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シェア・クローバー 203号室 ~誰かが私を見ている~

この話は、私、藤波(ふじなみ)黄花(きっか)が、学生シェアハウスの部屋で暮らしていた時の事です。


私は高校を卒業し、大学に進学し、親元を離れ、初めての一人暮らしを始める事になった。


地元を離れて初めての一人暮らし。私はワクワクしながら手頃なアパートを探す為、物件情報を不動産屋さんに覗きにいったり、ネットサーフィンしたり、高校からの友人の話を聞いたりして、一人暮らしの準備をしていたのだが、結局私が決めたのはシェアハウスだった。


一人暮らしの憧れはある。だけれど、初期費用が高すぎる。それに、初めての土地、慣れない環境、その上、一人暮らしを始めたばかりで色々契約をしていくと言うのはぶっちゃけ面倒だと思ったのだ。


『学生向けシェアハウス・女性専用・残り一部屋』


私が見つけたシェアハウスはその点、アパートより安い家賃に光熱費が上乗せされたような金額だった。


「うん、ここにしようかな」


私が決めたのは、学校から二駅離れたシェアハウス『シェア・クローバー』。ここには同じ学校の人や、近隣の学校に通う人達が大勢住んでいた。


「まだ空き、ありますか?」と、連絡をしてみると、「角部屋の一部屋だから、見に来ますか?」と、言われ、すぐに見学が決まり、そのまま入居した。


私が入居した部屋は二階の203号室。部屋自体は少し古いけど、角部屋で隣と少し離れているし、大きな窓もありクローゼットも広い。最低限の家具もあるし、なかなかいいんじゃないかな。


私が入居したシェア・クローバーは二階建ての建物で、敷地内に似たような二棟建っていた。二つの棟の間には中庭もあり、共用部分のリビングルームも綺麗だった。一応、学生入居者が主と言う事で、男性の棟、女性の棟と別れていた。少し大きめの棟が女性棟で、そちらの方の一階に大家さんや学校で働いている事務員さん等も住んでいて、共用部分の広いリビングルームにはソファーや、テレビ等があった。


私は一階ではリビングルームくらいにしか行かず、主に、自分の部屋にいる事が多かったけれど、私には自分の部屋だけでも十分だったし、二階の各部屋から出れる広いバルコニーもあって、風が通り抜ける中庭にもベンチがあり、とても気に入った。


良い所に住めたと思ったのだけれど、住み始めてすぐに何人かの人達と仲良くなり、そのうちの一人の男性から猛烈アピールをされるようになった。


「黄花ちゃん、今日、授業?気をつけてね」


その男性は三学年上の別の学校の人だった。加藤(かとう)さんと言う人で、明るく、軽い感じだったけど、就職は大手の有名な所に内定が決まったと言って皆が話しているのを聞いた。


加藤さんは私を見付けると「黄花ちゃーん、おかえりー。今日も可愛いねー」とかいつも言うような人だった。


所謂チャラい人なんだろうけど、明るく悪い感じはしない人で、笑って流していると、今度は告白をされるようになった。


「黄花ちゃーん、好き。付き合って。マジで黄花ちゃん好き」

「はー。黄花ちゃんが一番可愛い。付き合えたら本当、大事にする」

「俺、こんなに好きになった事ないから。お願い」

「ね?まずは友達からでいいからさ。マジ、マジで」


そう、ぐいぐい来られても…。困って、「はあ」とか「ええ?」とか、曖昧に濁していたんだけれど、加藤さんは会うたびに告白するのを止めなかった。


「黄花ちゃーん、ね?俺と付き合おう。マジ、好き」


加藤さんの顔は嫌いじゃない。キリっとした感じで恰好良いと言われているし。しかも有名大学在学して、その後大手の会社に就職も決まっている。そんな人に、こんなに好き好きって言われる事はないかもしれない。



『好きな相手を追うより、好かれた方が幸せになる』



高校の時の友達がそう言っていたのを思い出して、私は頷いた。


「じゃあ……。うん、でも、まだ、好きとかは分からないんですけど。それでもいいなら……」


「え!マジ?付き合ってくれる!?ゆっくりでいいから!絶対、手とかすぐそんな出さないし!マジ、黄花ちゃんの事、大切にするから!」


「では…宜しくお願いします」


「やった!!」


加藤さんは顔も嫌いではなかったし、私も付き合っているうちに好きになれたらいいかなあ、と、付き合う事を承諾したのだけれど。




しかし、付き合って二ヵ月で浮気をされた。




びっくりするくらい、あっけなく。あんなに私の事を「好き好き」言っていたのに、加藤さんがたまたま開いていた、スマホの画面がピコンとなり、見なくていいのに、思わず見てしまった私に、その画面は分かりやすく教えてくれた。


