第十九話・復帰とすれ違い
結局、熱を出したあと三日ほど騎士団を休んだ。
熱が引いてすっかり風邪もよくなって、騎士団に顔を出した私を待っていたのは、心底心配そうにしているお義兄様――団長と、相変わらずひょうひょうとした態度の中でどこかこちらを気遣う副団長のクルール様だった。
「もう大丈夫なのか」
「はい! ばっちり元気です!」
にこにこと答える私を見て、明らかにほっとした様子のお義兄様にクルール様がにやにやと笑っている。
「よかったな、パシェン。義妹ちゃんとダブルパンチで辛かったな~」
「からかうな」
よしよし、とお義兄様の頭を撫でようとしたクルール様の手をお義兄様が振り払う。
お義兄様、リーベのことも心配してくれていたらしい。ちょっと嬉しいかも。
「聞けよ、フィーネ。こいつリーベ嬢に寝言で『だいすきです』って言われて舞い上がってたんだぜ」
「えっ」
「おい、クルール!」
思わず素っ頓狂な声がでた。
私の反応は、お義兄様の意外な一面に驚いたと受け取られたのかスルーされているけれど、お義兄様は顔を真っ赤にしてクルール様を睨んでいる。
(わ、私そんなことを言ったの……?! そもそもお義兄様、いつお見舞いにいらしたの?!)
お義兄様がクルール様を怖くない顔で睨む一方で、私もとんでもなく混乱していた。
頬に熱が上る。体温が上がって熱い。
「おいおい、なんでお前が照れるんだ。フィーネ」
「え、あ、その」
クルール様の矛先がこっちに向く。これはいけない。どうにか逃げなければ。
「僕! 仕事があるので! この辺で!!」
そう口にして、私は脱兎の勢いで逃げ出したのだった。
仕事って逃げる言い訳として最高だわ!
* * *
本日の雑用は、厨房で料理に使うトマトのヘタ取りだった。
王族の方々が食べる料理の材料を料理人でもない騎士団の下っ端に触れさせるわけがないで、使用人用の食堂のものだ。
ひたすらヘタをとっていく作業を無心でしていると、三日ぶりに会う料理長が気さくに声をかけてくれた。
「フィーネ、体調不良で休んでたってぇ聞いたが、もう大丈夫なのか?」
「はい! ぐっすり寝たらよくなりました!」
「そうかそうか」
にこにこと笑う料理長には私と同じ年頃の息子さんがいるらしい。
フィーネの外見と合わさって、親近感があるらしく、よくしてくれるのだ。
「誰かが面倒を見てくれたのか?」
「はい! 兄が!」
面倒を見てくれたというかお見舞いに来てくれたらしいので。
にこにこで答えた私に、料理長が驚いた様子で口を開いた。
「兄? おめぇ、兄貴がいるのか?」
「あっ」
思わず口が滑った。フィーネは天涯孤独の設定だったのを忘れてた!
「えっと、あの、兄貴分といいますか、兄と慕っている人が、面倒を……!」
苦しい言い訳だ。目も泳いでいると思う。
うろ、と視線をさ迷わせた私の頭を、ぽんぽんと料理長が撫でた。
「人には誰しも、人にいえねぇ秘密があるもんだ。無理せんでいい」
「っ……ありがとうございます」
料理長の気遣いの言葉に、私はぐっと唇を噛みしめてお礼を告げた。
そうやって深入りしない所も、この人の良い所だ。
相手を気遣って、触れられたくない所には触れずにいてくれる。
「だがまぁ、三日休んだのは事実だからな! その分取り返していかねぇと!」
「そうですね! がんばります!」
「その粋だ! 次はこっちの枝豆の鞘取りを任せるぞ!」
「はい!」
ようやくトマトのヘタ取りが終わるタイミングで出された桶一杯の枝豆を受け取って、私は内心のげんなりを隠してにっこりと笑った。
料理長が料理に戻ったのを確認して、枝豆を手に取りながら私は考える。
(お義兄様がお見舞いにきてくださったの、全然気づかなかったな)
お礼を言いたかったけれど、フィーネとして知っている情報をリーベが口に出すのは可笑しいし、リーベは気づいていないのだからお礼の伝えようがない。
ため息を一つ零して、あーあ、と私は肩を落とした。
お義兄様との距離を縮めるチャンスだったかもしれないのに。
もったいないことをしたなぁ、と。
(それにしても、私本当に「大好きです」なんて言ったのかしら?)
お義兄様の幻聴ではなく?
そこだけほんの少し、解せない気持ちがある。




