8:日記
ページの最初に並んでいたのは、見覚えのない――けれど確かに私の筆跡だった。
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ーー付き合ってからの先輩は嘘みたいに優しくて、甘い。先輩のことを日ごとに好きになる。今までもこれ以上無いくらいに好きだったのに
ーー本当に先輩と結婚しちゃった。全然実感がない。まるで夢の中にいるみたい
ーー今日から、先輩じゃなくて、エリック様って呼ぶことになった。でも、面と向かって名前を呼ぶのはまだ恥ずかしい
ーー淑女教育は慣れないな。魔法学園で、ひと通りのマナーは学んだけど、全然足りなかった。このままじゃ、先輩に恥をかかせてしまう。もっと頑張らないと
ーー今更だけど、私、とんでもない家に嫁いできてしまったんだな。公爵家の歴史を学んで、少し怖気付いてしまった自分がいる。覚悟、足りてなさすぎた
ーー明日は初めて親族会。緊張する。ちゃんとできるかな
ーー散々だった。テーブルマナーもまともに身についていない私を、親族の皆様が軽蔑の目で見て……その視線の中で緊張した私は、また失敗を繰り返して。きっとエリック様も呆れていた
ーーお義兄様の奥さま……、コレット様は私のことを特に嫌っているみたい。みんながいる時は優しいけど、二人になるととても冷たい。……でも、仕方ないよね。侯爵家出身のコレット様とは違って、私は賤しい生まれだもの。視界に入れるのも嫌よね。。年も近いし、仲良くしたかったんだけどな……
ーー優しかったのはお義兄様のシルヴァン様だけ。シルヴァン様は素朴な雰囲気で親近感が沸いた。お顔はエリック様に似ているけど、性格は真逆みたい。いつも自信なさそうにしている
ーー家庭教師の先生が辞めた。私、呆れられちゃったのかな
ーールネが私の侍女になった。家庭教師としても色々教えてくれるらしい。でもそのために魔塔をやめてきたって。申し訳ないな……
ーールネが来てから、息がし易くなった。心が軽くなった。やっぱり、私にモンフォール公爵家は荷が重すぎたんだわ
ーー私のためにこんなことまでしてくれる人なんて、ルネくらいよ。ルネ、大好き
ーーまた親族会。エリック様は肩の力を抜いてと言うけれど、そんなの無理だよ
ーー美味しいはずなのに、味がしない食事。理解できない会話。嫌味を言われているのはわかるけど、意味を理解できないから笑って受け流すしかない
ーーコレット様にお茶会に誘われた。いやだ。行きたくない。でも、行かないとエリック様に迷惑がかかる
ーーお茶会はコレット様とコレット様の友人がみんなで私を嗤うための会だった。別に暴力を振るわれたわけじゃないのに、体が痛む。いや、違うな。これは体じゃない。心が痛いんだ
ーーお茶会は楽しかったかと、聞かれた。私が楽しかったと笑うと、エリック様は安堵したように笑った。きっと心配をかけているんだろうな。しっかりしないと
ーー最近、エリック様がコレット様とのお茶会を勧めてくる。私が楽しかったと言ったせいかな。どうしよう。もう行きたくないなんて言えない
ーーコレット様の口から、私が知らないエリック様の昔の話を聞かされるの、嫌だ。二人は幼馴染だから、私が知らない話があるのは当たり前なのに、二人の親密さが窺えて、辛い
ーーエリック様の初恋はコレット様だったらしい
ーーエリック様は、次男だから。だからコレット様とは結ばれなかった
ーーエリック様が私と結婚したのも、コレット様への気持ちを隠すためだったんだって。カモフラージュのためだけに私と結婚したって。彼が愛しているのは、今もコレット様だけって。……なんだ、やっぱりそうか。おかしいと思った。あのエリック様が私なんかを好きになるなんて、そんなことあるわけなかった
ーーエリック様がコレット様とのお茶会を勧めるのって、もしかしたら私の送迎の時に少しでも彼女に会いたいから、とかなのかな
ーーあんなに私のことを好きだと言っていたのに。エリック様は嘘つきだ
ーーエリック様が私に愛を囁く。でもその言葉が嘘だとわかっているから、虚しい
ーーしばらくエリック様の目を見ることが出来なかったせいだろうか。久しぶりに見た彼の瞳は信じられほどに冷たかった。私を見る目が、ひどく冷たい。ひょっとして、私にコレット様への気持ちがバレたと知ったのかな?だから、私の事を好きなフリをする必要がなくなった?
ーー久しぶりの親族会。エリック様がコレット様の部屋に入っていくのを見た。……あんな夜遅くに何をしていたの?
ーーあれからエリック様とは話していない。なんて声をかけたらいいかわからない。
ーーエリック様との関係がギクシャクしていた事をシルヴァン様に気づかれた。でも、私は何も言えなかった。だってあなたと奥さんと弟が夜に会っていたなんて、私には言えない
ーー久しぶりにエリック様と話せた。さりげなく、コレット様のことをどう思っているのか聞いてみたら。でも、聞き方が悪かったのかな。怒らせてしまった
ーーあれから、エリック様とは顔を合わせる度にずっと喧嘩してる。今日は、自分にやましいことがあるから人の浮気を疑うんだろうと言われた。意味がわからない
ーーあの日のエリック様の言葉の意味がわかったかも。どうやら変な噂が流れているらしい。私とシルヴァン様に横恋慕してるって。ふざけてる。だれがそんな噂流したんだろう。そんなわけないのに
ーーエリック様に噂の事は話した。噂は事実じゃない。嘘だって。浮気なんてしてないって。でもそうしたら鼻で笑われた。嘘つきの言うことは信用できないってさ
ーー嘘つきはあなたの方でしょう。ばーか
ーー元々モンフォール家に受け入れられていないと思っていたけど、噂のせいか、最近は特にひどい。メイドたちがあからさまな嫌がらせをしてくるようになった。ルネがいなかったら、私、ダメだったかも……
ーー今日親族会も散々だった。もう行きたくない
ーーエリック様は最近ずっとピリピリしてる。私の顔を見るだけで眉をひそめる。……コレット様とはあんなに嬉しそうに話すくせに
ーーコレット様がまた、私を心配するフリをしてお茶会に誘ってきた。いやだな。行きたくないな。でも行かないと、コレット様に後ろめたいことがあるから行かないのか、と責められる
ーーお茶会で水をかけられた。私の事、『阿婆擦れ』だってさ。もう、いやだ。だれも私の話を聞いてくれない
ーー水浸しの私を見たシルヴァン様が予備のドレスを貸してくれた。助かった。帰ったら洗濯しなきゃ。メイドに頼むとボロボロにされちゃうし……、ルネに頼むと心配かけちゃう
ーー夜、久しぶりにエリック様が私の部屋に来た。そしたらエリック様は、何て言ったと思う?「お茶会に行ったんじゃなかったのか。嘘をついたのか。まさか、兄さんと服を着替えるようなことをしてきたのか」だって。何よ、馬鹿みたい。呆れてもう、涙も出ない
ーーそんなに私の事が気に食わないならもう離婚してと言った。そうしたら彼、「俺と離婚して兄さんと再婚しようってことか?」って……。誰もそんなこと言ってないのに
ーーエリック様は私に罰を与えるように、怒りにまかせて私を抱いた。久しぶりの夫婦の夜は痛かった