『私も、好き。今度いつ会える?彼女が今忙しいんでしょ?じゃあ今度の土曜日会えない?』


相手の名前を見て、マレーシア人の友人って言っていた、その人だすぐに気付いた。



「は?ナニコレ?浮気?」



キッチンに行っていた加藤さんがリビングルームに戻ってきて、私の隣に座ろうとしたのだけれど、私はスマホを指さして「メッセージ、来てたよ」と言って立ち上がった。


「え?黄花ちゃん、もういくの?中庭で話す?」と、加藤さんは慌てて立ち上がって、スマホを持ったのだけど、メッセージは見なかった。


「私、部屋に行くから。加藤さん、スマホ。見たら?急ぎかも」


と言うと、「いや、あとでいい。今は黄花ちゃんと一緒にいたいからさ」と言われ、私の心は、冷えていった。「へー。こんなに綺麗に嘘が付けるんだ」って。


「ねえ、加藤さん。別れよう。私の他に好きな人、できたんでしょ?」


「は?なんで?なんで?俺が好きなのは黄花ちゃんだよ?いや、マジ別れるとか嫌だから」


「嘘つかなくていいよ。好きな子が出来たんでしょ?その子と付き合いなよ」


「は?誰かから何か聞いた?いや、しつこい女がいるだけだから。勝手に連絡してくるだけ。本当、ちょっとマジしつこい女がいるんだって」


「ふーん。そうなんだ。でも、今もメッセージ来てたけど」と、スマホを指さしたら、はっとした顔をして慌ててスマホを隠した。


「俺が好きなのは黄花ちゃんだけだって!」

「別れるとか言わないでよ」

「マジで、もう会わないから。ね?本当、この女、マジブロックしていいから。頭、おかしいんだって!」

「黄花ちゃんの事、マジ大切なんだって!」


必死に別れないと言われるけど、他に好きな人がいるなら、そっちと付き合えばいいのに。なんで浮気をしておいて、必死に引き留めるのかな。


「加藤さん、もう無理。別れて。私、浮気する人はやだ」


幸い、付き合ったのは二ヵ月だけ。私は勉強が忙しくなり、加藤さんはバイトが忙しいようで、同じシェアハウスと言ってもすれ違いが続き、この二週間はあまり会っていない。


「なんで……」


「好きな人が他にできたんでしょう?じゃあ、私と付き合わなくてもいいよね」


「俺が好きなのは黄花ちゃんなんだって……」


「本当に浮気をしてないって、言うなら、今、スマホ、私に見せられる?」


「………じゃ、じゃあさ、黄花ちゃんも俺にスマホ見せてくれるなら見せるよ」


「私の?いいよ?見る?」


「……。いや、やっぱり、いい」


「なにそれ」


「いや…、でも、本当に、好きなのは黄花ちゃんで…俺、大切にしたいって思ってて。本当、他はどうでもよくって…」


「別れよう」


私がそう言うと、加藤さんはびくっとして黙ってしまった。私が黙って返事を待っていても、彼は何も言わず、ただ壁時計の音が聞こえてくるだけだった。


「じゃあね」


そう言って、リビングルームを出て自分の部屋に戻った。同じシェアハウスな事が気になりながらも、棟は違うし、どうにかなるかと思っていたけれど、加藤さんから凄い量のメッセージが送られるようになった。返事は今後返さない、と送りブロックし、私が復縁に応じないと分かると、シェアハウスの人にも、私が男遊びが激しいとか、お金にだらしないとか、嘘を言って、自分は会社の近くに引っ越すと言って、気付いたらいつのまにかいなくなっていた。


シェアハウスの人達は、加藤さんの言い分を信じてはいなかったけれど、やっぱりそんな風に嘘を言いふらされて良い気持ちはしなかった。


あんなに私の事好きって言ってたのに、大切にすると言っていたのに、浮気をしたあげく別れた後にこんなに悪口を言うんだとか思うと凄く悲しい気持ちになった。別れたんだから、大切にしなくてもいい。だけど、悪口を言うなんて、と、私の気持ちは落ちるばかりだった。


加藤さんに好きになられて、沢山好きとか、可愛いとか言われて、ふらっとしてしまった自分も悪かったのかもしれない。男を見る目が無かったのかもしれない。そして、悪口言われるような別れ方をしたのが悪かったのかもしれない。



