進級
・・・人生というものはここまで残酷でいいものなのであろうか。人生とはここまで悲しみをこらえなければならないものなのか。クラスメートは視線をこちらに向けては笑い、先生は目を合わせようともしない。早く終わって欲しい。こんな授業なんて。こんな授業なんて・・・。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴った。そして日直が大きな声で号令をかけ、授業が終わった。その瞬間、俺は一目散にトイレに駆け込んだ。
「うおおおおオおヲおぉぉォォ・・・・・!!」
野球の盗塁の時より速かったと思う。それほど早くトイレに逃げ込みたかった。そして俺は急いで着替えを済ますと、教室に戻った。
「ゆ・・・優美~~!!お前は・・・お前という奴は・・・このヤローーーー!!」
「あはははは~☆でも似合ってたぢゃ~ん☆」
そうだ。こいつが犯人だ。この窒息寸前の息苦しい時間の基を作り上げた犯人だ。確かに俺は一年から続けていた昼休み恒例になっていた、優美・来斗・龍弥との大貧民大会に負けた。しかもよりによって今日は罰ゲームをつけやがった。この優美が!!久保川 優美が!!その内容は世にも恐ろしいものだった。
『次の授業を全身タイツで受ける』
まぁクジで引いたものだったので文句は言えないが、しかし酷過ぎやしないか・・・?
「おかげで好きな日本史の授業が史上最低の授業になっただろ~が~!!あの先生は今年からの新任の先生なんだぞ!いきなりこんな格好を目の当たりにされたらそういうことをやりがちな生徒だと思われるだろ!!」
半泣きで優美に抗議する俺を龍弥が「まぁまぁ」と止めにはいる。
「まぁいいじゃん。この際だからそういうキャラになってみるっていうのもアリじゃないかな~アハハハ~」
・・・こいつ・・・幼馴染みでなければ殺してた。確実に殺してた・・・!!俺の黄金の右手が震えている・・・!!
「それにしてもさー」
来斗が口を出してきた。
「そのタイツどこで買ったの?」
そっちかよ・・・。まあ来斗の天然はおいといて・・・。今はこの腐れ縁が災いしてしまったこの魔性の女に鉄槌を下さなければ・・・!!
「キーンコーンカーンコーン」
・・・ちっ。6限のチャイムか。命拾いしたな。そういう意味を込めて優美を一睨みしておいた。優美はケタケタと笑っていた。二年になって三日が経った。まだ一人病欠で来れてない奴もいるらしいが、とりあえずだいぶ顔と名前は一致してきた。人の顔と名前を一緒に覚えることには自信がある。窓際にいる、いつもボーッとした感じのアイツは須藤。クラスで一番賑やかな友達グループの中でムードメーカーの役割をしているのは幡野。そして俺の隣にいるコイツは・・・誰だっけ?
「馬鹿野郎!俺を忘れるな!」
あーこいつは岩村来斗だったか。失敬失敬。この岩村との付き合いは高校入学からとそこまで長くはないが、今では親友とも呼べる間柄にまでなっている。男の俺が見ても相当なイケメンであり、事実女子にはかなりモテる。しかし、まだ誰ひとりとして付き合ったことがないという。その理由は・・・。
ある日の出来事だった。来斗が神妙な面持ちで俺のところにやってきた。よくみると、ほおが少し腫れ上がっていた。
「なぁなぁ、聞いてくれよ~」
「どうしたんだよ、ほっぺた赤く腫れ上がらせて。」
「あのさ~、一組の後藤って知ってるか?」
「あぁ、あの小柄の黒髪のやつか。そいつがどうした?」
「いやー実はさ、さっき屋上に呼び出されて買い物一緒に行ってくれって感じで言われたから「わかった。どこに?」って答えたらいきなり「はっ?!」って言われてさ~、そんで「買い物だろ?」って答えたらいきなりビンタしてきたんだよ。ワケ分かんなくね?」
・・・ん?なんだ?違和感を感じる・・・。
「何だよそれ。ワケ分かんねーな。」
「だろ?自分から呼び出しておいて買い物の場所も買いたい物すら言わないでいきなりビンタしてくるんだからよ~。」
「んで、ちなみに後藤にはなんて言われたんだ?」
この質問の答えが、こいつへの印象を決定づけるものとなった。
「いや~なんか「私と付き合って下さい」って顔を赤くして言ってたよ。よっぽど恥ずかしいものを買いたかったんだな~。」
・・・んがっ?!こいつ・・・本気で言ってんのか?本気で言ってんのか?!もひとつおまけに本気で言ってんのかーーー!!
「馬鹿野郎!!それって「好きだから付き合って」って意味だろーが!!決して「買い物付き合って」って意味じゃねーぞ!!」
「え?!そうなの?!」
間違いなく本心から驚いた顔だったな、今の。その顔で驚けることが驚きだよ。
とまぁこんなことがあったのが去年の5月上旬。もちろん、この後藤という子は二度と来斗には近付かなかったそうだ。そんな訳で未だに彼女が出来ない。