15:地獄のお茶会(1)
コレット様との接触の機会をうかがっていたところ、ちょうどよいタイミングでお茶会の招待状が届いた。
私は心配する先輩をなんとか説得し、そのお茶会に参加することに決めた。
そして迎えた当日。
雲ひとつない空に、春の気配を含んだやわらかな風が頬を撫でる午後。私と先輩、それからルネは馬車に乗り込み、本邸へと向かった。
私たちの住む別邸からは徒歩十五分ほどの距離なのに、わざわざ馬車で移動するあたり、さすがは公爵家の格式というべきか。庶民の私にはわからない感覚だ。
「そういえば、コレット様って結局どんな人なんですか?記憶が無いから、よくわからないんですよね。日記の内容だけじゃ、ちょっと意地悪な人なのかなって印象しかなくて……」
馬車が石畳を軽やかに進む中、私はふと思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば魔法使えるんでしたよね?学校はどちらに通っていらしたんですか?」
私がそう言うと、先輩もルネも、同時に怪訝な顔をした。
「…………え?」
「ん?」
「それ、本気で言ってる?」
「…………え?」
呆れたようにルネがため息をつき、先輩が続ける。
「エチカ。コレットは同じ学校だったぞ」
「………………へ?」
「あたしたちが一年のときの生徒会長よ」
「………………え」
「……まさか知らなかったのか?」
「嘘でしょ……」
二人して呆れた声を出す。
その視線が同時にこちらへ向けられ、私は思わず背筋を伸ばした。
まるで授業中にハイネ先生に指名された時みたいな気分だ。
「だ、だって……先輩以外に興味なかったから……」
慌てて言い訳を口にしてみたが、自分でもわかるほどに苦しい言い訳だ。
だが、決して嘘ではない。
入学式の魔法のデモンストレーションで先輩の魔法を見た瞬間から、私の視界には先輩しか映らなかった。クラスメイト以外で顔を覚えているのは、研究室が同じだった先輩の友人くらいだ。
(……そう思うと、私ってなんだかすごく残念なやつだな)
恥ずかしさが込み上げ、視線の置き場に困った私は、窓の外へ逃がした。
すると、先輩が耐えきれないとでも言うように、ぷっと吹き出した。
「君は本当に……なんというか……」
「な、なんですか!私のことを馬鹿だとでも言いたいんですか!?そうですよ!どうせ馬鹿ですよ!」
「誰もそんなこと言ってないじゃないか」
「でも、覚えてなくてもしかたなくないですか!?だって生徒会長と私が接点あるわけないし!」
「接点ならあったわよ。一度だけだけど」
「…………へ?」
「先輩への告白があまりにしつこくて有名になったあんたに、コレット様が一度注意しにきたわ。『好きな人に思いを伝えるのは構わないけれど、ここは学びの場所。時と場所を考えなさい』だからあんたは、途中から先輩を校舎裏に呼び出すようになったんじゃない」
「……そうだったっけ?」
淡々と告げるルネに私は首をかしげた。
誰かに怒られたことは覚えているが、誰に怒られたかは覚えていない。
そう言うと、ルネはやれやれと肩をすくめた。
「……ははっ。流石エチカだな。可愛い」
「どうせ、小動物的な意味でしょ!騙されませんから!」
「まさか。もっと性的な意味だよ」
「せ……っ!?」
「嘘だよ」
「嘘!?」
先輩に揶揄われてクツクツと笑われ、私はキーッと怒る。
私たちを見て、ルネは無言で窓を開けた。
冷たい風が流れ込み、まるで「はいはい、落ち着け」と言われているようだった。
* * *
馬車がゆっくりと減速し、やがて本邸の前で止まった。扉が開くと、目の前には別邸とは比べものにならないほど広い庭園と、重厚な石造りの建物が視界に広がった。
私と先輩は馬車を降り、モンフォール公爵家本邸の石畳を踏みしめる。足元から伝わる硬さに、自然と背筋が伸びた。
「いらっしゃい。エリック、エチカ」
屋敷の中に入ると、出迎えてくれたのはシルヴァン様だった。
青みがかった黒髪を短く整えた姿は、学生時代の先輩を思わせる。めがねの奥の瞳は、先輩よりも淡い青色をしていた。
「久しぶりだね、エリック。元気だった?」
「ええ。兄さんこそ、元気そうで何よりです」
「エチカも、元気になったみたいで良かったよ」
「はい、おかげさまで。その節はご心配をおかけいたしました」
先輩と私は上着を侍従に預け、シルヴァン様と軽く言葉を交わす。
シルヴァン様はずっと穏やかな笑みを浮かべているが、その視線はどこか探るように私へ向けられていたのがわかった。
「あの……何か?」
私は思いきって尋ねた。すると、シルヴァン様は言いづらそうに呟いた。
「いや、二人で来たんだと思ってね……」
どこか含みのある言い方だ。先輩はその言葉にわずかに眉をひそめた。そして私の腰へ自然な動作で手を回し、そっと抱き寄せた。
「俺も本邸に顔を出すと連絡したはずですが、聞いていませんか?兄さんに話したいことがあるから、と伝えたと思っていましたが……」
「あ、いや。聞いていたよ。聞いていたけど……、まさか二人一緒に来るとは思わなかったから」
――なるほど
シルヴァン様は、私たちが不仲だと知っているから、別々に来ると思っていたのか。
「エチカは病み上がりですから心配で。付いてきてしましました」
「そっか。そうだよね。心配だよね……」
「……何か、二人できてまずいことでもありましたか?」
「ま、まさか!ただ……、随分と仲が良さそうだから」
シルヴァン様は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
その瞬間、先輩の腕がほんのわずかに私の腰を引き寄せるように動いた。気のせいかと思うほどの小さな変化だった。
けれどその直後、先輩は私の額にふわりと唇を落とした。
そして、まるで見せつけるようにシルヴァン様へ視線を向ける。
「兄さんには色々と心配をおかけしました。でも、俺たちはこの通り、もう大丈夫です」
「そ、そうか……」
シルヴァン様は動揺したように視線を逸らす。
(な、なに……?どうしてこんなことするの!?)