「大丈夫?俺でよかったら話を聞くけど」


「うん、ありがとう。でも大丈夫」


「本当?無理しないで。そう言えば、俺んところの教授でさ……」


落ち込む私にそうやって話を良く聞いてくれたのは違う学校で経済を勉強している一つ年上の池田さんという人だった。


池田さんは同じシェアハウスに住んでいるわけではなかったけれど、その人の友人の山本さんが同じシェアハウスに住んでいて、よく遊びに来ているようで、私がキッチンやリビングルームにいると、偶に顔を合わせる事があった。初めて会った時は、誰かが冷凍していたジュースを冷蔵庫に入れていて、それが溶け出し、零れて、冷蔵庫が大変な事になっているので大家さんに話そうと山本さんと相談していた時だった。


「じゃあ、俺が、大家さんを呼んでくる。それにしても、誰が入れたんだろうね。冷蔵庫、壊れてはないだろうけど、酷いね」


「べとべとになってますけど。コレ、勝手に拭いてもいいですよね?」


「いいんじゃない。洗えるものは洗ってあげた方が。捨てるかどうかはその人が決めればいいし。このままじゃ、冷蔵庫使えないしね」


「おーいヤマ。何してんの?」


「あ。イケ。冷蔵庫が悲惨な事になってさ。まあ、二台あるからどうにかなるけど、こっち専用に入れてた人は最悪だよ」


「マジで?なんか手伝う?ヤマがやっちまったってやつ?」


「いや。俺と、藤波さんは第一発見者。ちょっと大家さん呼んでくるから」


「おー」


そう言って、山本さんは大家さんを呼びに行き、私は掃除の準備をしに、倉庫へと向かった。


「藤波さんっていうの?俺、池田。山本の友達、なんか手伝う?」


「いえ。池田さんはここの住人じゃないでしょう?」


「ま、でも?暇だから、持つよ」


池田さんは私が準備したバケツと雑巾を持ってくれて、私はゴミ袋をもって、キッチンに戻った。


その時には大家さんが戻って来ていて、大家さんと一緒に掃除をし、大家さんには犯人の目星がついているらしく、怖い顔をして冷蔵庫の中身を綺麗にしてすぐに部屋に戻った。


その後、池田さんはよく山本さんの部屋に遊びに来ているようで、冷蔵庫の事件から会うと挨拶をするようになった。



「あ、池田さん」


「フジちゃん、元気?イエーイ」


池田さんは私の事もすぐにフジちゃんと呼ぶようになった。山本さんの事をヤマ、池田さんの事をイケ、と呼んでいるから藤波の私はフジと言う事になるのだろう。


「藤波さん、イケ、無駄に元気だから。うざかったら言ったほうがいいよ」


「山本さん。私はまあまあ、元気です」


「フジちゃん、俺の元気分けてあげる。有り余ってるからさ。イエーイ」


私は嘘を言いふらされた事もあって、周りの目を気にしたから、池田さんの無駄に元気な様子は凄く楽だった。


「フジちゃんの悪口、言う奴?気にしなくていいよ。俺、いっつも言われてるし」


「おい、それ、真実だから悪口じゃないぞ」


「ほら。ヤマにまた言われた。フジちゃんの悪口はさ、嘘って皆、分かってるから。な、ヤマ」


「ああ。まあな。藤波さん、気にするだろうけど、気にしすぎはよくない。相手の思うつぼだ。気にしないのが一番の仕返しになる」


