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「ご飯よ-。」
歌うような母親の声に呼ばれて、夕方の食卓についた。
テーブルの上には、ペンネのミートソース和え、キャベツとベーコンのスープ、カジキのフライ、付け合せにはレタスとゆで卵、ミニトマトは外さない。ちなみにゆで卵はお花型ってやつに切ってある。デザートはブドウだ。
中学で仲がよかったやつらによると、オレは母親に溺愛されているらしい。
そして彼女の愛情表現は料理ともうひとつ。
中学一年のときだった。
その日、学校から帰ると母親がダイニングテーブルのいつもの席に着いていた。
「直君、話があるの。」
そう前置きをして、オレにも椅子に腰掛けるよう勧めてきた。
オレが腰掛けたのを見て、気合をいれるときみたいに深く息を吸ったあとおもむろにはなしだした。
「直君、これ、見たことある?」
母親は両手の下に隠すように持っていた箱を取り出した。
オレの答えを待たず、箱の中身をだして見せた。
「これね、たぶん、ちゃんと見たこと無いと思うんだけど。知っておかなきゃあなたが困るのよ。」
そういってオレにひとつ手渡した。
パッケージから中身を出し、もしかして・・・?
そうおもって母親を見ると、大きくひとつうなずいて見せた後、使い方を説明し始めたのだ。
これはつまり、大人の男女が子供を作らずに、でも、そういうことしたいなーって時の必需品だ。
通称、水風船としておこう。
「いつか、好きな女の子とお付き合いする日がくる。だって、直君、とってもカッコいい。ママの自慢。気持ちがあればそういうこともあるかなって思う。直君、男の子だしね。念のためにきちんと話しておきたかったの。子供が子供を作るなんてことの無いようにね。あと、中学ではまだ使うのは早いとは思うわよ。でもね襲われるってことだって無いとはいえないの。きちんと知っておくべきだと思うわ。」
オレはかっこよくない。もてたことも一度も無い。
でも、母親の目にはそう映らないらしい。
大方、その時の流行の連ドラの影響だとは思う。
そこから、あの人は女性の生理についても説明しだした。
だからオレはもてないにもかかわらず、そっちの方は知識がある。
しかも母親からだからやらしいとかより、まるで勉強、でなきゃ世間話のようだった。
最後にその箱をオレに渡して、持ってなさいね。と笑顔で釘を刺してきた。
「机の一番上の引き出しにいれておきなさい。それと、ママ、時々中身のチェックするからね。」
使えないでしょう。絶対チェックはしているはずだ。場所だって動かせない。
そんな講義を受けた翌日、学校でクラスメートに話したら言われたんだ。
「おまえんちの母ちゃん、なに考えてんだよ。でも、見たい。今それ持ってないの?もってこい。な。」
おかげで次の日の放課後、クラスの男子に囲まれて水風船の使い方の講義をする羽目になった。
もちろん現物を見せながら。
ちなみに水風船というネーミングは、その時クラスで一番目立つ、女子人気の高い山下がつけたものだ。
それ以来オレは、男子の中では一目置かれてしまった。
欲しいとたいがいのやつはいったんだが母親のチェックを恐れ、けっきょく誰にもやらなかった。
机の一番上の引き出しにはそのときのまま手付かずの箱が入っている。
箱の向きがときどきちがうのはチェックした証拠だろう。
あの人はわかりやすい。