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この溺愛にはウラがある  作者: 七瀬菜々


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23/27

23:真相(5)

 魔法で人の記憶そのものに触れる行為は、膨大な魔力を要する。

 理論的には可能だが、実現は不可能。加えて倫理的には禁忌とされており、誰も踏み込まない領域だ。


「どうして、私の記憶から先輩を消そうとするの?」


 震える声で問うと、ルネはまるで当然のことを返した。


「エチカが言ったんでしょう?先輩に酷く傷つけられた日の夜。『先輩なんて好きにならなきゃよかった』って」

「……私が言ったから?だから禁止薬物まで持ち出して、自分が魔法を使えなくなるリスクを冒してまで禁術を……?……私のせいで?」

「別にエチカのせいじゃないわ。それを聞いて、あたしもその方がいいって思ったの。だから……ね?もう忘れてしまおうよ?」

「……ねえ、ルネは、今もそれが私のためになると本当に思ってるの?今の私は幸せよ。先輩を好きにならなきゃよかったなんて、思っていない」

「それは今のエチカの話でしょう?記憶が戻ったら、きっとまた先輩を恐ろしく思うはずよ」


 ルネは責めるように先輩へ視線を向けた。

 先輩はその視線を正面から受け止め、苦しげに眉を寄せる。

 反論したいのに、過去の自分の行動を思い出すと何も言えない――そんな表情だ。


「わからないじゃない。そんなことをしなくても、次は話し合えるかもしれない。ううん。今だったら絶対にそうできるわ」


 私は「そうですよね」と確かめるように先輩へ視線を向けた。

 先輩は驚いたように目を見開き、それから小さく、けれどはっきりと頷いた。

 そう、私たちはきっともう大丈夫。過去の記憶が戻ったとしても、平気。そう思えた。


「ねえ、ルネ。そもそも、本当に私のことを思ってくれているのなら、ルネがすべきだったのは私と先輩を引き離す事じゃなくて、私と先輩がちゃんと話し合えるように場を整える事だったんじゃないの?私からの手紙を受け取った時点で……、あるいは、コレット様の嫌がらせで気づいた段階で、私はルネに『先輩とちゃんと話し合った方が良い』って言って欲しかったな。そうしたらルネだってこんなことをせずに……」


 諭すように、そっと言葉を置いた。

 けれど、ルネは静かに首を振った。


「話し合ったって無駄だったよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって先輩は、エチカのことを大事にしてくれないもの。きっとエチカに我慢を強いていたに違いないわ」


 その断言は鋭く、冷たかった。

 ルネはまるで聞く耳を持たない。

 私と先輩の心を、最初から決めつけている。

 思い込みが加速するように先輩に精神干渉魔法をかけたのはルネなのに、まるでルネ自身もその魔法にかかっているみたいだ。


「…………そっか」

 

 どうしてこんなことになっているんだろう。諦めにも似た吐息が漏れ、体から力が抜けた。

 ルネはそれを、私が身を預けてくれたのだと勘違いしたらしい。後ろからぎゅっと、私を抱きしめた。


「大丈夫。何も怖くないわ。あたしが全部、終わらせてあげる」

 

 耳元で、吐息を触れさせるように囁くルネ。

 魔力が膨らみ、空気が重く沈む。皮膚がひりつき、視界の端が揺らぐ。


 ――ああ、ルネはもう止まらない


 私は息を吸い、覚悟を決めた。

 そして、喉元に当てられた刃へと自ら首を寄せ、一瞬だけ目を閉じ……、覚悟とともにその刃へ踏み込んだ。

 その瞬間、刃が皮膚を裂き、熱い痛みが走る。血が勢いよく噴き出した。


「エチカ、何してるの!?」

「エチカ!?」


 ルネが驚愕して腕を離す。バランスを崩した私はその場に倒れ込んだ。

 青い顔をした先輩は、急いで駆け寄ろうとする。その手にはすでに治癒魔法を展開し始めている。

 私は先輩の方を向き、首を横に振った。そしてすぐ、ルネを見上げて笑った。


「ねえ、ルネ。どうしよう。私、このままじゃ死んじゃうかも。血が止まらないわ」

「……な、何言って……」

「助けてよ、ルネ」


 外から見れば無謀な賭けに思えるだろう。

 けれどこの賭けの勝者はおそらく私だ。


「ルネ、お願い」


 私は首から手を離した。

 血はまだまだ止まりそうにない。私が手のひらにべったりと付いた血の赤を見せるとルネは顔を歪めた。

 

