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冬の願いごと(5)

 草原のベッドに寝転んだ幸一は、夢と現実の境目で、家族のことや、学校のことを思い出しました。

 両親は忙しくて最近あまり話をしていません。学校の同級生は幸一のことを避けています。このまま家に帰って学校へ通っても、嫌なのに「うん」と言う生活が待っているだけです。それならここにいるのが一番いいと思うようになっていました。好き放題出来るし、何でも願いごとは叶う。

 幸一がそう納得しかけた時、どこからか声が聞こえました。


――でも、いつか悲しくなっちゃうよ


 それは小人たちの声でも、春の女王の声でもありませんでした。小さな子ども。幸一と同じくらいの男の子の声です。


――悲しいってことも感じられなくなっちゃう


 まだ声が聞こえます。幸一は言い返しました。

「戻っても好き勝手になんて出来ないじゃないか」


――本当にそれでいいの


「かまわないよ。ここなら誰もうるさく言わない。美冬さんみたいに、うるさく言う人なんかいない」

 幸一は答えました。

 しかしそう言い切った後、胸の奥がずきんと痛みました。そこで幸一は目を覚ましてしまいました。

 目を開けてみると、春の女王の顔が幸一の目の前にありました。春の女王はベッドで寝ている幸一の顔を覗き込んでいるところでした。

「あら、どうして起きてしまったの」

「わからないけど、目が覚めちゃったんだ」

「招かれた子。さあ、もう一度お眠りなさい」

 春の女王の言うとおり、幸一はもう一度眠ろうとしました。しかしすっかり目が覚めてしまいました。

「まだ願い足りないことでもあるのですか?」

「僕が願うこと……」

「もっと食べ物が欲しい? それとも今度は大きな家を建ててあげましょうか」

 春の女王は言います。幸一は首を振りました。

「それじゃあお金を出しましょうか? それともゲームがいい? 何でも叶えてあげますよ」

「友だちが欲しい」

 幸一はそう口にしました。

 さっきまではそんなこと、考えもしませんでした。夢を見た後、ふと思いついたのです。春の女王は頷きます。

「わかりました。それでは枯れ木を集めて動く案山子を作りましょう。あなたと一緒に遊んでくれるように」

「そんなの、友だちじゃないよ。じゃあ友だちじゃなくて、家族、家族に会いたい」

「わかりました。それでは土を固めて家族そっくりの人形を作りましょう」

「そんなの家族じゃないよ」

 幸一は叫びます。春の女王は首をかしげてしまいました。

「じゃあどうすれば満足しますか。招かれた子」

 春の女王に言われて、幸一は考え込みました。そこで頭に浮かんだのは、美冬さんの顔でした。

「じゃあ、さっきの果物をカゴ一杯に欲しい」

「なんだ、そんなことですか」

 春の女王は小人にカゴといっぱいの果物を用意させました。

「それでこれをどうするのですか」

「僕の知っている人に分けてあげたいんだ」

 幸一は言いました。

 この一週間、美冬さんはずっと何も食べていません。食べなくても平気だと美冬さんは言いますが、幸一はこのおいしい果物を美冬さんにも食べてもらおうと思ったのです。

 しかし、それを聞いた春の女王は、ぴたりと手を止めました。

「それはダメです」

「えっ、でも僕の願いを」

「招かれた子、ここで叶うのはあなたの願いだけ。ここでの願いは、願った本人だけが幸せにならないとダメだからですよ」

「そんな、僕だけなんて」

「おや、それじゃいけませんか? 招かれた子、あなたは普段からそうしているんじゃありませんか」

 女王に言われて幸一はたじろぎました。

 幸一は美冬さんに言ったたくさんのわがままを思い出しました。

 幸一は自分の思うことをただぶつけていただけで、相手のことなんかちっとも考えていませんでした。

「だからいいんですよ。好き勝手にして」

 女王は言います。

 幸一はしばらく考えました。しかし、それでもやっぱり納得は出来ませんでした。

「そんなのやだ。じゃあ自分で届ける」

 幸一は女王からカゴを奪って、ベッドから飛び降りました。

 一人でここを出て行って美冬さんに果物を届けよう。幸一はそう決めました。


      ◇◇◇


 カゴを持ったまま、幸一は無我夢中で走りました。草原を抜け、森に入ります。

 来る時は綺麗だった道は、驚くほどうらぶれていました。

 地面はひび割れ、ボロボロに枯れた木々が立ち並んでいます。何かが腐ったような嫌なにおいがたちこめています。

「こんなところを歩いていたんだ」

 幸一は呟きます。

 そうしてまわりの景色に気を取られていると、幸一は何かにつまづいて転んでしまいました。持っていたカゴは地面に落ち、果物が散らばってしまいました。

「せっかく案内してやったのに、これだからガキは」

 倒れる幸一の隣に、灰色の狼が立っていました。どうやら狼が幸一の足をひっかけたようです。

「お前を連れてこいって、女王に頼まれていたんだ」

 狼は舌なめずりしながら幸一に顔を近づけます。狼の息は生臭くて、幸一は思わず顔を背けてしまいました。

「でも逃げるつもりならここでお前を食べてやろう」

 狼はそう言って大きな口を開けました。幸一は目をつぶりました。その直後、悲鳴が森に響きました。

「うぎゃあ」

 灰色の狼はそう声を上げて地面に転がりました。狼の首に何かが噛みついています。それはいつか見た金色のキツネでした。

「キツネさん……?」