距離が近すぎて、先輩の鼓動が耳に届く。意図がつかめない私は、彼の腕の中でじっと見上げた。
すると先輩は私を見下ろし、ニヤリと口角を上げる。
「ん?どうした?顔が赤いぞ、エチカ」
「赤くしているつもりはありませんが!?」
そう咄嗟に否定したものの、こういうときに平然とした顔を保てるほど私は器用ではない。先輩はそんなこと、わかっているはずなのに、どうしてわざわざ口に出すんだ。やめて欲しい。
ああ、シルヴァン様もそんな生暖かい目で見ないで。恥ずかしい。
「……まあ、仲が良いのは良いことだね」
シルヴァン様はそう言ってニコッと笑った。
表情は穏やかなのに、声色はどこか冷たい。
「それより、兄さん。コレットはどこに?」
「ああ、もうすぐ来ると……、あ、来たみたいだ」
シルヴァン様は、私たちの背後――本邸の広いホールへと続く回廊の方へ視線を向けた。
その視線を追うように振り返ると、柔らかな光を受けて金の髪がふわりと揺れた。
磨き上げられた大理石の床を、軽やかな足取りで歩いてくる一人の女性。
美しい金の髪と、澄んだ湖のような青い瞳。整った顔立ちに、上品な微笑み。まるで絵画の中の人物がそのまま歩き出したような、完璧な美しさに私は息を呑んだ。
「出迎えに間に合わなくてごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。久しぶりだね。コレット」
コレット様は、迷いのない足取りで真っ先に先輩へと駆け寄った。
そして先輩の手首を、つまむように軽く指先で触れた。
その仕草はどこか甘えるようで、胸の奥に小さな波紋が広がる。
ちょっと、距離が近いのではないだろうか。
「エリックこそ、久しぶりね。この間の親族会は欠席だったでしょう?だから心配していたのよ?」
「この前はまだエチカも目覚めたばかりだったから」
「あ……、そうよね。エチカも、久しぶり」
ようやく、コレット様の視線が私へ向けられた。
その視線が妙に冷たく感じ、私は思わず肩を震わせる。
すると、コレット様はゆっくりと歩み寄り、私の手をそっと取った。
「元気になったみたいでよかったわ」
柔らかな声に反して、その手は思いのほか強く握り込まれた。
次の瞬間――指先に、針の先でつつかれたような鋭い痛みが走った。
「っ……!」
私は反射的に手を払ってしまった。
「きゃっ……!」
コレット様が小さく悲鳴を上げ、よろけた。
「コレット、大丈夫か?」
「エチカ……?」
シルヴァン様がコレット様の腕を支え、先輩は怪訝な顔で私を見つめる。
私は動揺し、自分の手のひらを見た。そこには、細い線のような小さな傷ができていた。
「ご、ごめんなさい。手を怪我していたみたいです。握ったときに痛かったから、少しびっくりして……」
戸惑いながらコレット様を見ると、彼女は一瞬だけ睨むように目を細めた。
だがすぐに、完璧な微笑みが戻った。
「大丈夫よ。私こそ、強く握りすぎたかしら。ごめんなさいね」
「エチカ、手を見せて」
先輩は慌てて私の手を取った。手のひらに浮かんだわずかな血を見て、眉をひそめる。
「あ、大丈夫ですよ。どこかで棘がささったのかも」
「気をつけてくれよ」
そう言うと、先輩は私の手のひらにそっと口づけた。その瞬間、青白い光が花びらのようにふわりと広がり、傷は一瞬で消えた。
「別に治癒魔法を使うほどの怪我では……。魔力の無駄遣いですよ」
それに――確かにそのやり方でも魔法は発動できるけれど、手のひらに口づけは恥ずかしいのでやめてほしい。
私は自分の手をさすりながら、先輩から距離を取った。
すると、先輩はそんな私の反応を見て、嬉しそうに笑った。
コレット様とシルヴァン様はそんな私の様子を、信じられないものを見るような目で見ていた。
「…………えーっと、コレット。とりあえずエチカを案内したら?」
その声に、コレット様はわずかに肩を揺らし、微笑みを浮かべ直した。
「そ、そうね。こちらへどうぞ、エチカ」
私は促されるまま、本日のお茶会会場である温室へ続く小道へと歩き出す。背後からルネが無言でついてくる気配がした。
ふと振り返ると、シルヴァン様が先輩の腕を軽く掴み、真剣な表情で何かを告げていた。
「エリック。……少し話がある」
その声音には、先ほどまでの柔らかさが微塵もない。先輩もただならぬ気配を察したのか、黙って頷き、シルヴァン様の後に続いた。