「この……馬鹿!!」


 そう叫ぶルネの顔が苦痛に歪んだ。

 ルネは私の予想通り、即座に展開しかけた魔法を破棄し、残った魔力のすべてを使って再度治癒魔法を展開した。

 柔らかな魔力が私を包み、裂けた皮膚がみるみる塞がっていく。

 魔女の秘薬を飲んでいるからか、ルネの治癒魔法はいつもよりも修復速度が速かった。


「……すごい」


 魔女の秘薬、改良したら有効活用できそうな気がする。

 私は血の付いていない方の手で首筋に触れたが、そこには傷跡一つなかった。


「ありがとう、ルネ。助かったわ」


 そう言ってルネに微笑むと、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「何考えてるのよ……!」


 漏れ出た叱責の声は、泣き出しそうなほど弱い。

 私は立ち上がり、そっとルネの手に触れた。その指先は少し震えていた。


「これで、もうルネは魔法が使えなくなってしまったね」

「……そうね」


 ルネは俯き、小さく頷いた。その顔はどこか幼く見えた。


「じゃあ、もう……ちゃんと目を見て話せる?」


 優しく問いかけると、ルネはゆっくりと顔を上げた。

 涙で濡れた瞳が、まっすぐ私を捉える。


「エチカ……」

「ルネ、どうしてこんな事をしたの?」

「……」

「私のことを思ってやったにしては、考え方が極端すぎると思うの」

「そう、かもね……」

「もしかして、ルネも誰かに操られていたんじゃない?私を助ける方法がこれしかないと思い込むように……」


 私のことを助けるだけならこんな、リスクだらけの方法を採る必要はない。こんな選択、優秀なルネらしくない。

 しかし、ルネも先輩と同じように精神干渉魔法をかけられていたと言われたら納得できる。

 

「ルネ、心当たりない?」


 私はルネの手をぎゅっと握った。

 けれど、ルネはその手をそっと離した。

 そして、フッとどこか諦めたように笑った。


「違うよ、エチカ。あたしは私の意思でこうしたんだよ」

「ど、どうして……?」

「欲が出たんだと思う。諦めていたはずなのに、遠くから幸せな姿を見られたらそれで良かったはずなのに、手に入るかもしれないという考えが頭に浮かんでしまったら……、もう止められなかった」


 ルネは小さく「ごめんね」と呟いた。

 私にはルネの言うことの意味がわからなかったけれど、先輩とシルヴァン様はなんとなく察したようで、悲痛な表情を浮かべていた。


「シルヴァン様、お願いします」


 ルネは自らシルヴァン様に両手首を差し出した。

 ここに来る前にすでに衛兵を呼んでいたのだろう。シルヴァン様は静かに手をあげ、待機させていた衛兵を呼ぶ。

 衛兵はルネを取り囲み、彼女の手首に枷をつけた。

 金属の冷たい音が、やけに大きく響く。その瞬間だけ、時が止まったみたいに世界が静かになった。

 

「ルネ」


 柔らかい声が広い回廊に落ちる。

 シルヴァン様が一歩前に出て、静かに告げた。


「少し、同行をお願いできるかな?」


 その声音はとても穏やかだった。

 ルネは一瞬だけ私を見て、ニコッと微笑んだ。

 そして何も言わずにシルヴァン様に向き直り、こくりと頷いた。

 やがて、衛兵たちがルネを連れて歩き出す。寂しそうな彼女の背中が遠ざかっていく。

 

「ルネ……」


 私はか細い声でルネを呼んだ。ルネは扉の前でもう一度だけ振り返り、


「エチカ、大好きよ」


 それだけ告げて、去って行った。


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