二人はしつこく聞く事もせず、自分の学校の事を面白可笑しく話してくれて、私は気持ちが楽になっているのを感じていた。


「そ、そ。俺も気にしない。フジちゃん、コレ、あげる」


そう言って、子供向けのキャラクターが、『元気100倍!』と書いた飴をくれた。


「有難うございます。まあ、今は勉強も忙しいし、気にしない事にします。あ。イチゴ味ですね」


「え?イチゴ嫌い?オレンジならあったかな?女の子ってイチゴが好きじゃないの?」


急いで、ポケットを漁りだした池田さんに山本さんが、呆れていた。


「藤波さん、いつもレモンティー飲んでるぞ。レモンの方が好きなんじゃないか?」


「え…そうなんだ」


「いえ、イチゴ飴も好きです。普段食べないだけで」


私はそう言って、キャンディーの袋を破って口に入れると、思ったよりも甘く、イチゴの香りが鼻に抜けた。


「おいしい」


「本当?よかった」


私が頷いて、お茶を淹れようとすると、山本さんは池田さんを引っ張って「おい、プリント、見るんだろ?」と言って部屋へと歩いていった。


「はー。よし。私も課題しよ」


一週間が経ち、二週間が経ち、不思議な事に、池田さんは毎日の様にシェアハウスに来ているのか、二日に一度は顔を合わせるようになった。


「あ。フジちゃん、おかえり。お菓子あるけど、食べる?」


「ううん、今日は課題をしないといけないから、すぐに部屋にいく」


「あ、そうなんだ……。うん、じゃあ、また」


「うん」


なんとなく、なんとなくだけど、山本さんがいない時でも私が帰って来る時間に池田さんがいるような気がしていた。


それに、上手く言えないけれど、彼が私を見る目が、友達を見る目ではないような気がしていた。


加藤さんが一生懸命、私に「好きだ」と言っていた時のように、私を見ている気がしたのだ。勘違いかもしれない。痛い女って思われるかもしれない。だけれど、自衛は大切だ。


今は恋人を作る気分ではない。それに、次、恋人を作るとしたら、自分から好きになって、告白するような人と付き合いたいと思ったのだ。今は私の周りにそんな人はいないのだから、彼がもし、私に好意を寄せているのなら、早めに距離を置こうと思った。


だから、暫く距離をとったある日、「フジちゃん、俺、フジちゃんの事、好きなんだ。付き合ってくれない?」と言われても驚かなかった。


「池田さん、ごめんなさい」


私がすぐに断ると、池田さんは「あー。やっぱ、振られたー」と、笑った。


「フジちゃんがさ、俺の事、避けてんのかなー、とか、あー。とか、うーとか、考えてさー。でも、やっぱ、俺、モヤモヤすんの嫌いだから、玉砕しよーと思って。あーでも、やっぱ、玉砕したわー」


池田さんはそう言うと、「ま、これからも挨拶位はさせてよ。でも、俺、マジ、いい男だから、ごめんだけど、すぐ彼女出来るかも。フジちゃん、後悔したら、すぐ来ていいよー。俺、いっつも空けとくからー」にゃはは、と、言いながら池田さんは山本さんの部屋へと消えていった。


明るく返事をくれた池田さんにほっとしつつも、せっかく仲良くなれたのに、告白されたらもう会えないな、とか、山本さんとも気まずくなるかな、とか思っていた。大勢で済むシェアハウスにはこういう事も多くあるみたいで引っ越しを考えた方がいいのかとか感じだした。


