第三十九話・人の悪い王太子
お義兄様が私に接近禁止になり、同性であるアミの面会も不可だと言われて、本当に私はひとりぼっちになってしまった。
婚約の準備はどんどん進んでいるのだろう。けれど、何一つ嬉しくない。
ため息を毎日吐き出している。
ため息を吐くたびに幸せが逃げるというならば、一生分の幸せが逃げてしまったかもしれない。
そうして日々を過ごして、日付感覚も曖昧になった頃、エクセン王子が私を訪ねてきた。
「リーベ嬢、こんにちは。お元気かな」
そう口にして部屋に入ってきたエクセン王子に、私は淑女の礼をして応えた。
「初めまして、エクセン王子」
「初めましてではないね」
「え?」
挨拶をしようとした私の言葉を遮ったエクセン王子に、驚いて顔を上げる。
エクセン王子はフィーネのときに見ていたにこにことした穏やかな笑みを浮かべていたけれど、私の背中に冷や汗が落ちた。
「どういう、意味でしょうか」
「君はわかっているはずだ。ね?」
エクセン王子がゆっくりと私に近づいてくる。そして、私の耳元に唇を寄せて。
「それともこう呼んだ方がいいかな? 『フィーネ』」
ぱっと私はエクセン王子から距離を取った。
警戒心をあらわにする私に、やっぱりエクセン王子は人好きのする笑顔でにこにこと笑っている。
「大丈夫だよ。誰にも他言はしていない」
「どう、して」
掠れた声で問いただす私の言葉に、エクセン王子は笑みを崩さない。
「フィーネの肩に金色の髪がついていたことがあった。最初は親族に金髪の人がいるのかと思ったけれど、天涯孤独だと聞いたからね。なにか裏があるな、と思って」
さすがにそこまで警戒はしていなかった。ウィッグをつける際に地毛が抜けたのかもしれない。
口を噤んだ私の前で、エクセン王子は優雅にソファに腰を下ろした。
すでに用意されていた紅茶を前に、エクセン王子が足を組む。
行儀のいいお義兄様はしない仕草だ。
「私は君に取引を持ち掛けにきた」
「取引ですか? 聖女として王家に嫁入りすることが?」
「そう卑屈にならないで。大丈夫、君にとっても悪くない話のはずだよ。リーベ嬢」
私を落ち着かせるように、穏やかな声音で告げられる。
私は腹をくくってエクセン王子の対面のソファに腰を下ろした。
「お話を伺います」
「いいね。その切り替えの早さ。私が好む部類の人種だ」
にこにこと微笑みながら紅茶を口にしたエクセン王子が眉を寄せる。言いたいことが伝わって、私は小さく苦笑した。
「あまり美味しくないですよね。我が家の紅茶」
「ああ。酷い味だ。仮にもエラスティス公爵家は四代公爵の一角だというのに」
どうして我が家の紅茶が美味しくないのか、理由は知らない。
もしかしたらお父様が食費までケチっているのかもしれないし、単純にお屋敷を纏めるお母様の味覚が可笑しいのかもしれない。
出涸らしの紅茶ではなくなったけれど、それでも私の口には合わない味だ。口に合わないのは、言葉通りエクセン王子も同じだったらしく紅茶の入ったカップをソーサーに戻したエクセン王子は、組んだ膝の上で手を組んだ。
穏やかな雰囲気だけれど、たしかな圧力を感じる。
これが、次期国王である王太子の纏う雰囲気。
「リーベ嬢は父君と母君のことは好きかな?」
「いいえ、全く」
「即答だね」
「事実ですので」
「そうか」
私が迷うことなく答えたからか、エクセン王子は少しだけ可笑しそうに肩を震わせた。
「では、父君と母君がどうなっても未練はない?」
「はい」
「いい答えだ。では、取引といこう」
にこり、人の良い笑みに悪魔のような怖さを潜ませて、エクセン王子が笑う。
「リーベ嬢、君に自由を上げよう。代わりに、私との婚約ではなく、王家の養子においで」
その言葉に、私は思わず目を見開いた。つい反論を口にしてしまう。
「父は私の婚約が決まったと浮かれていました」
「ああ。だが、それは罠だよ。パシェンをけしかけるためのね」
「お義兄様を?」
不思議に思って繰り返した私に、エクセン王子は柔らかな笑みを浮かべて告げた。
「そう。恋する人は強いと思わないかい、リーベ嬢」
それは、確かにそうかもしれない。私は思わず体を前に乗り出した。
「詳しくお聞かせください。エクセン王子」
「ああ、つまりね」
エクセン王子の語る計画は、それは楽しくて。
私は話を聞きながら、どんどん笑顔になるのだった。




