18:地獄のお茶会(4)
ーー皆様、本日はお越し頂いて嬉しく思いますわ。どうぞ、心ゆくまでたのしんでいってくださいませ
魔石から、声がした。
ノイズ混じりではあるが、それは紛れもなくコレット様の声だった。
彼女は大きく目を見開き、まるで自分の心臓を掴まれたかのように息を呑む。
シルヴァン様も驚いて目を見張り、先輩へ視線を向けた。
「エリック、これは……?」
「まだ試験段階の録媒体です。魔石に術式を刻み、あらかじめ魔力を充填しておくことで、魔力が無くなるまでの時間だけ、音声が記録できるんです。もっとも、まだまだ貯めておける魔力量は少ないですし、実用化にはほど遠いのですが……」
先輩は淡々と説明する。
その冷静さが、逆に場の緊張を際立たせた。
シルヴァン様は困惑した表情を浮かべ、コレット様と魔石を交互に見つめる。
「ちなみに、この魔石は俺のイヤーカフについている魔石と繋がっています」
先輩はそう言って、髪を耳にかけた。
イヤーカフの装飾の奥には確かに同じ種類の魔石が埋め込まれているのが見える。
「さっきは急に話を切り上げてすみません。どうもエチカとコレットの会話が不穏なものになってきたようでしたので」
「それで、急に温室に行こうと言い出したのか……」
「はい。まあ、結局間に合いませんでしたけど」
先輩は苦笑しながら魔石を指先で軽くいじる。
ーーやはり新しい商家は流行に敏感でいらして……とても個性的ですわね
ーー本当に、エチカ様にはお似合いですわ
オリビア様とスカーレット様の声が流れ、二人は気まずそうに目を逸らした。
一方でリーリア様は状況がまだつかめていないのか、困惑の表情を浮かべている。
「もっと先か……」
先輩は淡々と音声を飛ばしていく。
ーーエチカ、体調はどう?
「エリック……や、やめ……!」
コレット様は再生をやめさせようと、先輩に手を伸ばした。だが、先輩はその手を軽く振り払う。
その瞬間、コレット様の顔から血の気が引いた。
そして
ーー随分と頭の中がお花畑なのね。気に触ることをしたかって? あなた、存在自体が気に食わないのよ。昔からエリックの周りをウロチョロして! 何様なの!?
温室に、コレット様の叫び声が生々しく響いた。
コレット様は顔を真っ赤にし、唇を震わせる。
「エリック……やめて、お願いよ……」
「違うな……」
ーーエリックはね、ずっと私のことが好きだったのよ。そしてそれは、これから先も変わらないはずだったの。それなのに、あなたが現れてから、全部狂ってしまった!
「この辺りか」
ーーエリックは公爵にはなれないんだから、選ぶわけないじゃない
魔石から流れたその言葉に、コレット様はわなわなと震えた。その震えは怒りか羞恥か、それとも恐怖か。
対照的に、シルヴァン様はどこか悲しげに笑った。まるで、すべてを諦めたように。
ーーわからないなら教えてあげるわ。エリックが誰のものなのかを
ーー……え?
ーーコレット様、何を
ーーきゃああ!!
ーーコレット様!?
水が滴る音、オリビア様たちの騒ぐ声。
温室で起きた出来事が、そのまま魔石から再生される。温室の中に微かなざわめきが走った。
先輩はそこで音声を止め、静かにコレット様へ視線を向けた。
「映像があるわけではないから、証拠としては弱いかも知れないけれど……、君の言っていた話とは随分違うようだ」
「……ッ!」
コレット様の肩がびくりと跳ねる。何か言い訳を探しているようだが、上手く見つからないらしい。彼女はさらに強く唇を噛む。
「あと、そもそもさ……」
先輩は乾いた笑みを浮かべ、シルヴァン様にコレット様から離れるよう軽く手で促す。
シルヴァン様が戸惑いながらも一歩下がると、先輩はテーブルからティーカップを一つ取った。
そして、
何のためらいもなく、真正面からコレット様にカップの中身をかけた。
「きゃあ!!あ、あつい!!」
「……エリック!何を!」
シルヴァン様が慌ててコレット様を抱き寄せ、袖で紅茶を拭う。
コレット様はしゃがみ込み、顔を拭いながら、熱い熱いと騒いだ。
「どうした?さっきは熱いと騒いでいなかったじゃないか。まさか、エチカの前に置いていた紅茶はわざとぬるくしていたのか?初めから、こうして紅茶を被って、エチカを陥れる為に?」
先輩の声は静かだった。
けれど、その静けさの奥に潜む怒りは、温室の空気をひりつかせるほど鋭かった。
先輩は膝をつき、コレット様に治癒魔法をかける。淡い光が彼女の頬を包み、赤みはすぐに引いていった。きっと痛みも消えたのだろう。コレット様はその場にぺたりと座り込み、怯えた目で先輩を見上げた。
「酷いわ、エリック!どうしてこんなことをするの……!?」
「それ、聞きたいのはこっちなんだけど。どうしてエチカに嫌がらせをするんだ」
「そんなこと、していないわ!私は何もしていない!エチカが私に酷いことをしたの!エチカは私とあなたの仲が良いのが気に食わないのよ!だからこんなことをするの!あなたは騙されているのよ、エリック!」
必死の叫び。
だがその声は、先ほどまでの余裕を失い、どこか上ずっていた。
「はぁ……、まだ認めてくれないのか?だったら、最終手段を使うしかなくなるんだが」
先輩は深き息を吐き、また指先に魔力を纏わせ、静かに術式を編み始めた。
「せ、先輩!それは……!」
私は叫んだ。
それは尋問でよく使われる自白を促す魔法。精神が崩壊する危険があるため、本来なら禁忌に近い魔法だ。
(それは流石にまずい……!)
