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「ご飯よー。」
歌うような母親の声に呼ばれて食卓に着いた。
今日はハミングまでしている。
テーブルの上には、グリンピースご飯、豚汁、肉じゃが、さわらのホイル包み焼き、ちなみにさわらのうえの人参はハートと星型だ。真ん中がそのかたちにくりぬいてある人参は母親のところにのっかている。うちの肉じゃがは肉が豚ばらを1センチの厚さに切ったのがゴロゴロ入っている。その上デザートはレアチーズケーキのようだ。
さっきの電話の話を聞かれたくなくて、いっしょうけんめい食べた。
母親の視線が痛い。
デザートになったころ、お茶を入れなおして母親がもう一度目の前に座った。
「これね、ブルーベリー入れてみたの。かわいいし、目にもいいのよ。それに、チーズケーキだと思うでしょ?ほんとうは半分ヨーグルトケーキなの。クリームチーズを減らしてヨーグルトで代用したの。カロリーオフでお財布にも目にも優しい。今日のは上出来。これでうちにも女の子がいたらなあ。」
ドキッとした。年甲斐も無く、少女のようにテーブルにひじをつき、あごを乗せてオレを見ている。
絶対さっきの電話の話をしたいんだ。話題をそらすんだ。
「これ、おいしいよ。」
「でしょ?ところでさっきの娘、礼儀正しくていい子ね。同じクラスなんでしょ。今日ももしかして一緒だった?」
聞きますか。そうですよね。
「うん、まあ。中学のときの同級生と友達だったらしくて。みんなであったんだ。」
藤堂さんが自分で言ったはずだ。斉藤と友達だと。
オレは聞いたことをそのまま伝えただけだ。心なんて痛くない。とっても小さいことは今度いおう。
「そうなの?デートかと思ってママどきどきしてたのに。そのうち家にも遊びにきたりするかしら?レアチーズケーキ好きかな。たのしみだわ。」
デート、それはオレも思わなくはなかった。でも、なにか違う。たぶんデートではない。
母さんがうっとり夢をみだした隙に席をたった。
「ごちそうさま。今日、見たいドラマあるから声かけないで。」
一応釘を刺すのも忘れない。
部屋に戻って携帯メールをチェックする。
藤堂さんから あとはメールいれておくからちゃんと見るように ときつく言い渡されている。
そうしないと、もう一度、家の電話鳴らすからね と脅迫されたのだ。
<この先の4人での行動について
必ず、新庄君と私は5分遅れで行くこと(二人っきりの時間を自然に演出)
席は、さおりと上北君が話しやすいように座ること
新庄君からはさおりに話しかけること(恋心をあおるため)
私からは新庄君に話しかけること(恋愛モードに持っていくため)
以上。他になにか考えておいてね。>
絵文字が一切無い。
たぶん、怒っているわけではないだろう。
返信も要らなさそうだ。まだ、何も案が浮かばないのだから。
とっても小さい藤堂さん。
でも、態度といおうか、気持ちといおうか、なんだか尊大な感じでどうしてもしたがってしまいそうだ。
小さいから嫌味じゃないのか。
だとしたら背が小さいって言うのは案外得なこともあるのかもしれないな。
せっかくつけたドラマを無視してメールを見ていたことに気づいた。
危なかった。見逃すと連ドラ視聴メモに穴があく。オレの唯一の趣味だ。メールはもう忘れよう。でも、絶対に電源は切れないように気をつけなければ。
ふと、ベッドの下に気がいった。
うちの母親はまるで掃除おんちだ。
片付けが苦手らしく、何でも斜めに配置したがる。
そんな性格だから、オレの部屋の掃除もいい加減だ。ざっと掃除機をかけるくらい。
とうぜん、ベッドの下はほこりがたまっている。それを確認してオレは安心するわけだが・・・。
念のために今、みておいたほうがよさそうだ。うん、ほこりだらけだ。自分でティッシュを持ってきてざっとホコリを払う。そのついでにそこにあった数冊の雑誌をきちんとそろえておく。母さんのチェックはなさそうだ。
その中の一冊。一番上においてある雑誌。
これは母親がわざわざ買ってきたものだ。
あれも中学のときだった。
その日は休日で、家でマンガを読んでいた。
出かけていた母親が、戻ってきてすぐオレを呼んだ。
「直君、これ。」
差し出された一冊の雑誌。
もちろん、雑誌の名前は知ってはいた。中身も学校に持ってきたやつがいてみたこともあった。でも、それを母親に差し出されるとは思わない。しかも笑顔で。
「ママ、買ってきちゃった。工藤さんちのお兄ちゃん、ほら、覚えてる?高校2年の。隆正君、こういうの読んでるんですって。男の子はみんなそうなのよって、工藤さん言ってたわ。買い物行く前に聞いたから、そのまま買ってきちゃったの。はい、直君に。」
手渡された雑誌。
マンガや記事ももちろんある。でも、俗に言うグラビアってやつが多い。しかも今月号は夏を前にその特集だ。
思わずぱらぱらとめくっていた手をバタンととじた。
「いがいと高かったのよ。大事にしてね。」
やっぱり笑顔ですか。せめてリビングに呼び出さずに部屋に持ってきてくれませんか。これ、持って部屋には入りづらいんですけど。
とうぜん、学校で話してみたら 持って来い!!!の嵐。それを見越してもちろんその日に持っていってはあった。
とうぜんクラスメートは感謝と感想を忘れない。
「お前のかあちゃん、やっぱかわってるよなー。」
だけでは飽き足らず
「変な愛に目覚めんなよー。」
までついた。