第2話:軍資金(お小遣い)を倍にする方法
「さて、アンナ。今日からここが私の『オフィス』よ」
私が指差したのは、領地の東側に広がる「絶望の荒野」の一角に建てさせた、簡素な木造小屋だった。
窓の外には、ゴツゴツとした岩肌と、栄養失調気味の茶色い草が生えた不毛の大地が広がっている。
「お嬢様……。お誕生日のおねだりが、まさかこんな寂しい場所の統治権だなんて。旦那様も奥様も、お部屋で泣いていらっしゃいましたよ」
アンナが深いため息をつきながら、私のためにハーブティーを淹れてくれる。6歳の幼女が、フリフリのドレスの裾を泥で汚しながら荒野に立つ姿は、客観的に見れば奇行そのものだろう。
だが、私の脳内にある「未来の海図」には、この場所が黄金に輝いて見えていた。
「いいのよ、アンナ。皆が『価値がない』と見捨てている場所にこそ、最大のチャンス(利益)は眠っているものよ。……さあ、始めてちょうだい」
私は、父から前借りした「成人までのお小遣い」と、母の宝石を一部換金して得た金貨、計100枚を机に並べた。
6歳児にとっては国家予算並みの大金だが、一国を救うための軍資金としては、あまりに心もとない「端金」だ。
普通の人なら、これを少しずつ切り崩して、地道に商売を始めるだろう。
だが、私のバイブル(孫氏の自伝)にはこう書いてある。
――『1位になれない分野に、リソースを分散させてはならない』。
「まず、この金貨100枚をすべて、この草の買い占めに使います」
私が机に置いたのは、そのへんの道端に生えている、ひどく苦くて家畜さえ食べない「魔力回復草」の干し草だ。
「ええっ!? そんな、そこら中に生えている雑草に全財産を!? お嬢様、正気ですか!」
「大真面目よ。アンナ、これから言うことを正確に実行して。領民の子供たち全員に声をかけてちょうだい。『この草を根っこごと、一束につき銅貨1枚で買い取る』と。期限は1ヶ月。この領地にある魔力回復草を、一つ残らず私の倉庫にかき集めるの」
私の戦略はシンプルだ。
あと数ヶ月もすれば、王都を中心として「魔力過多症」という奇病が流行する。魔力が体内で暴走し、高熱にうなされる病気だ。
その唯一の特効薬が、この「苦い雑草」から抽出される成分であることを、私はゲームの知識として知っている。
今のうちから「供給」を完全に支配(独占)してしまえば、価格決定権はこちらが握ることになる。
「でも、お嬢様。もし病気が流行らなかったら、私たちは路頭に迷うことになります」
「アンナ、いい? 確信があるときは、中途半端なリスクヘッジ(分散)は最大の敵なの。50%の力で二つのことをやるより、100%の力で一つの頂点を獲る。それが、持たざる者が勝つための唯一の法則よ」
私は6歳の小さな拳を、金貨の山に叩きつけた。
「私は、ベルシュタインの未来に『全振り(オールイン)』するわ!」
それからの1ヶ月、私は狂ったように動いた。
領民の子供たちが山のように運んでくる雑草を、全財産を投じて買い取り、さらに追加で借金をしてまで「保存の魔法」を施した大規模な乾燥倉庫を建設した。
周囲からは「辺境伯家の長女が狂った」「ゴミを集めて悦に浸っている」と陰口を叩かれた。
父上からも「リーゼロッテ、もうやめなさい。お小遣いならまたあげるから」と泣きつかれた。
だが、私は笑っていた。
孫氏は、誰もが無理だと言った事業に全財産を注ぎ込み、何度も倒産の危機を迎えながら、そのたびに「確信」を形に変えてきたのだ。私のこの程度の孤独なんて、誤差みたいなものだ。
そして――運命の日はやってきた。
「お、お嬢様! 大変です! 王都から早馬が!」
血相を変えて飛び込んできたのは、領地の執事だった。
「王都で謎の高熱病が蔓延し、その治療に『魔力回復草』が不可欠だと判明しました! 今、王都の薬問屋たちが、一束金貨1枚でもいいから譲ってくれと、必死で駆け回っています!」
「……金貨1枚?」
私はティーカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。
私が買い叩いた価格は、一束「銅貨1枚」だ。金貨1枚は、銅貨1000枚に相当する。
つまり、私の資産は一夜にして「1000倍」になった計算だ。
「ふふ、安すぎるわね。執事、伝えてちょうだい。……『在庫はすべて私が握っている。価格交渉は、ベルシュタイン領の東の荒野まで、直接出向いてきなさい』と」
「は、はいっ!」
「あ、それから」
私は窓の外、自分が統治権を得た荒れ地を見つめた。
ただの石ころだらけの土地。だが、これだけの資金があれば、ここを「要塞都市」に変えることができる。
「アンナ、次のステップへ行くわよ。次は、この膨れ上がった資金をすべて、領地の『構造改革』にベットするわ」
「えええっ!? まだ増やすんですか!?」
「当たり前じゃない。私のゴールは、金持ちになることじゃない。14年後の破滅を、粉々に粉砕することなんだから」
私は、積み上がった金貨の山を一度も見ることなく、次なる戦略を練るために地図を広げた。
中途半端な成功に満足して立ち止まるのは、敗北と同じだ。
私の「全振り」は、まだ始まったばかりなのだから。
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