 キツネは狼の体から離れ、出口に向かって走って行きました。幸一は地面に落ちた果物を一つ拾ってキツネの後を追いました。

 こうして幸一は、来た道を戻っていきます。

 キツネの後ろを走っていると、足場の悪い道でも苦になりませんでした。進むにつれて風が冷たくなってきます。いつのまにか辺りは雪が覆っていました。


――ひとりぼっちの寂しい子 


 その時、幸一の耳に声が聞こえてきました。

 それは小人の声ではありません。しわがれたおばあさんの声です。幸一の目の前に、しわくちゃのおばあさんが立っていました。黒い帽子を被り、道をふさいでいます。

 おばあさんの身にまとうぼろぼろの布きれは、よく見ると春の女王が身に付けていたドレスでした。春の女王と同じように左手に腕輪をつけていましたが、それは骨の固まりを紐で繋ぎ合わせただけの不気味な腕輪でした。

 これが狼の言っていた魔女なのだと、幸一は気づきました。

「せっかく全てが上手くいきそうだったのに」

 魔女は忌々しそうにいいます。幸一の足下には、金色のキツネがいました。

「お前か、お前が邪魔したのか」

 魔女はキツネに向かって言いました。キツネは幸一の後ろに隠れました。どうも魔女を怖がっているようです。幸一はそこでキツネが助けてくれたことを知りました。

「このキツネさんは悪くないよ。僕がここを出たいと思ったから手伝ってくれたんだ。おばあさん、そこをどいて」

「ここを出たいって? 何を寝ぼけたことを言っているんだい。出られる訳ないじゃないか。お前はこの森に招かれた、一人ぼっちの寂しい子なんだから」

 魔女は言います。

「さあ、願いを言いなさい。なんでも叶えてあげるから」

 魔女は幸一に手を伸ばします。

 その時、魔女の体が光っているのを幸一は見ました。それは幸一の嫌いなあの光です。

「さあ、戻りなさい。招かれた子」

 魔女は近づいてきます。魔女の放つその光は左手の腕輪に集まっていました。

 幸一は一歩後ろに下がりました。魔女もその光も怖くてたまりませんでした。しかし幸一は果物を握りしめ、勇気を出して魔女の腕輪に触れました。

「僕は美冬さんに果物を届けるんだ」

 幸一が言うと、突然魔女の腕輪が光り始めました。幸一の右手に不思議なぬくもりが伝わってきます。すると腕輪から白い結晶がいくつも飛び出して来ました。それは雪のように揺れながら、空に舞い上がって消えていきます。

「ああ、私の願いが、願いが消えていく!」

 魔女は叫びました。そして空に消えていく光を掴もうと、必死に両手をばたつかせていました。しかし光は魔女が触れる前に消えてしまいます。やがて魔女の体も白い結晶となって、空に消えていきました。

 幸一は自分の右手を見ました。

「あの光は、願いごとが集まったものなんだ」

 実際にに触れてみて初めて、幸一はそれが「人の願い」であることを知りました。


      ◇◇◇


 気がつくと、幸一は雪山に立っていました。

 すでに夕方になり、あたりは薄暗くなっていました。幸一の足下にいたキツネは、いつの間にか姿を消していました。

 風の冷たさに幸一がその場にしゃがみ込むと、遠くから声が聞こえます。

「おーい、幸一、どこへ行ったんだい」

 遠くから呼ぶのは美冬さんでした。美冬さんは幸一に気づくと、慌てて駆け寄ってきました。

「おい幸一、しっかりしなさい!」

 美冬さんは幸一の体を抱きかかえます。美冬さんは幸一のコートを持っていました。

「近くの枝にコートがかけてあったんだ。早くこれを来なさい」

 美冬さんはそう言ってコートをかけてくれました。幸一は両手に持っていた果物を美冬さんに差し出しました。

「これ、食べて」

 美冬さんはそれを見て驚きました。

「幸一、これをどうしたんだい」

「森でもらってきたの。食べて」

「招きの森に行って戻ってきたのか?」

「うん、金色のキツネさんが手伝ってくれたんだ」

 それを聞くと、美冬さんは大きく頷きました。

「そっか、あの子がね……。でも、よかったね、本当によかった」

 幸一は美冬さんに果物を差し出します。しかしそれは美冬さんの手に渡る前に、煙となって消えてしまいました。

「あ、消えちゃった……」

「ううん、いいんだよ、これで」

「僕、せっかく返そうと思ったのに」

「返すって何を」

「わかんないけど、美冬さんにお礼したいと思ったから」

「そっか、ありがとうね。その気持ちだけで十分さ」

 美冬さんは笑いました。そうすると美冬さんの体が光り始めました。

「それに、もう時間みたいだ」

 美冬さんはぽつりと言いました。そこで幸一は、美冬さんも魔女と同じ、何かの願いの固まりであることに気づきました。

「美冬さん、消えちゃうの?」

「そうだね、そうするべきなんだ。最後は幸一の手で送ってくれるかい?」

 美冬さんは言います。幸一は涙で前が見えませんでした。

「めそめそ泣かない。いいんだよ、十分私の願いは果たせたんだから」

 美冬さんは幸一を抱きかかえました。

 光を通してぬくもりが伝わってきます。美冬さんが何を願っていたのか、それを理解するとまた涙が止まらなくなりました。

「何も返せないまま、お別れはやだよ」

「それじゃあね、それは、これから出会うみんなにあげなさい」

 美冬さんはそう言って幸一の右手をとりました。

 白い結晶があたりいっぱいに広がって、空に上って消えていきました。


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