外では、学校で仲良くなった三咲(みさき)ちゃんという女の子にも相談していた。


「黄花ちゃん、なんだか大変だよねえ。次々に色々と」


「うーん。なんだかね。私はのんびりとすごしたい。三咲ちゃんは彼氏と仲良くていいね」


「うん。今日もデート。黄花ちゃん、言い方がなんだかうちのおばあちゃんみたい」


「そう?でも、私は穏やかに、平和にすごせればいいかな。今度のデートは何処に行くの?」


「映画。見に行こうかって。黄花ちゃんって、和菓子も好きだし、のんびりだよね」


「和菓子好きなのは、クリームよりもあんこが好きなだけだよ」


「えー。クリームモリモリがいいんじゃーん。ケーキも隠れるくらいのっけてほしー」


「うわあ……。無理かな」


「ええええ!!!!クリームが無い世界なんて無理」


「ははは」


そうやって、スイーツの話をしたり、三咲ちゃんの彼氏の事を聞いたりして、まあ、二年生位になると好きな人が出来るかな、と思ったりもしていた。


「ねえ、ごめん。このプリント、君達のじゃない?」


「「え?」」


私達がいつもと同じように、学校のベンチに座って話していると、男子学生から話し掛けられた。


「あ。これ、さっきの講義の。私達のかも」


三咲ちゃんがそう言い、私も急いで鞄の中身を確認すると、私達の物ではなかった。


「私のはある」


「うん、私のも」


「あ、そうなんだ。さっき、そこで拾って。君達のかな、と思って声掛けたんだ」


「あれ、同じクラスの人?」


「ううん。今日は用事で図書館使っただけ。学校はK大」


「ああ、それで。見た事ないな、って思って。コレ、教授に渡しておきますよ。誰か困ってるかもしれないし。拾ったのは図書館で?」


「うん。図書館」


そう言って男子学生の人はプリントを三咲ちゃんに渡すと「じゃあ」と言って去っていった。


「今なら、クラスにいるかな。先に渡しておこうか」


「うん、そうしようか」


そう言って、クラスに行き、教授にプリントを図書館で拾った人がいる事を伝えると、丁度、「プリントを無くしてしまって」と男子学生が入ってきた。


「よかったねー」と言いながら、私達は渡し、教授も、「すぐに気付いてよかったな」と言い、宿題のヒントを私達に教えてくれた。


「やったねー」と言いながら三咲ちゃんと話し、三咲ちゃんは彼に会う為に私と別れ、私はシェアハウスに戻った。


それから一週間後、三咲ちゃんとベンチで話していると、目の前のベンチに人が座った。


その人は本を読んでいたけど、三咲ちゃんの方が先に気付いた。


「あ」


「ん?」


「ほら、あの人、K大の人じゃない?プリント拾った」


「ああ。そうかも」


そんな話をしていると、男の人も顔を上げて私達と目があった。そして、一瞬、分からないような顔をしたけど、すぐに私達に気付き、「あ、ああ、プリントの」と言って立って私達の前に来た。


「プリントの落とし主、見つかった?」


「すぐに。落とした人もすぐに教授の所に来て。プリントどこで落としたか、首傾げてて。図書館って言ったら、納得していましたけど」


「それは良かった」


「今日も図書館に?」


「うん」


そう言って、お互い自己紹介をし、男子学生の名前が結城(ゆうき)さん、と教えて貰った。それから一週間に一度位、結城さんと学校周辺で偶然会っては軽く喋る様になった。


「ごめん、黄花ちゃん、彼の体調が悪いみたいで、暫く彼の所に通うから」


三咲ちゃんが忙しくなり、彼の体調が回復した後も、三咲ちゃんとはタイミングが中々会わなくなった。


「結城さんが紹介してくれたバイト。急に人がいなくなって、シフトをギリギリ入れないといけないんだ」


三咲ちゃんはバイトも初めた。だから、三咲ちゃんとはクラスで会って話して、空き時間に時々メッセージを送ったりするだけになった。前みたいにベンチに座って喋る時間は減っていった。


でも、三咲ちゃんのバイトの日は丁度、結城さんがうちの大学の図書館に来る日のようで、私が一人でベンチにいると、必ず会うようになって、色々と話す様になった。


「藤波さん、最近はシェハウスは平和?」


「ええ。落ち着いた感じですね。私より、年上の人が多いから、皆、就活とか、課題も忙しいみたいですし」


「そっかよかったね。この間、藤波さんに役立ちそうなのみつけたよ」


「え?教えて貰ってもいいですか?」


「うん、コピーしてる、あげるよ」



結城さんは博識で、とても頭の良い人だった。話していると面白くて、そして、ぐいぐいも来ず。のんびりと穏やかに話せて距離を保ってくれて、雰囲気が良い人だなあ、と思っていた。


結城さんと話す様になってから暫くして、クラスメイトの何人かの女の子からはなんとなく避けられているような感じがしていた。


「?」


三咲ちゃんにも相談してみたけれど、私も三咲ちゃんも原因は分からず、まあ、放っておこう、という事で、私は三咲ちゃん以外に親しい友達が中々出来ないまま、テスト期間に入った。


「テスト……マジ死ぬ」


「うん。提出物もあるから、死んじゃうかもね」


「あー。バイトは減らせたけど、彼氏と中々会えないのが寂しい」


「そっか。彼氏も忙しい?」


「うーん。今、お互いテストだし。お金貯めて旅行とか行きたいし、バイト三昧ね」


「そっかあ」


私は三咲ちゃんに相談したい事があったけれど、なかなか言い出せずにいた。


実は少し前からいつからあった違和感かは覚えてないけど、ポストが触られている気がした。


小さな専用の自分専用のポストがシェアハウスにはある。大家さんがまとめて受け取って、振り分けてくれるのだけれど、ちゃんと鍵が着いている。簡単な鍵で、開けようと思えば開けれるかもしれないし、出入り口の近くにあるから、他人のポストは開けれ無いけれど、ちょっと覗いたり確かめる事は出来る。


最近、なんだか私のポストが凄く触られているような感じがした。ガチャガチャやられているというような。ちょっと鍵のところが曲がっている気もした。


初めは気のせいかな。大家さんがしたのかな、と思っていたけれど、その後は、学校の行きかえり、変な視線を感じるようになった。


振り返っても誰もいない。でも、なんだか変な感じがする。そして、ある時信号をまっていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。人が多くて誰が叩いたのかは分からなかったけれど、なんとなく、男の人な気がした。


