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この溺愛にはウラがある  作者: 七瀬菜々


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20/23

20:真相(2)

「…………でもね、申し訳ないけど、エリックの推理は外れていると思うんだ」


 その言葉に、先輩は眉を寄せた。

 部屋の空気が、わずかに張りつめる。


「精神干渉魔法にコレットは関係ないよ」

「……兄さん。状況的にはコレットが一番怪しいです。動機も十分にある」

「そうだね。動機はあるだろうね。状況的にもコレットがやったと言われたら納得できるだろう。……だけど、不可能なんだ」

「どういうことですか?」

「コレットには、他人の感情を操るような高度な精神干渉魔法なんて使えないんだよ」

「なっ……!そんなはずありません!確かに精神干渉魔法は高い魔力制御技術が必要ですが、コレットは成績優秀者でした!だから生徒会長にまでなったんじゃないですか!」

「それは…………、違うんだよ」

「違う……?何が違うんですか?」


 先輩はシルヴァン様を問い詰めるように身を乗り出した。

 その真剣さに押されるように、シルヴァン様は言いづらそうに視線を逸らす。

 一瞬だけ沈黙が落ち、彼は深く息を吸った。


「…………コレットが生徒会長になれたのは、実家が裏で手を回したからだ」

「……え?」

「コレットは、確かに勉強は出来た。だけど、実技の方は苦手でね。コレットの実技の成績は、彼女の実家が教師を買収したから良かっただけなんだよ」

「崇高な王立魔法学園で、そんなことあり得ないって言いたいんだろう?わかるよ。でも事実だ。……エリックは、コレットの実技の成績表を見たことはないかな?彼女の成績表は平均で見れば高かったが、ハイネ先生などの買収されなかった教師からの評価は結構低かったんだよ」


 淡々とした説明。だが、それが逆にこの話が真実なのだと思わせてくる。

 先輩は奥のベッドの方を振り返り、眠るコレット様に視線を向けた。予想だにしない事実を突きつけられ、動揺で瞳が揺れる。


「魔法が使えないわけじゃない。だけど実技が特に苦手なコレットに、高度な魔力制御が必要な精神干渉魔法は使えない。信じられないのなら、彼女が起きたときにでも確かめてみるといい」


 そこでふと、私は思い出した。

 そういえば先輩が尋問しようとしたとき、コレット様は魔法で対抗しようとはしなかった。

 動揺して妨害魔法を使うという思考に至らなかったのかと思っていたが、そもそも魔法が不得手なのであれば、その反応にも説明がつく。

 

「……兄さん、そのことはいつから知っていたんですか?」

「婚約した頃だよ。所用で学園に顔を出すことがあって、その時にね」


 学園を訪れたシルヴァン様はそこで教師たちから向けられる視線に違和感を覚えたのだという。

 そのときの光景が、今も彼の中に生々しく残っているのだろう。語り口にわずかな苦味が滲む。


「コレットといると、わかりやすいごますりをしてくる人と、逆にハイネ先生のように軽蔑の視線を向けてくる人がいてね。あまりに反応が極端だから、妙に気になって、それで調べてしまったんだ」

「どうして……それを言わなかったんですか?」

「言ってしまったら、コレットとの婚約の話は白紙に戻されてしまうじゃないか。……僕はね、好きだったんだよ。彼女のことがどうしようもなく。だから……、彼女が僕ではなく、次期公爵夫人という肩書きにしか興味がないことも、本当は知っていたけれど、知らないふりをして結婚した。いつかは僕のことを見てくれると信じて。……だけど、なかなか思うようにはいかないね」

「兄さん……」


 シルヴァン様は、眠るコレット様を寂しげに見つめた。その表情からは諦めと、それでも捨てきれない想いが読み取れた。

 私と先輩は何も言えず、ただ静かに目を伏せた。シルヴァン様の痛みを考えると、軽々しく言葉を挟むことができなかったのだ。


 しばしの沈黙のあと、シルヴァン様は小さく息を吐き、ぱん、と軽く手を叩いた。

 その音は大きくはないのに、沈んでいた空気を切り替えるには十分だった。シルヴァン様はわざと明るい調子を作るように、姿勢を正す。


「……まあ、僕の話は置いておこう。重要なのはそこじゃないからね。それよりもエリック、ちょっとこれを見てくれないか?」


 シルヴァン様はソファの後ろの本棚から、とある資料の束を差し出した。

 先輩はそれを受け取り、首をかしげる。


「これは?」

「エチカの転落事故に関する調査報告だ」

「……え?」

「つい昨日、父上から渡されたんだ。エリックに渡しておけって言われてね。どうやら父上は、事故後の現場を見て、何かおかしいと思っていたらしい。王宮の魔法師団に調査協力を要請して独自に調べていたそうだ」

