないぐらいに強く、固く。
彼はこのままだと周りの人間にも危害を加えてしまいそうだったからだ。もしかしたら玲と息子にも。
周囲の人たちが警察に電話していた。
「もしもしっ!警察ですか!?」
口から血が出てきた。内蔵がイカレている。血が止まらずあふれるように出てきた。
声を出そうとしたが囁くような声しか出せなかった。でも彼の耳元が近かったので充分だった。俺はかつての俺である彼に言った。
α「悪かった・・・・・」
必死の形相でもがくΘに俺の声が届いているか、そして理解しているのかは分からなかった。
薄れゆく意識の中思った。
ああ・・・・そうか・・・・人はドッペルゲンガーに会ってしまうと・・死ぬんだっけ・・・・・
END