大きな手の感触が上からポンっと来たから。


「!!」


バッと振り返っても知らない人が不思議そうに立っているだけだった。


気のせいかも。気のせいだ。


そう思って、試験期間になり、部屋で勉強をしていると、部屋の外で音がした。隣の人かな、と思ったけれど、私の部屋は角部屋。私の部屋の前は私しか使わない。


気のせいか、と思いながら勉強をして、お茶を飲もうと部屋をでてリビングルームに向かおうとしたら、ドアが何かにぶつかった。


コツン。


小さな違和感を感じて足元を見ると、良く見るメーカーのレモンティーのティーパックが置いてあった。


「何これ…」


その時、急に怖くなって、急いで、ティーパックを拾うと、リビングルームに降りた。何人か人はいたけど、本を読んでいたり、勉強したり、パソコンを開いていたりと、誰も私を見なかった。


どうしよう……。ドキドキと胸が鳴って、私はそのティーパックを冷蔵庫に入れ、自分のいつものティーパックをだしてお茶をいれるとそのままリビングルームのソファーに座った。


三咲ちゃんに相談しようか。他に相談できる人。でも、最近、なんだか皆、忙しかったりで話が出来てないし…。


手に持ったスマホをどうしようか、と触っていると、ピコンっと知らない通知がきた。


『お茶、飲んでね』


「ひっ」


誰?誰なの?どうしよう。


私は急いでカップを洗うと、部屋に戻って財布とスマホ、勉強道具をバッグに詰め込み、外に出た。


高校時代、部活の応援に来てくれた先輩が駅前でアルバイトしていると聞いた。そこに行ってみよう。今でも偶に連絡は取り合っているし、大学に入ってからは三回程連絡をやり取りしている。


知り会いに会いたかった。とにかくバクバクする心臓を抑えながら急いで駅前に行くと、先輩がバイトしていた。


「いらっしゃ…きーちゃん、どうしたの?」


「せ、せんぱい。仕事中、すみません。ちょっと会いたくなって」


「いや、いいけど。座って。今、時間あるし、ドーナッツ、奢ってあげる」


私に奥の席を勧めると、頼んでないのに飲み物とドーナッツを持って来てくれた。


「もう少しで休憩だから、そしたら、話そう。待ってて」


「すみません」


「いいよいいよ」


そう言って、先輩は仕事に戻っていき、私はお茶を飲んで、落ち着きながら、勉強道具を出して勉強する事にした。


30分くらいで先輩がエプロンを外して私の前の席に座った。


「どうした。いきなり。会えて嬉しいけど。きーちゃんと会うの、あの、変な彼氏と別れたって聞いて以来じゃない?試験中でしょ?」


「先輩。ちょっと話を聞いて下さい。なんだか怖くて」


そう言って、私は最近の事、部屋の前に私が好きなお茶が置いてあった事等を話した。


「……。きーちゃん、それ、ストーカーじゃない?早めに警察に相談した方がいいよ。何かあってからじゃ遅いよ、知り会い紹介してあげる。警察官いるから」


「え。警察ですか?」


「うん。早めが良いって」


「……。分かりました、ちょっとだけ様子見て、やっぱり怪しい感じなら警察に相談します」


「様子見ない方がいいと思うけどな。一人にならない方がいいよ。仲の良い友達は?一緒にいれる子いない?」


「三咲ちゃんは最近、忙しくて。バイトと彼氏とテストで。ここしばらくは学校で少し話してメッセージだけって感じです」


「そっか……。だれか他に相談できる人は?」


「最近、クラスの子達とも話してなくて…。なんだか最近急に、よそよそしくなった子もいて。仲が良かった子は、忙しくなったり、急に会えなくなったり…あまり、話してなくって」


「タイミングが悪いんだ。うーん」


「あ、でも。一人、時々会う人ですけど、話しをする人が…」


「本当?その人には相談できそう?ストーカーは誰だろうね。元カレが怪しい気もするけど」


「引っ越しもして、もう全然会ってないですよ?」


私がそう言っても、先輩は「うーん。でも、住んでいる所も知ってたわけだから、お茶、おけるじゃない?顔見知りが多いなら途中まで入っても不審に思われないかも」と言って、知り合いの警察官の事とか、色々話を聞いてくれた。


「何かあれば自分にいつでも連絡してくれていいからね。店にも来てくれて、いいし。一応、店長にも話しておくから」


「すみません、有難うございます。気のせいならいいんですけど」


「うん。でも、用心した方がいいよ」


先輩と話をして、落ち着いた私はシェアハウスに戻ろうか迷ったけれど、図書館に行く事にした。一人になりたくなくて、人が多い所にいたいと思った。誰か知り合いに会えないかなとも思ったのだ。


