14:記憶の照合(4)
「なぜコレット?」
「先輩こそ、どうしてお義父さま?」
「いや、だって父上は俺たちの結婚に反対していたから」
「でも、お義父さまならわざわざこんな面倒な事をしなくても私を追い出すのは簡単じゃないですか?」
モンフォール公爵家の当主であるお義父様なら、少しでも私に瑕疵があると判断した瞬間、それを理由に離縁させることができるはずだ。家の名誉を守るという名目があれば、誰も逆らえない。
つまり、本気で私を追い出したいのなら、こんな回りくどい手段を取る必要はどこにもないのだ。
精神干渉魔法のような、発覚すれば重罪に問われる危険な方法を選ぶ理由がない。
「むしろ、無理矢理別れさせようとして来ない辺り、お義父様は意外と私たちのことを認めて下さっているのではないかと思いますけど……」
「認めてるって事は無いと思うけど……、確かに言われてみればそうだな。だが、だったらコレットにも動機なんてないんじゃないか?彼女は俺と君との関係を心配してくれていたぞ?君のことをよく気にかけていたし、だから頻繁にお茶会にも誘ってくれていたんだ」
「…………へ?」
「…………え?」
会話が噛み合わない。いや、そもそも前提が違っている。
そこで私はようやく気がついた。
「……先輩って私の日記を読んでいないんでしたっけ?」
「お、おう」
「日記、今どこにありますか?」
「机の引き出しにしまってある」
「だったら、今、読んでみてください。それでわかると思います」
私は淡々と、先輩に伝えた。
先輩はわかったと小さく頷くと、机に隠していた日記を取り出し、その場でページをめくり始めた。
「……なんだよ、これ」
読み進めるにつれ、彼の顔色がみるみる青ざめていく。
手が震え、紙をめくる音が時々、不自然に途切れた。
「…………コレットは君に嫌がらせをしていたのか?」
「はい、そうみたいです」
「どうして……?」
「さあ?そこまではわかりません。今の私はコレット様の事を日記でしか知りませんから」
「そ、それもそうか」
先輩は日記を閉じ、深く息を吐いた。
その表情には、驚愕と困惑の色が窺えた。
「日記を見る限り、間違いなく敵意はあったでしょうね。きっと、庶民の私が同じモンフォールの家名を名乗るのが気に食わなかったんですよ」
「そんな……、コレットが、まさか……」
「……信じられませんか?」
「正直に言うなら、そうだな」
先輩は目を伏せた。
きっと、先輩の中のコレット様は優しく、気遣いのできる淑女だったのだろう。幼い頃から知っていて、初恋の相手で、ずっと憧れていた女性だったのだ。
(……やっぱりショックだよね)
日記のたった数行で、今まで信じていたものが音を立てて崩れ落ちていく。
信じたくないのも無理はない。
けれど、どうあがいてもそれが事実なのだ。
私は大きく深呼吸をして、先輩を見据えた。
「先輩、コレット様からお茶のお誘いとかきていませんでしたか?」
「お茶会の招待か?どうだろう、後で確認してみるけど……、もしかしてコレットに会いに行くつもりか?」
「はい。私、コレット様は日記の中でしか知りませんし、直接会ってどんな人かを判断したいです。もし、怪しいところがあるのなら追求したいですし……」
そこまで言って私はふと、こちらに向けられた先輩の視線に気づいた。
先輩は、怒っているわけでも、呆れているわけでもない。けれど、どこか複雑で、言葉にできない感情が混ざったような、そんななんとも言えない表情をしていた。
「え、なんですか?その顔……」
「……なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
「はい。なんでしょう?」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「……へ?」
「自覚ないのかもしれないけど、さっきからずっと口元がにやけてるぞ」
そう指摘されて、私は慌てて自分の頬を触る。
にやけているなんて、そんなつもりはなかったが、確かに少し口角が上がっていたようだ。
私は恥ずかしくて、顔を伏せた。
「……た、だって、なんかちょっと思い出すじゃないですか」
「何を?」
「昔、一緒に研究した事ですよ」
机いっぱいに紙を広げて、皆で頭を突き合わせて、術式の矛盾を見つけては笑い、新しい発見があれば子どものように喜んだ、あの時間。
夜更けまで灯りを消さず、気づけば肩が触れ合っていて、それでも誰も離れようとしなかった、あの距離感。
私はあの時間が一番好きだった。
だからつい、その記憶がよみがえってきて、気づけば口元が緩んでいたのだ。
「私が先輩と一緒に研究できたのは一年間だけでしたけど、本当にとても楽しかったので……。で、でも不謹慎でしたよね……。すみません」
私はしょんぼりと肩を落として謝罪した。
すると、先輩はプッと吹き出した。
「いや、状況が違いすぎるだろう」
自分たちを貶めた人間を探そうって言うのに、楽しんでいるなんておかしい。
先輩は、「やっぱり君は少しずれているな」と笑った。
先輩のその笑顔は目が覚めてから今までで、一番自然な笑顔で、私は思わず顔が熱くなるのを感じた。
「し、じゃあ……とりあえず腹ごしらえですね!」
私は火照った頬をごまかすように、朝食のトレイを戻そうと立ち上がった。
その瞬間、足枷の鎖がしゃらりと鳴った。
先輩はその音に眉をひそめ、すぐに真剣な顔に戻った。
「……エチカ。枷、外すよ。こんなことをして……本当にすまなかった」
申し訳なさそうにそう言って、鍵を取りに部屋を出ようとする先輩。
その瞬間、私は思い出した。
(まずい!鍵はルネが……!)
状況的に、ルネが無断で鍵を持ち出したのは明らかだ。
私は慌ててテラスの方を見た。
けれど、揺れるカーテンの向こうに、ルネの姿はなかった。
その代わりに、彼女のいた辺りで何かがキラリと光った。
私は咄嗟に駆け寄り、しゃがみ込む。
そこには、小さな金属の鍵が落ちていた。
「エチカ? どうしたんだ、急に」
先輩が不思議そうに近づいてくる。私は鍵を拾い上げ、くるりと振り返った。
「先輩、鍵……ここにあります」
「え? どうしてこんなところに?」
「えーっと、それは……」
どうしよう。どう言えばいいのだろう。
私は悩んだ末、こう答えた。
「し、召喚したんです。ほら、私、奇跡を起こせる魔法使いなので」
全く言い訳になっていない。
だが、おどけて言う私に、先輩はぽかんとした表情をし、またプッと吹き出した。
「なんだよ、それ。嘘が下手か」
「え、えへへ」
「いいよ。そういうことにしといてやる」
「え、追求しないんですか?」
「して欲しいのか」
「いいえ。全く。全然です」
私は全力で首を横に振った。
すると先輩は肩をすくめ、笑った。
その笑顔につられて、私もつい笑ってしまった。




