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冬の願いごと(4)

 幸一は森の中を走っていました。走るたびに、柔らかい雪が靴にまとわりついてきます。

 しばらく走ると、幸一はその場に転んでしまいました。後ろを振り返ってみましたが、美冬さんは幸一を追ってはきませんでした。

 幸一は息を切らしていました。お腹がすいて頭がぐらぐらします。

 どうやら森の奥深くまで来てしまったようでした。まわりは大きな木ばっかりで、自分がどこにいるのかもわかりません。

 風が冷たく、幸一の体は鼻の先まで冷たくなっていました。そして幸一の耳に、いつか森で聞いたあの声が聞こえます。


――ひとりぼっちの寂しい子 道に迷ってどうしたの


 幸一は顔を上げて叫びました。

「もうこんな山から帰りたい!」


――ひとりぼっちの寂しい子 帰るといってもどこ帰る


 その声はたくさんの声が折り重なったように聞こえます。

「家だよ。僕の家に帰る」


――ひとりぼっちの寂しい子 帰る家ってそれはどこ


「家は家だよ、僕の……」

 幸一はそこまで言ってもう叫ぶ気力もなくなってしまいました。


――ひとりぼっちの寂しい子 行くとこないならいらっしゃい


 その声は最後にそう言って、森の深くへ消えていきました。幸一はその声に惹かれるようにして、より暗くて深い森へと足を踏み入れました。


      ◇◇◇


 森の中をしばらく進むと、不思議と寒さがやわらいできました。

 いつの間にか雪は解けていて、緑の木々があたりを覆っています。すでにコートを着ていると暑いくらいでした。幸一は近くにあった木の枝にコートを掛けました。

「どこだろ、ここ」

 幸一が言うと、目の前から低い声が聞こえてきました。

「ここは招きの森だよ」

 幸一の目の前に、灰色の狼が立っていました。 目が細く、大きな口から赤い舌が出ています。狼はじっと幸一のことを見ていました。

「今喋ったの、狼さん?」

「狼さんだってぇ~、ぐぇははは」

 狼はかすれた声で笑います。

「おいガキ、お前も招かれたのか。どこから来た」

「近くに家があるんだ。そこから」

「家?」

「大きな煙突がある家だよ」

 幸一が言うと、狼は耳をぴくぴくと動かしてから大きな声で笑いました。

「あの煙突の家にいたって? おお怖い怖い。よく無事だったなあ」

 狼は長い舌を出しながら笑いました。

「無事って、どういうこと?」

「あそこには魔女がいるんだよ」

 幸一が尋ねると、狼は答えました。

「家に迷い込む子どもを食べてしまう、恐ろしい魔女だ。よかったな、逃げてこられて」

 狼は言いました。

 幸一は美冬さんのことを思い返しましたが、美冬さんが魔女だとは考えられませんでした。しかし狼はそんな幸一の心境を察したようにこう言ってきます。

「魔女ってのは最初は優しくつけいってくるのさ。でもある時、気がついたらむしゃむしゃ食べられてるんだ」

「で、でも、美冬さんはご飯は食べないし」

「我慢してるのさ。おいしいディナーをおいしくいただくために、じっとな」

 狼は言います。

 幸一は訳がわからなくなってしまいました。

「でも、招きの森に招かれたなら、もう大丈夫だぜ」

 狼はそう言って幸一に尻尾を向けました。大きな毛の固まりが秋一の顔の前で揺れます。

「招かれた子どもは何でも願い事を聞いてもらえるんだ」

 狼はそう言って先に進んでいきました。


      ◇◇◇


 狼に連れられてあるいた道には、とても幻想的な風景が広がっていました。。

 木々は虹色にゆれて、足下の石は宝石のように光っています。幸一が歩く度に、まわりの景色は色鮮やかに移り変わっていきます。その様子はまるでメリーゴーラウンドに乗っているようでした。

 幸一は落ちている石を拾いました。表面はすべすべしていて、とても綺麗です。

「おいガキ、寄り道してるんじゃないぞ。早くついてこい」

 狼はそう言って尻尾を揺らしました。幸一は石を地面に置いて、仕方なく狼の言うとおりにしました。

 幸一は狼の尻尾を頼りに先に進みます。くすんだ灰色の毛皮は、まわりの景色とは対照的でした。やがて森を抜け、幸一は広い草原へ出ました。


 目の前には延々と地平線が続いていました。幸一はこれまでこんな広い場所に来たことはありません。草原にはいろいろは野花が咲いています。胸いっぱいに息を吸い込むと、春のかおりがしました。