「父上が?あの?」

「信じられない?」

「ええ」

「まあ、そうだよね。いつも仏頂面だし。でもあの人、ああ見えて、エチカの事はちゃんと認めてるよ。じゃなきゃ結婚の許可なんて下りてないよ」


 もちろん、実家の家業に利用価値があると思っただけかも知れない。だが、お義父様はちゃんと私をモンフォール家の一員として受け入れてくれていたらしい。

 先輩は信じられない、という顔をしていたが、私はシルヴァン様の話を聞いて納得した。


「話、続けていいかな?」

「お願いします」

「それでね、父上はエチカの転落事故に違和感を覚えたそうだ」

「違和感、ですか?」

「そう。だってエチカは魔法が使えるだろう?それも、魔法発動速度だけで言えば、普通の人よりもはるかに速い。だったら転落したとき、咄嗟に魔法で体を浮かせるなりすれば良かったんだ」

「それは、エチカが酔っていて判断力が鈍っていたとか……」

「それなんだけど、その日エチカはおそらく酒を飲んでいない。少なくとも、調査ではエチカに直接酒を渡した給仕はいなかったそうだ」

 

 他の人から受け取った可能性もあるかもしれないけど……と、シルヴァン様はちらりと私を見る。

 だが、そんな目で見られても、私は覚えていない。私は先輩を見上げた。


「私ってお酒弱かったんですか?」

「いや、どちらかというと強い方だが」

「じゃあ、酔って転落するとなると、結構飲んでいたということになりますね。でも、残念ながら私にお酒を渡してくれる人なんて、社交界にはいませんよ。多分」


 事実だが、自分で言っていて悲しくなる。


「でも、じゃあエチカはどうして転落した?」

「それなんだけど、ここを見てくれ」


 シルヴァン様は書類をめくった。紙の擦れる音が、静まり返った部屋に響く。


「テラスに妨害魔法と、もう一つ別の魔法が使われた形跡があったんだ。魔力の痕跡から、妨害魔法の方はエチカのもので確定している」

「………それって」

「そう、つまりエチカは何者かに襲われて転落した可能性があるということだ」

「……っ!?」


 先輩は激しく動揺した。その肩がわずかに震え、息が乱れるのがわかる。

 そしてそれは私も同じだった。背筋に冷たいものが走り、指先がじんと痺れる。


「どんな魔法が使われたのかは不明だ。解析ができなかったらしい。ただ、魔女の秘薬が使われたのではという話が出ている」

「魔女の秘薬?」

「うん。聞いたことないかな?この国では禁止薬物に指定されている物なんだけど、使用すれば一時的に魔力に底がなくなるんだ。だから、どんな魔法でも魔力消費を気にせずに使えるようになる。それこそ、消費量が多すぎて実現不可能とされていた禁忌の魔法もね」

「だけど、それって魔力の前借りにすぎないって。一度使用すれば、その後魔法は使えなくなるっていう危険な代物では?」

「そうだよ。だからつまり、犯人は余程の覚悟を持ってエチカを襲ったということだ」


 急に体が震えだす。誰かに命を狙われたという事実が、遅れて心に突き刺さった。

 頭は冷静なつもりなのに、体は本能的に怯えているようだ。 


「一応、新年会当日の出席者と魔力痕を照合したが、一致しなかったらしい。今、父上は国外からの出席者との照合を行っているところだそうだ。だが、僕はおそらく結果は全員白だと思っている。国外の出席者にはエチカとの接点がない」

「ということは……当日、何者かが警備の穴を掻い潜り、屋敷内に侵入した可能性があるということでしょうか?」


 シルヴァン様は先輩の質問には答えない。

 かわりに、気まずそうにもう一つ、別の書類を出した。


「…………そしてもう一つ。実は……以前僕は、エチカと僕の噂話についても調べていたんだ。そしたら……」


 少し、間が開く。

 シルヴァン様は苦い顔をして、()()見た。

 その視線は、告げる前から答えを知っている人のものだった。


「噂の出所は……モンフォール公爵家の別邸だった」

 

 ああ、嫌だな。すごく、嫌な予感がする。


「エリックの精神干渉魔法の件と、エチカの転落事故の件、二つを無理やり関連づけるとしよう」


 心臓の鼓動が早鐘を打つように激しく鳴る。額に汗が滲む。

 世界の音が遠のき、シルヴァン様の声だけがやけに鮮明に響いた。


 

 犯人は新年会の出席者ではない。

 犯人は魔法、それも高度な魔力制御技術を必要とする精神干渉魔法が使える。

 犯人はモンフォール公爵家の別邸と繋がりがある。

 犯人は……エリックの信頼を得ている。





 複数の円が重なる、その場所にいるのは――





 

 ――ルネ・ド・ゴーシェ



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