第十六話・パシェンの近況
「お義兄様は、私のことを嫌われていて。それはお義兄様の置かれた状況を考えれば、仕方ないのですけれど」
ぽつぽつと食事をとりながら私はお義兄様に関しての話を零していく。
マーテル様が私に用意してくださった食事は、クラブサンドと紅茶だ。
私がお腹を空かせていたからか、クラブサンドは数種類を用意してくださっていて、少しずつ食べながら私はお義兄様の近況を話していた。
マーテル様は穏やかな笑みで私の話を聞いてくれている。
「昔は多分仲が良かったんです。ただ、私が十歳の魔力検査で適正ゼロで、魔力もないとわかってから、家では腫れもの扱いになってしまって。お義兄様はそんな私にも優しかったんですけれど、立ち振る舞いを常に考えないといけないお立場でしたから」
お義兄様は本当に悪くないのだ。
諸悪の根源は魔力適正と魔力量でしか相手を判別できない両親にある。
両親の顔色を常に窺わなければならなかったお義兄様の態度が変わるのは、仕方のないことだ。
「お義兄様は十五歳で騎士団に入られました。騎士団に入団してからのお義兄様は、家には寝に戻ってくる程度しか寄り付かなくなられて。でも、楽しそうでいいなぁ、と幼心に思っていたのです」
お義兄様は騎士団に入ってから、纏う雰囲気が少しだけ穏やかになった。
それはきっと、クルール様という右腕を得たことや、騎士団の仲間たちの気さくさがあるからだと、私も騎士団に遅れて入団してから察したことだ。
「私は政略結婚の駒になりたくなくて。十歳の時からお金を貯めて公爵家を出奔しようと決めていたんです。私は今は騎士団の下っ端なのですが、お金を貯める手段として騎士団を選んだのは、お義兄様への憧れがあったのかもしれません」
お義兄様が居場所を作れた騎士団なら、なにも持たない私も居場所を作れるのでは、ときっと無意識に考えた。
お義兄様は四属性の魔力適性と膨大な魔力を持っていて、私は両方ともにゼロ。
能力には大きな差があったけれど、もしかしたら、と一縷の希望を抱いたのだ。
「頑張っているのね」
「私なんてまだまだです。お義兄様に比べたら」
「ふふ、あの子はこんなに可愛いお嬢さんをたぶらかしてしまって。罪な子ね」
「?!」
たぶらかして?! 私たぶらかされてましたか?!
思わぬマーテル様の発言にクラブサンドが変なところに入った。
げほ、とむせこんだ私に、マーテル様が「落ち着いて」と声をかけてくる。
紅茶を口に含んで飲み込んで、一息ついた私は、そろっとマーテル様を伺った。
マーテル様はなぜか気持ちうきうきしているように見える。
「それで? 騎士団ではどうすごしているの?」
「ええと……ご覧になった通り男装をして過ごしています。一応今のところバレてないんです。……どうしてマーテル様にはバレたんですか?」
「体格が女の子だからよ」
「うーん」
マーテル様は当たり前の顔をしてそういうけれど、今の今までバレてない身としては納得しかねる。
だが、今回の話の本題はそこではない。私は気を取り直して、さらに話し出した。
「お義兄様は気高くて公平命題な方です。騎士団でもたくさんの人たちに慕われています」
「そう。貴方は?」
「もちろん、騎士団長としてのお義兄様を慕っています」
「ふふ」
楽しげに笑うマーテル様の笑みにはなんだか含みがあるような気がした。
けれど、深く突っ込むことはせず、私はさらに言葉を続ける。
「私は魔力適正も魔力量もゼロなので、騎士団での仕事は雑用ばかりなのですが、それでもお義兄様は一団員として気にかけてくださいます」
「一団員、ね」
「はい」
やっぱり含みを持たせるマーテル様の言い方に引っかかりつつも、私はこくんと頷いた。
一つ残されたクラブハウスをぱくりと食べ終えて紅茶で喉を潤す。
「……私では力不足だとわかっているのですが」
「ええ」
「いつか、マーテル様とお義兄様をきちんと会わせて差し上げたいです」
本当に、私では力不足だし。どうやれば実現するのかわからないけれど。
願いを口にした私に、マーテル様はただ静かに微笑むだけで、マーテル様だって実現しないと知っている。
その代わり、というように、マーテル様が口を開いた。
「また、遊びに来てくれないかしら。わたくし、暇を持て余しているの」
「はい、もちろんです」
マーテル様の誘いを断る理由がない。
にこりと笑って頷いた私に、マーテル様はやっぱり穏やかに微笑んでいた。