 前方を見ると、草原の一角にテーブルとパラソルが置かれていました。そこから賑やかな声が聞こえます。テーブルのまわりに座っていたのは、小人たちです。

 小人たちはわいわい騒いでいます。よく聞くとその声は、森で聞いたあの声でした。

「すいません」

 幸一は声をかけました。幸一に気づくと小人たちは一斉に振り返りました。

 小人の背丈は幸一の太ももくらいまでしかありませんでした。みんな赤いズボン、緑色のベストを着ています。

「何だ何だ、人の子か?」

「どうして人の子がここに」

「いや、落ち着け、これは招かれた子どもじゃないか?」

「そうだそうだ、招かれた子どもだ」

 小人たちは騒ぎながら幸一を取り囲みました。

「うむ、間違いない。招きの森に招かれた寂しい子どもだよ」

「そうだそうだ、これは間違いない」

「招きの森へようこそ」

「ようこそ、招かれた子ども」

 小人たちは幸一を歓迎してくれているようでした。

「さあ、春の女王さまを呼ぶんだ」

「春の女王さま! 春の女王さま! やって来ましたよ、招かれた子どもが」

 小人の一人が鐘を鳴らしています。小人たちが騒ぐのを幸一はぼんやりと眺めていました。幸一は歓迎されているようでした。どうして歓迎されているかはわかりませんが、歓迎されることは悪い気分ではありませんでした。それに、ここは雪山と違ってとても居心地がよかったのです。

 しばらくすると、小人たちの後ろから女の人が現れました。

「春の女王、春の女王」

 小人たちはそう連呼します。

 春の女王と呼ばれた女の人は、桜色の王冠に宝石のたくさんついたドレスを着ています。左手に綺麗な花をあしらった腕輪をつけていました。にこりと微笑むその顔は、とても優しそうに見えます。

「ようこそいらっしゃいました、招かれた子」

 春の女王は深々と頭を下げました。

「ここはどこですか。僕はたしか冬の山に……」

「深いことは考えなくてかまいません。あなたは招かれた子どもなんです。ここで暮らす権利があります」

「ここで暮らす……」

「そうです。あなたは選ばれた子なんですよ。あなたが願うことはなんですか? ここなら何でも手に入りますよ」

 唐突に言われても、幸一はどう答えていいかわかりませんでした。

 何か欲しい物は無いか、そう考えたとき、急に空腹のことを思い出しました。幸一はお腹を押さえます。それを見て、春の女王は両手を叩きました。

「おお、お腹がすいているのですね。それじゃあ、おいしい食べ物を山ほど用意しましょう。さあ小人たち、あれを」

 春の女王が言うと、小人たちは懷から布の袋を取りだしました。

 そして袋の中に手を突っ込んで何かを取り出しました。それは種のようです。小人たちはそれを地面に撒きました。すると、そこからすごい勢いで木が生えてきました。大きく育った木は、その枝に金色に輝く果実を実らせました。

「いくら食べてもいいさ、キミは招かれた子どもなんだから。さあ両手を出して」

 小人の一人が言います。幸一が言われたとおりにすると、手のひらにその果物が落ちて来ました。

「本当に食べていいの?」

「許可なんかいらないさ。これはキミのものだからね」

 小人は言います。

 幸一は夢中で果物にかぶりつきました。

 その果物の美味しさといったら例えようがありませんでした。果肉はやわらかくて、口に含むと甘い果汁が口の中ではじけます。爽やかな香りは嗅いでいるだけで頭の中がしびれてしまいそうです。幸一はあっという間に四つも平らげてしまいました。

「まだまだありますよ」

 春の女王が言うと、さらに木から果物が落ちて来ます。それはいくら食べても無くなりませんでした。お腹がいっぱいになった後は、幸一は草原に寝そべりました。

「小人たち、招かれた子どもにベッドを用意してさしあげなさい」

 春の女王が言うと、小人は袋から別の種を出して足下に撒きました。すると、草が急激に伸び、大きなベッドを形作りました。

「さあ、ここでゆっくりおやすみ」

 幸一は言われるままに、ベッドに横になりました。

 ふかふかの草のベッドは、寝袋より寝心地がよく、暖かい日射しは暖炉より暖かく感じました。幸一はすぐに眠くなってしまいます。暖かさにまどろんでいるのは、とてもいい気持ちでした。

「他に何か願うことはありますか」

 春の女王は尋ねました。

 幸一はしばらく考えました。しかし、おいしい物を食べて、ゆっくり眠って、もう何もかもどうでもいい気分になっていました。

「う~ん、わからないや」

 そう言うと、春の女王はにこりと笑いました。

「それでいいんですよ。一人ぼっちの寂しい子」

 そうして幸一ほいつの間にか寝てしまいました。

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