図書館で勉強をしていると知り会いに挨拶をしたり、テストの愚痴を言ったりしていると気分が明るくなっていった。


そして図書館を出たら結城さんに会った。


「あ、藤波さん」


「結城さん、今日も図書館に?」


「藤波さんはもう帰る所?」


「ええ」


「僕も、用事が終わって図書館に行こうか迷ってたんだけど、お腹減ってね。時間があるなら少しベンチで話す?そこにバインミーのキッチンカー来てたから、何か買おうかと思ったけど、藤波さんも食べる?奢るよ」


「話し、したいですけど。いいんですか?」


「うん、お腹空いてる?バインミー食べられる?」


二人でキッチンカーに行き、バインミーを奢って貰い、ベンチに座って二人で食べた。


いつも三咲ちゃんと三人で話す事が多かったけど、こうやって二人でゆっくり話すのは初めてかもしれない。


そして、結城さんとバインミーを食べながら、ストーカーがいるかもしれない事。三咲ちゃんとすれ違っている事、クラスの女の子達ともなんだかうまくいっていない事等を相談したら、自分のスマホを出して、画面を見せてくれた。


「僕の登録して。何かあったらいつでも連絡くれていいよ。僕も連絡していい?」


「え?いいんですか?」


「うん、頼ってくれたら嬉しいな」


「有難うございます!」


それから、二人でバインミーを食べ終え、テストの相談もし、心配だから送るよ、とシェアハウスまで送ってくれた。


怖い一日だったけど、大家さんに部屋の前にお茶の葉が置いてあった事も報告しておいたので、怖さは少し薄らいだ。


「何かあれば、すぐに警察に相談したらいいし…。先輩にも話しを聞いて貰えたし。よかった。結城さんも、良い人だな」


テスト前にモヤモヤが少し薄れて、私はその後は結城さんと先輩にぽつぽつと連絡したりしたが、三咲ちゃんにはテストが終わって報告したら怒られた。


「もー!!早く教えてよ!大丈夫なの!?先輩に相談出来たのは良かったけど。元カレじゃない?気を付けなよ?」


「ごめん、でも、三咲ちゃん、忙しそうだったし、テスト前に変な話もしたくなくて」


「もー。でも、私のアパートもなんか物騒でさ。黄花も気を付けなよ?」


「物騒?」


「うん、ゴミ捨て場に放火。ぼやだけど、消防車すごかったよ」


「うわあ。怖いね」


「うん、犯人が掴まってないから、しばらく彼氏が来てくれる事になったんだ」


「よかったね」


「うん。だから今日も早く帰んなきゃ」


三咲ちゃんとも話し、あの後から変な事も無く、私は結城さんに連絡をしたりして平穏にすごしていた。


ある日、先輩の店の前を通ると先輩が店の中から手を振っていた。


「先輩」


「きーちゃん、あれから大丈夫そうだけど。問題はない?」


「はい。前、話した、相談乗ってくれそうな人、偶然、図書館であって、あれからちょくちょく連絡したりするんです。三咲ちゃんとはゆっくり会えないですけど、誰か話せるだけで、大分気持ちは楽になりますし」


「そ。よかった。でも、何かあったら警察にすぐに相談よ。一応、軽くは、私からも知り会いに言ってるから。何かあってからじゃ遅いのよ」


「はい。有難うございます」


「うん。じゃ、またね」


先輩の店を出て、シェアハウスに戻っていると、また視線を感じた。辺りを見回しても誰もいない。近くのコンビニに入り、奥まで行き、誰か入ってこないか見張る。でも、誰も来ない。視線も感じない。


気のせいなのかな…。


パンを一つ買い、コンビニを出ても怪しい人はいない。それに視線も感じなかった。先輩と話した直後だから、なんだか過敏になっていたのかも。そう思ってシェアハウスにつき部屋の前にきたら息が止まった。


またお茶が置いてあった。


「なんで…」


周りを見回しても誰もいない。急いでお茶の入った箱を掴み、大家さんの所に行った。


大家さんは丁度留守で、リビングルームに入り、どうしようとお茶の箱を持っていると、スマホが震えた。



『また、バインミーのキッチンカー来てたよ。また食べたけど、美味しかった』


結城さんからバインミーの写真と一緒にメッセージが送られてきた。ほっと、息を吐いて急いで返信を打った。


『結城さん、また、お茶が置かれていて。なんだか怖くて』


『え?大丈夫?そっちに行こうか?』


『いえ、でも、少し話してもいいですか』


『いいよ』


そう返信がくるとすぐに電話が鳴った。


「大丈夫?」


「はい。ストーカーなんですかね。怖くて。三咲ちゃんも忙しいみたいで、私、どうしたら」


「不安ならすぐに行くけど」


「いえ、話していたら落ちついてきました」


「そう?また連絡して」


「はい」


短く電話を終えると、リビングに人が入り出した。私はそのままリビングにいて、本を読んだり、スマホをいじって、大家さんが帰ってくるまで待った。


気のせいかと思った視線はあれから毎日の様に感じた。私の部屋は二階だけど、窓の外から音がした事もある。広いバルコニーだけど、外にでたら、私の部屋の前のバルコニーだけ、小石と洗濯ばさみが沢山落ちていた。


