第3話:パパ、その予算は中途半端だよ?
「お嬢様……またですか。またなのですか……!」
教育係のアンナが、今度は白目を剥いて震えていた。
私の執務室(旧:荒野の小屋)の机には、王都の薬問屋や貴族たちから届いた、領収書と契約書の山が積み上がっている。
「魔力回復草」の独占販売で得た利益は、私の予想を遥かに上回った。
金貨の山。もはや、6歳の子供が一生遊んで暮らせるなんてレベルではない。一国の国家予算に食い込むほどのキャッシュが、今、私の手元にある。
「アンナ、そんな顔をしないで。お金は使わなければ、ただの光るコインよ。これを『投資』に変えてこそ、初めて価値が生まれるの」
私はその莫大な軍資金を携え、父上――ベルシュタイン辺境伯のもとへ向かった。
父上は今、深刻な顔で領地の地図を広げていた。
「……やはり、全方向に防衛線を張るには、兵員も予算も足りないな。東の砦の補修を半分に削って、その分を西の街道の警備に回すか。いや、そうすると南の村が手薄に……」
父上の悩みは、典型的な「リソース不足に悩む経営者」のそれだった。
隣国ガーネット帝国の不穏な動きを察知し、なんとか領地全体を守ろうと必死なのだ。
私は父上の机に、ズドンと重い袋を置いた。金貨がぶつかり合う、鈍く重厚な音が響く。
「お父様。その中途半端な予算案、今すぐ破り捨ててくださる?」
「リ、リーゼロッテ!? また君か。……それにこの袋は……まさか、例の薬草の?」
「ええ。ベルシュタイン領の全兵力の維持費、3年分は入っています。……でも、条件がありますわ」
私は地図の上に這い上がり、小さな指で一点を指し示した。
帝国からの侵略ルート。その喉元にあたる『断絶の谷』だ。
「この谷に、大陸一の巨城を築きます。予算も、兵力も、最新の魔導兵器も、すべてここに集中させてください。他の砦や街道の予算は、日常の治安維持レベルまで『ゼロ』に近く削ります」
父上は絶句し、それから慌てて首を振った。
「馬鹿なことを言わないでくれ! そんなことをしたら、他の場所から侵入されたらどうするんだ? 全体をまんべんなく守るのが、領主の義務だ」
「お父様、それは『全員で一緒に死のう』と言っているのと同じですわ」
私は冷徹なビジネスマンの眼差しで父を射抜いた。
「いいですか。敵であるガーネット帝国は、我が領の数倍の兵力を持っています。その強者に対し、こちらも戦力を分散して対抗する? 愚策です。弱者が勝つ道はただ一つ。『戦場を一点に限定し、そこだけで勝つ』ことだけよ」
「だが、民が納得しない。自分の村の守りが薄くなるのを、誰が許すというんだ」
「だから、私が稼いだお金で、全領民を収容できるシェルターをその要塞の裏に作ります! 敵が来たら、村を捨てて逃げればいい。建物はまた建て直せますが、命と『勝機』は一度失えば二度と戻りません!」
私は父の襟元を掴んで引き寄せた。
「中途半端な優しさは、結局誰も守れない。お父様が守るべきは『領地の体裁』ですか? それとも『領民の未来』ですか? 確信があるなら、批判を恐れず全振り(ベット)すべきです。……孫氏もそうおっしゃっていましたわ(※心の中の孫氏です)」
父上の額から汗が流れ落ちる。
6歳の娘が語るのは、あまりにも苛烈な「選択と集中」の論理。
だが、そこには一切の迷いがない。
「……君には、見えているのか。その先に、勝利が」
「いいえ。私は『勝利』を、これから金と力で無理やり引きずり寄せるんです」
私は不敵に微笑んだ。
「お父様、決断してください。中途半端な防衛でじわじわと削られて滅びるか。それとも、私に賭けて、帝国が絶望するほどの『鉄壁』を作り上げるか!」
数日後。
ベルシュタイン領では、前代未聞の「構造改革」が始まった。
各地の砦は放棄され、全予算と全労働力が『断絶の谷』へと集約された。
領民たちは最初こそ困惑したが、私が私財を投げ打って彼らの避難先や生活補償を「これでもか」というほど厚く用意したため、不満はすぐに「リーゼロッテ様、万歳!」という熱狂に変わった。
中途半端な妥協を捨て、一点に全てを賭ける。
この「狂気の要塞」こそが、14年後の未来を変える私の、物理的な第一歩となる。
「さあ、経済と国防の基盤は整ったわ。次は……」
私は地図の向こう側、隣国ガーネット帝国に目を向けた。
あそこにいるはずの、未来の侵略者――。
彼に対しても、私は「中途半端」な接触をするつもりはない。
「敵を倒す一番の方法は、戦う前に『味方』に全振りすることよね」
6歳のビジネス令嬢は、次なる投資対象を「人」に定めた。
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