19:真相(1)
部屋に入ると、シルヴァン様は迷いのない足取りで奥のベッドへ向かい、コレット様をそっと寝かせた。
その横顔には、先ほどまでの混乱の名残と、言葉にしがたい影が落ちている。
彼は一瞬だけ、コレット様の前髪にそっと触れ、薄らと悲しげな笑みを浮かべた。
そして、何も言わずに私たちへ向き直った。
「座ってくれるかい」
促され、私たちはソファに腰を下ろす。シルヴァン様は少し距離を置くように向かいの椅子へ座った。
「さて、エリック。さっきの話の続きをしようか」
「あの、さっきの話って何ですか?」
「ああ。エチカたちがお茶会をしている間にね、エリックに聞いたんだ。コレットがエリックに精神干渉魔法をかけたかもしれないって話を」
なんだ。もう話していたのか。私は思わず先輩を見上げる。
「コレットを問い詰めるにしても、兄さんには話しておいた方が良いと思って」
「はい。大丈夫です。わかっていますよ」
コレット様を追求するなら、シルヴァン様にも迷惑がかかるかもしれないから。
私たちは互いに、意志を確認するようにうなずき合った。
その様子を見ていたシルヴァン様は安堵したように、ほんのわずかに目元を緩めた。
「また、そうやって二人が並んでいる姿が見られて嬉しいよ。本当に」
その声音には優しさとともに、どこか羨望のような感情が滲んでいた。
「でも……そうだね。確かに、エリックの言うことは筋が通っていると思うよ。実は僕もエリックの様子がおかしいとは感じていたんだ」
「そうなんですか?」
「うん。……そういえば、エチカは今、記憶が無いんだったよね」
「は、はい……」
「じゃあ、僕と君の良くない噂が流れていたことは知らないかな?」
「いえ、そのことは私が日記に記していたので知っています」
「そうか。実はね、その時期に僕はエリックに言ったんだ。エチカとの噂は誤解だって」
シルヴァン様はそう言って先輩の方を見る。
だが、先輩は驚いたように目を見開いていた。
「エリックは覚えていないかな?」
「……はい。すみません」
「そうか。まあ、そうだよね。もし魔法によって感情を左右されていたのなら、仕方がないよ」
「シルヴァン様は先輩になんて言ったんですか?」
「エチカと僕の関係を面白おかしく噂している人がいるみたいだけど、ただの噂だよって。エチカは元々、人と壁を作らない人だったから、だから僕も話しやすかっただけだって言ったんだ。そもそも、エチカとは親族会でたまに顔を合わせるくらいしか接点がないしね。親密な関係になれるわけがないんだ。……でもエリックは信じてくれなかった」
記憶にない先輩は、胸の奥を探るように視線を落とした。
その沈黙からは、思い出せないことへの戸惑いが感じられた。
「それにしても、精神干渉魔法って怖いね。僕はあまり詳しくないんだけど……。エチカ、エリックは一体どんな魔法をかけられたんだろう?」
「先輩の場合はおそらく、思い込みが加速するようにかけられています。ふと浮かんだ疑念が真実であると思い込むように……」
「なるほど」
「とても巧妙な魔法のかけ方です。魔法自体は強いものではないので、本人が違和感に気づけばすぐに解けてしまう程度ですが……。逆に言えば、だからこそ本人や周りに違和感を与えない程度に、自然に先輩の心をコントロールできたんだと思います」
私はベッドで眠るコレット様に視線を向けた。
生徒会長を務めていたくらいだし、きっと成績は良かったのだろう。
この繊細で精密な魔法のかけ方からして、実技面でもかなり優秀だったとみえる。
研究室はハイネ先生のところだったのだろうか。
「……エチカ」
「はい!」
シルヴァン様に呼ばれ、私は慌てて彼の方へ向き直る。すると、シルヴァン様は深々と頭を下げていた。
「え……!?な、何を!?」
「今まで、辛い思いをさせてしまって申し訳なかった」
「や、やめてください! 別にシルヴァン様が悪いわけでは……!」
「いいや、僕も悪かったんだよ。妻の嫌がらせに気づけなかったんだから……」
シルヴァン様の声は、悔恨を押し殺すように低く震えていた。
彼はずっと、コレット様が私のことを気にかけているのだと思っていたらしい。私の事を妹のように可愛がって、だから頻繁にお茶会に誘っていたのだと、本気でそう信じていたのだ。
そして、それは先輩も同じだったらしく、彼は気まずそうに眉を寄せた。
「コレットは確かにエチカに嫌がらせをしていた。その件は認めるよ。謝罪の他に、賠償も必要なら応じよう。コレットにも、彼女が目覚めたら、きちんと罪を認めさせて謝罪させる」
「シルヴァン様?」
深々と頭を下げるシルヴァン様。その姿からは、確かに誠意が伝わってきた。
けれど、なぜだろう。胸がざわつく。言葉の端々に、どこか線引きのようなものを感じる。
まるで、コレット様の行為を認めながらも、どこか別の前提を抱えているような……そんな違和感。
先輩も同じものを感じたのか、わずかに姿勢を正した。
シルヴァン様はゆっくりと顔を上げ、私たちをまっすぐに見据える。
その瞳には、先ほどまでの謝罪の色とは違う、静かな確信が宿っていた
「…………でもね、申し訳ないけど、エリックの推理は外れていると思うんだ」