「もう…何なのよ…」


バルコニーでうずくまっていると、スマホが鳴った。


『藤波さん。明日、図書館行くけど、時間ある?』


結城さん…。


私は急いで返信を打った。


『結城さん、また、なんだかおかしくて。バルコニーの所に色々落ちてて』


『え?大丈夫?』


『あの、ちょっと。外に行こうかと』


『今、シェアハウス?迎えに行こうか?今、近くにいるけど』


『本当ですか?じゃあ、入り口近くで待ってます』


スマホと財布を持つと、すぐに入口近くのベンチに座った。


ああ…。なんで…。やっぱり警察に行った方がいいのかな。でも、直接何もされてないし。思い過ごしと言われたらそうなのかも。



「藤波さん」


結城さんは五分程で息を切らして走って駆け付けてくれた。


「結城さん」


「大丈夫?」


「はい。よく考えたら勘違いかもしれなくて。すみません」


「いや。ちょうど、その辺にいたから、せっかくだから、少し歩く?」


「いいですか?」


「うん。駅前とか、行こうか」


そう言って二人で話しながら歩き、結城さんは気を使ってか、ストーカーの事は話題にせず、テストの事とか、私の事を色々聞いてきた。


駅前まで歩いた所で先輩のドーナッツショップの横を通った。


すると、後ろから先輩から声を掛けられた。


「きーちゃん」


「あ、先輩」


「今日は今から仕事なの、食べてく?」


「いいえ。今日は。あ、あの、今、色々相談に乗って貰ってる結城さんです。結城さん、こちらは私の先輩の井上さんです」


「どうも結城です」


「井上です」


と、挨拶をして、すぐに別れた。


「藤波さん、きーちゃんって呼ばれているんだね」


「ええ。さっきの先輩にも色々相談に乗って貰って。警察の知り合いも紹介して貰ったんです。いざとなったら警察にも行こうかって」


「ふうん」


それから、駅前をウロウロして、私はシェアハウスまで送って貰って帰ったのだけれど、その日を境にストーカーは酷くなった。


朝起きたら、バルコニーに紙が落ちてあった。開くとビー玉が中に入っていた。


学校から帰ると、私あての郵便物があり、中にはお茶の葉が入っていた。


学校までの行き来も視線を感じる。


その間、私はずっと結城さんに相談した。でも、何も変わらない。


その日は一人で学校から帰っていると、偶然先輩に会った。


「あ、きーちゃん」


「先輩」


「きーちゃん、最近忙しいんでしょ?無理してない?」


「え?忙しいって?」


「ほら、この間の結城さん?彼が店に来てくれてきーちゃんの話になったの。そしたら、ストーカーの被害は無くなったけど、忙しいって。きーちゃんに連絡しない方がいいかなって思ってたの。無理しちゃだめよ?」


「え?」


「警察も結城さんの知り合いに頼むんでしょ?彼、頼もしそうね。よかったじゃない」


「……」


「じゃ、またね。時間が出来たらまた連絡して」


そう言って、先輩は店に走っていった。


どういう事?忙しい?なんで?ストーカー被害は酷くなってる。なんで先輩に結城さんが話しているの。


その時、スマホが震えた。


『藤波さん、何してる?』


私は黙って、その文字をみると返信はせず、駅前のカフェに入った。


どういう事?何で?どうして?


やっぱり先輩に相談した方がいいのかな。警察に行った方が?でも証拠は?ビー玉とかは保管している。でも、別に手紙に変な事が書かれていたわけじゃない。


カフェでぼーっとコーヒーを飲んで、シェアハウスに戻った。


203号室の部屋に入ろうと、角を曲がった瞬間、私の部屋の前に誰か座っていた。



「藤波さん、僕に相談してよ」



振るえる私に笑顔で話し掛けて、「よいしょ」と言って立ち上がったのは結城さんだった。



「さ。一緒にいれば怖くないよ?僕は浮気もしないし、ちゃんと距離も取る。ただ、ずっと僕だけを見て欲しいかな」



にっこり笑う結城さんの目には驚く私の顔が映っていた。





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