第1話:前世の記憶と、詰んでる未来
「お嬢様、6歳のお誕生日おめでとうございます!」
色とりどりの刺繍が施されたカーテンが開け放たれ、柔らかな朝日が差し込む。
メイドたちの弾んだ声と、焼き立てのパンの香ばしい匂い。本来なら、世界で一番幸せな朝のはずだった。
「…………え?」
私、リーゼロッテ・フォン・ベルシュタインは、天蓋付きのベッドの上で固まっていた。
鏡に映るのは、絹糸のようなプラチナブロンドに、大きなサファイア色の瞳。どこからどう見ても、天使の羽が生えていてもおかしくないほど愛くるしい、6歳の美幼女である。
だが、私の頭の中は、今まさに「ビッグバン」が起きたかのような衝撃に包まれていた。
(思い出した……。私、日本人だった。それも、寝る間も惜しんで働いて、孫正義氏の自伝をバイブルにしていた猛烈ビジネスマンだったんだ!)
前世の記憶。それは、荒波のような現代社会を生き抜いた泥臭い経験。
そしてもう一つ、恐ろしい事実がリンクした。
(ここ……私が前世で移動中にプレイしていた乙女ゲーム『クリスタル・クロニクル』の世界じゃない!)
その事実に気づいた瞬間、背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走った。
このゲームにおいて、私が転生した「リーゼロッテ」というキャラには、輝かしい未来なんて一ミリも用意されていない。
ベルシュタイン領は、大陸の北端に位置する。
14年後、私が20歳になる年に、隣国ガーネット帝国の「鉄血公」と呼ばれる若き皇帝によって侵略を受け、真っ先に蹂躙される運命なのだ。
リーゼロッテは、中途半端にプライドだけは高いため、没落したあとも敵国に無謀な反抗を繰り返し、最終的には雪降る広場で処刑される……という、救いようのない「詰み」キャラだった。
「……冗談じゃないわよ」
私はベッドから飛び起き、部屋の隅にある大きな姿見の前に立った。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。でも、14年後にはこの首が飛ぶのだ。
「そんなの、絶対にお断りよ!」
私の叫びに、着替えの準備をしていたメイドのアンナが目を丸くした。
「お、お嬢様? どうなさいましたか? まるで何かに取り憑かれたようなお顔で……」
「アンナ、今すぐお父様のところへ行くわ。洗顔も着替えも最短ルートで終わらせて!」
「ええっ? まだパジャマのままですよ!」
私はアンナの制止を振り切り、脳内の思考をフル回転させた。
前世で学んだビジネスの鉄則が、次から次へと溢れ出してくる。
(考えて、リーゼロッテ。現状、ベルシュタイン領の戦力は帝国に対して圧倒的に不足している。経済力も平均的。このまま『普通に』努力しても、14年という時間は短すぎる。平均的な成長曲線を描いていたら、絶対に間に合わない!)
孫正義氏は言っていた。
「確信があるときは、中途半端ではダメ。すべて Bet すべき」だと。
私には確信がある。このままでは死ぬという、絶対的な確信が。
なら、生き残るためのリソースを、一点に、それも狂気を感じさせるほどの規模で集中投下しなければならない。
「おはよう、リーゼロッテ。誕生日の朝から元気だね」
食堂へ駆け込むと、優しげな顔をした父――ベルシュタイン辺境伯が新聞を広げていた。
彼は良い人だ。領民を愛し、家族を愛している。でも、戦略家としては「優しすぎる」。彼は全方向に配慮しようとして、結果としてすべてを中途半端にしてしまうタイプだ。
私は父の膝に飛び乗り、その襟元を掴んで至近距離で見つめた。
「お父様、単刀直入に申し上げます。私、6歳の誕生日プレゼントは、ドレスも宝石もいりません!」
「おや、物欲がないのは感心だが……。じゃあ、何が欲しいんだい?」
「領地の東側、あの岩場だらけで誰も住んでいない『絶望の荒野』の統治権をください。それと、私の成人までの全お小遣い、および私の名義で動かせる全資産を、今すぐ前借りでキャッシュ(現金)にしてください!」
父がコーヒーを吹き出した。
「な、何を言っているんだい? あそこは作物を育てることもできない、ただの石ころだらけの土地だよ? それに、お小遣いを前借りなんて……」
「お父様!」
私は前世の「役員会議」で使っていたような、有無を言わせぬ覇気を放った。
6歳の幼女から放たれるにはあまりに不釣り合いな、圧倒的な決意のオーラ。
「中途半端な贅沢は、未来の破滅を招くだけです。私は、この領地を救うための『種』をあそこに植えたいのです。確信があるんです。あそこには、我が領を救う『金脈』が眠っていると!」
実際には金脈などない。だが、あそこは帝国からの侵略ルートにおける唯一の要衝であり、かつ、特定の条件下でしか育たない「希少な魔力植物」の栽培に最適な土壌であることを、私はゲームの知識で知っている。
「……リーゼロッテ、君は本気なのかい?」
「いいえ、本気ではありません。『狂気』です。人生を懸けた、全振り(オールイン)の勝負ですわ!」
父は呆然としていたが、私の瞳に宿る、孫氏ばりの「志」の炎に気圧されたのか、小さく頷いた。
「わ、わかった。そこまで言うなら、あの荒地は君のものだ。資産の運用も……少しだけ、認めてあげよう」
「『少し』ではありません、お父様。全額です。一点突破こそが、弱者が強者に勝つ唯一の戦略なのですから!」
こうして、6歳の幼女による「国家存亡を賭けた全振り投資」が幕を開けた。
私の辞書に「貯金」や「ほどほど」なんて言葉はない。
すべてを賭けて、死ぬ気で生き残る。
それが、2度目の人生を授かった私の、ビジネスマンとしてのプライドだ。
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