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虐げられた男装令嬢、聖女だとわかって一発逆転!~身分を捨てて氷の騎士団長に溺愛される~  作者: 久遠れん
第二章

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第五十八話・「僕」と「俺」の一人称の差

 挨拶回りも一段落して、宣言通りパシェン様が料理を取りに私の傍を離れた。


 先日同様ドリンク片手に壁際の華になっていると、静かに近づいてきたのは正装したデュールお義兄様だった。


 新緑の髪を一つに結んで、街人に紛れる格好ではなく、きちんとした王族としての洋服を身にまとっている。金色の目と合わせて、いまのデュールお義兄様のことを一般人だと間違える人はいないだろう。


「リーベ、久しいね」

「デュールお義兄様」


 デュールお義兄様はそうそう夜会に出席しないとこれまたアミから聞いていたのだけれど、一体どういう心境の変化だろう。


 私が少しの驚きを混ぜて名前を呼ぶと、デュールお義兄様は少しだけ眉を寄せた。街の飲み屋での乱雑な態度など欠片も見せず、紳士的に微笑んでいる。


「僕のせいですまない。変な噂がたっていると聞いた」

「噂が出た時期を考えれば、デュールお義兄様のせいではありません。恐らく私の落ち度でもないでしょう。悪意のある人間のせいだと思います」


 密やかに言葉を交わす。壁の華になっているので、そこまで近くには人はいないが、私とデュールお義兄様の組み合わせが珍しいからか、ちらちらとした視線は感じているからだ。


「変な噂の出どころは、僕も調べておこう」

「お気遣いありがとうございます」


 それにしたってデュールお義兄様は一人称が『僕』なのか。飲み屋での『俺』という一人称と乱雑な態度は酒場に違和感なく溶け込むためにキャラを作っていたということだろう。


「しかし、先日は驚いたよ。僕の義妹はずいぶんとやんちゃだ」

「ふふ、『フィーネ』のお話は耳に届いていたでしょう?」

「想像以上だった、という話だ」


 軽く肩をすくめる姿すら様になっている。私がからころと笑うと、デュールお義兄様はじっと私を見つめた。金色の瞳に内心を見透かすように射抜かれる。


「リーベ、先日の話だが」

「リーベ!」


 デュールお義兄様の言葉を遮るように、少し大きな声が私を呼んだ。視線をずらせば、料理の乗ったお皿を片手に持ったパシェン様が怖い顔をしている。


「デュール王子、私の婚約者になにか用件でも?」

「義兄が義妹に声をかけて、なにが可笑しいのかな?」

「貴方はそういうマメな方ではないと認識していました」

「そうか、それは認識を改めないとね」


 バチバチと視線でやりあっているのが伝わってくる。少しおろおろしつつ見守っていると、デュールお義兄様がため息を吐きだした。


「まあいいよ。じゃあ、僕はこれで。怖い婚約者がきたからね」


 少しだけニヒルに口元を吊り上げて、デュールお義兄様は私たちに背を向けた。パシェン様は睨むようにデュールお義兄様の後ろ姿をみているが、どうしてそこまで敵視しているのかがわからない。


「パシェン様、デュールお義兄様となにかあったんですか?」

「なにかとは……自覚がないなら、気にしないでくれ」


 パシェン様は小さく息を吐き出した。私は二人の間にあるらしい確執が理解できず、首を傾げるしかない。


「パシェン様、王族の方にあの態度はあまりよくないと思いますよ」

「……そうだな」


 一応窘める言葉を口にすると、パシェン様は再び息を吐き出して軽く頭を左右に振った。


「リーベ、食事をとってきた。好きそうなものを選んだつもりだ」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 手にしていたグラスを近くのテーブルに置いて、パシェン様からお皿とフォークを受け取る。お皿の上には美味しそうなローストビーフと少しのサラダが乗せられている。


「! 美味しいです」


 フォークでローストビーフを口に運ぶ。口内に広がるソースと絡んだ肉汁がじゅわりと広がって、私はぱっと顔を輝かせた。


 もぐもぐと食べていると、パシェン様の穏やかな視線が降り注ぐ。私はパシェン様との間のモヤモヤも忘れて、にこりと微笑んだ。


「パシェン様が私の好みを把握してくださっていて、嬉しいです」

「少し前までの私は何も知らなかったから、反省したんだ」


 公爵家にいた頃は、互いに壁を作っていた。だから、お互いの料理の好みだって知らなかった。私はパシェン様の好物すら知らなかったのだ。


 だから、今の私たちは少しずつ歩み寄ってお互いの好きなものを確認しあっている。


 お茶会の席で話す色々な雑談の中で、そういう話をさらりと混ぜるようにしているのだ。


「ふふ」

「どうした、リーベ」

「いえ、美味しいものは偉大だな、と」


 ささくれていた気持ちがずいぶんと落ち着いた気がする。


 にこにこと微笑みながら、私はもう一枚のローストビーフを口に運ぶ。


 穏やかな空気が流れる私たちのことを、遠くから見つめる視線に気づかないまま。

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