私は咄嗟に妨害魔法を展開し、先輩の術式へ向けて放つ。
展開途中だった先輩の魔法は、ガラスが割れるように、パリンと音を立ててはじけた。
先輩は私の方を振り返り、不満そうに眉を寄せた。
「邪魔をしないでくれ、エチカ」
「……先輩、もう良いです。そこまでする必要はありません」
「でも、それでは君の名誉は守られない」
「別に守らなくて良いです。もともと、守って貰うほどの名誉もありませんし」
すでに社交界での私の評判など地に落ちたも同然の状況。自分で言って悲しくなるが、それが事実だ。
今更、ここで無実を証明したところで、何も変わらない。
「先輩が私はやってないって信じてくれるなら、それでいいです。それよりも、私たちは確かめなければならないことがあるはずです」
「コレットが俺に精神干渉魔法をかけたかどうか、だろう?だったら、尚のこと自白させるべきだ。このお茶の件すら認めない奴が、精神干渉魔法のことを認めるわけがない」
「……そ、それはそうかもしれないですけど!!」
「大丈夫だ。廃人になる確率は五分五分。運が良ければ、平気だ。そしてコレットのような神経が図太い女ほど、案外、ケロッとしているものだよ」
先輩は無機質な視線でコレット様を見下ろした。
その冷たさに、コレット様は青ざめ、自分の肩を抱いて震えた。
温室の空気が張りつめ、誰もが息を呑む。
その緊張を断ち切ったのは、シルヴァン様だった。
「エリック、やめてくれ」
シルヴァン様が先輩の手にそっと触れ、首を横に振る。その表情は悲痛なものだった。
「……精神干渉魔法とは、さっき話していたことだな?」
「ええ、そうです」
「わかった。その件に関して、ちゃんと話をしよう。僕も君たちに話したいことがある。……だが、場所を変えても良いか?流石に……これ以上妻の醜態をさらしたくはない」
シルヴァン様は呆然と立ち尽くしたままの令嬢たちに視線を向けた。
そして、ルネに言う。
「ルネ。悪いんだけど、皆様をお見送りしてくれないか?」
「私が、ですか?」
「ああ、ほかのメイドたちは呆然としていて使い物にならないし、頼むよ」
シルヴァン様は申し訳なさそうに眉を下げた。
ルネは少し迷ったが、渋々受け入れ、令嬢たちをエントランスへと案内した。
「コレット、立って」
「違う。私は悪くない」
「コレット、頼むから」
「シルヴァン!どうしてあなたは庇ってくれないの!?」
「……コレット」
「どうして私がこんなことをされなきゃいけないのよ!シルヴァン!あなたの妻が、次期公爵夫人が、あなたの弟にこんな風に侮辱されているのよ!?どうにかしてよ……!」
叫ぶコレット様に対し、シルヴァン様は短く目を伏せ、小さく息を吐いた。
そして申し訳なさそうに、先輩に視線を送る。
「エリック、ごめん。コレットを眠らせてくれないか?」
先輩は頷き、コレット様の目元へ手を当て、以前私にかけたものと同じ眠りの魔法が静かに発動した。
その瞬間、コレット様の身体から力が抜けた。
シルヴァン様は彼女の身体を抱き上げ、私たちへ振り返る。
「僕の部屋でもいいかな?」
「……はい」
「大丈夫です」
先輩と私は頷いた。
シルヴァン様は「ありがとう」とつぶやくと、静かに歩き出す。
私たちはその背中を追い、温室を後にした。
さっきまで花の香りで満ちていた空間は、ひどく冷たく静まり返っていた。




