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卒業式を間近に控えた二月。
意中の相手に手作りのお菓子を渡して日頃の感謝と想いを伝える風習があるガルデア王国では、この時期、街中が浮き立った空気に包まれる。
そしてその甘い雰囲気は当然、次世代の魔法師たちが通う王立魔法学園にも届いていた。
ーーこの空気を利用しない手はない
そう考えた私、エチカ・ロアンは、憧れの先輩エリック・ド・モンフォールを旧校舎裏へと呼び出した。
夕暮れの光が石壁に淡く差し込む静かな旧校舎裏。
告白の場としては申し分ないその場所で、私はハー ト型のクッキーを包んだ袋をぎゅっと抱きしめ、彼の到着を待つ。
静寂の中では、胸の鼓動がまるで耳元で鳴っているかのように大きく響いた。
「悪い、待たせたか?」
ザッと砂を踏む足音とともに、無愛想ながらもどこか優しさを含んだ声が届く。
私は恥ずかしさを誤魔化すように顔の横に垂れる髪を耳にかけ、先輩を見上げた。
視界に入った彼の姿に、頬がほんのりと紅潮していくのが自分でもわかる。
「いえ、今来たところなので……。卒業式の準備でお忙しいのに、呼び出してしまってすみません」
「気にするな。約束したからな」
「ありがとうございます……」
「とはいえ、忙しいのは事実だ。手短に頼む」
「は、はい……!」
急かされた私は大きく深呼吸をした。そして、
「先輩!私、ずっと前から先輩のことが好きでした!」
告白の言葉とともに、顔ほどの大きさのハート型のクッキーを差し出した。私の全力の愛情を詰め込んだ手作りの一品だ。
「き、昨日ルームメイトのルネと一緒に作ったんです!ちゃんと味見もしました!先輩が甘いものが苦手なのは知ってますけど、ジンジャークッキーにしたので、そんなに甘くないと思います……!!」
だから、どうか受け取ってほしい。私はクッキーを掲げたまま、一歩、また一歩と先輩に近づく。
すると、先輩は短く切りそろえた黒髪を面倒くさそうに掻きながら、無言で片手を伸ばして受け取ってくれた。
そしてひと言。
「……これは、新手の嫌がらせか?」
どこか呆れが混じった声色。告白を受けておいて、その返しはどうなんだ。私はムッと口を尖らせた。
「嫌がらせなんてひどいです!この大きさは、私の愛を形にしただけです!だから大きいんです!」
「できることなら、愛情は小分けにしてほしかったな」
「小さな愛情がたくさん欲しいってことですか?質より量派なんですね。覚えておきます」
「先に忠告しておくが、告白の回数を増やせと言っているわけではないからな?」
「……うっ」
なぜバレた。私はギクッと肩をこわばらせた。
するとなぜか、先輩はふっと群青の瞳を細める。
「エチカ。念のためにもう一度言っておくが、俺は君のことを好きにはならないぞ」
優しく微笑みながら、残酷な答えを突きつける先輩。言わなくても分かっている事を、わざわざ口にしなくても良いじゃないか。
「わ、わかってますよ」
「そうか、わかっているのなら良いんだ」
「わかってますけど……。で、でも、他の女の子からの呼び出しは無視するのに、私からの呼び出しには応じてくれてるじゃないですか……」
「そうだな?」
「だ、だから、正直、少しはもしかしてって期待しても……別に……」
「おいおい。忘れたのか?俺が君の呼び出しに応じるのは、君が諦めがつかないと駄々をこねるからだったはずだが?」
先輩はそう言って、私の額を軽くこづいた。
――そう、私の告白は今日が初めてではない。
私は学園の入学式で先輩に一目惚れして以来、三年間、ほぼ毎月のように告白を続けている。そして幾度となく振られている。
可愛く着飾っても、セクシーな衣装で色仕掛けしても、希少な魔法物質を献上しても、先輩の答えはいつも決まって『NO』だった。
「今日の告白も、あまりの熱量に根負けした俺が、結論が変わらなくていいならという条件のもと、話を聞いてやっているだけにすぎないんだぞ?」
「……わ、わかってますよぅ。わかってますけどぉ……」
「なあ、エチカ。君は一体、いつになったら諦めがつくんだ?俺も毎回断るのは、正直、心苦しいんだが」
先輩は口元を手で隠しながら、どこか困ったように言った。だが、口調こそ困っているようだが、目元にかすかに笑みが浮かんでいるのがわかる。私はジトッとした視線を彼に向けた。
「心苦しいって言う人は、そんなにニヤついた顔しないと思います」
「何だ。バレていたか」
「もう!何がそんなに面白いんですか!」
「いや、健気だなと思って」
「他人事みたいに言わないでください!」
「褒めてるんだよ。可愛いって」
「か、かわ……!?」
不意打ちのような言葉に、私は目を見開いて固まった。きっと、『これはお世辞だ』と思う心と『いや、もしかしたら何かあるのでは?』と期待する心がぶつかり合う。私は一体、先輩の“可愛い”をどう受け止めれば良いのか……!
