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あのメールはたぶん・・・・。
「もしもし。」
「もしもし、藤堂?」
「うん。」
「あのさ、あのときの手紙の話し、やってみたいんだけど。」
少しの沈黙。
「いいの?じゃないな、うん。」
「明日、カップ売り場に何時に来れる?」
「じゃあ、午後二時5分。」
「わかった。」
駅ビルの中のカップ売り場。
時計は午後二時。約束より五分早い。
彼女がもうカップ売り場に来ている。
絶対遅刻するというオレの読みをしっかり裏切ってくれた。
隣にならぶ。
ほんの少しこっちを確認できるかどうかぐらい視線を動かした後、赤いカップを手に取った。
オレも迷わず水色のカップを手に取る。
お互いのカップを見た後、当たり前のように二人でレジに並ぶ。
言葉は交わさない。
ラッピングを待つ間、メッセージカードを書く。
お互い自分の名前。
店員さんにお互いの手がクロスするように差し出す。
ちょっと困ったように彼女の目をみて、ジェスチャーで確認したみたいだ。
彼女のほうにはオレの名前のカード、オレのほうには彼女の名前のカードを入れてそのまま渡してくれた。
「じゃあ。」
「うん。」
それだけ言ってオレたちは別々に歩き出した。
次の日、オレは少しだけ期待した。
彼女がもう一度これ受け取ってと、紙の手提げを差し出すのじゃないかと。
手紙だけでもと思ったが何も無かった。念のため放課後までまったのに一言も声をかけては来なかった。仕方がない。
「藤堂さん、あそこで話したいんだけど。」
オレのほうから声をかけた。
「あそこって、やっぱりあそこだよね。定番の?」
「うん。先に行ってる。」
カバンをもって先に階段を上がる。
呼び出すのは緊張する。
やはり鍵はかかっている。奇跡は起きないものだ。
カバンの中から手紙を取り出した。
足音とともに藤堂千鶴子登場だ。
手にはやっぱり通学カバン。
「お待たせ。やっぱり定番はここだよね。しかも今日も鍵はかかってるのか。」
満面の笑み。呼び出されるほうはのんきなものだ。
手に持っていた手紙を彼女に差し出すと、折りたたまれただけのルーズリーフにしか見えないそれを読み始めた。
「これって、昨日の出来事だよね?私が書いた手紙と似てる。」
声を弾ませ、うれしそうにオレを見た。
「ありがとう。」
「どういたしまして。気に入った?」
「うん。でも、足りないな。」
役者が不満を漏らす。
「なに?カップの交換?」
「まあね、それもある。でも、手紙には確か好きって書くんじゃなかったの?」
「さすがに・・・そっちのも書いてなかったよ。」
「そうだけど。でもこれ、新庄君のストーリーになったんじゃない?私、もうそのつもりでここにきたんだけど。」
「好きも付き合っても無い。」
そういうオレに
「うん。」
うなずいて目をとじてみせた。
「うん、って。」
戸惑うオレに目を開けた役者が一言、
「偶然も奇蹟ももう起きたの。後は必然。それは新庄君が起こすのよね?」
そういって思い切りオレの顔を覗き込んできた。
この恋愛ドラマのシナリオはもう書いてなくはない。
「オレのシナリオでは女のほうから告白だ。」
いきまいて体勢を立て直すと
「付き合って。」
こともなげに言って見せた。役者藤堂千鶴子ここにありだろう。
「好きがない。」
指摘を入れてやる。
「それは手紙のはずでしょ。今回手紙を持ってきたのはそっち。ほんとうなら新庄君の手落ち。しかも付き合ってもそっちのセリフになるんじゃない?ということは、新庄君に残されたアクションはあとひとつ。」
下から見上げるまっすぐな目。せめて目をとじてほしい。
「さあ、どうするのかな。」
追い詰められて、もうどうでもよくなりそうだ。役者では彼女にはかなわない。しかし、シナリオはきちんととうそうと思う。
「すき、付き合って。」
棒読みのセリフを言い終わったオレに残されたのは彼女からのキスを受けるのみ。
「うん。」
とかわいくうなずいた役者はそこから一歩も動かない。
「オレのシナリオ、気に入らないの?」
「うん。ここからは新しく作って。」
そういってオレの右手を両手で持った。
けっきょく、彼女のシナリオどおりにしか受け入れてはもらえないようだ。だが、この手を目の前で洗ったらどんな反応するのか試してみたい。今度はそれをシナリオに追加してみよう。