そんなことを考えていると、先輩は、口をパクパクとさせて動揺する私の反応を楽しむようにクツクツと笑った。
「……ああ、今のはな。小動物を愛でるときの“可愛い”だ。異性としてのそれじゃないから、勘違いさせたならごめんな?」
釘を刺すように添えられたひと言に、私は肩を落とした。
その反応に先輩はさらに笑う。なんと失礼な男だ。
「……先輩、私のこともてあそんでますよね?」
「ああ、もてあそんでる」
「最低っ!乙女の純情をもてあそぶなんて、最低ですっ!」
「そうだな。俺は最低だ。だから、こんな男なんてやめておけ。な?」
そう言って、先輩はぽんっと私の頭に手を置いた。優しく撫でられるその感触に、胸の鼓動がさらに速くなる。
最低なことを言われているのに、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。恋心とは難儀なものだ。
私はそっと、先輩の手を両手で包み込んだ。そして、ためらいながらもその指先へ、そっと唇を寄せた。
「……なっ、何するんだよ」
驚いたように先輩が手を引っ込める。
私はそんな彼をまっすぐに見上げた。
「つ、次で最後にします……。だから、あと一回だけ、付き合ってください!」
「あと一回……?」
「来月の卒業式のあと、ここで待ってます。待ってますから……!!」
私はそう言うと、先輩の返事を聞くことなく、くるりと踵を返し、駆け出していった。
これぞ奥義、断る隙を与えずに先輩の優しさに甘えるの術。つまるところ、ただの言い逃げである。
でもこれも仕方がないのだ。だってまだ諦めたくない。最後の最後まで足掻きたい。万が一に賭けたい。
それくらい彼のことが好きなんだもの。
「ううぅ!!先輩大好きぃ!!」
私はそう叫びながら、寮に戻った。その叫びは、夕暮れの空に吸い込まれるように消えていった。
***
その夜、私は夢を見た。
卒業式の日に、最後の告白をする夢だ。
皆が別れを惜しんで涙を流す中、私は約束通りに先輩を旧校舎裏に呼び出し、そこで彼に一輪の薔薇を渡した。そして、この四年間の思いをすべてぶつけた。
何度も伝えてきた言葉なのに、緊張で声が震える。心臓の音がうるさい。
返事はNOだとわかっているのに、まだ諦めきれない愚かな私はわずかに期待してしまう。
『返事を、聞かせてもらえますか……?』
勇気を振り絞った私の声に、先輩は静かな眼差しでこちらを見つめた。
その唇が、何かを告げるようにゆっくりと動く。
――けれど、その声は届かなかった。
風景がふっと白く滲み、音が遠のいていく。
伸ばした指先さえ、霞の中に溶けていく。
夢の中の先輩は一体、何と答えたのだったかーーー




