第十五話・お母様の鋭い指摘
穏やかな風が吹く庭園で、私は冷や汗だらだらでどうにか弁明しなければ、と焦っている。
「えっ、あっ。……僕ハ、男デスヨ」
あー! 声が裏返った!! これで誤魔化すのはさすがに無理があるよねぇ?!
そっとマーテル様の様子を伺うと、マーテル様はにこにこと微笑んでいる。
表情は笑っているが、真意が読み取れない笑みだ。
「体格が女の子だもの。少し大きめの洋服で誤魔化しているようだけれど」
「ぐっ」
鋭い指摘に、私は空を仰いだ。いい天気だ。
青空はよく晴れていて、白い雲がかかっていて、鳥が何羽か飛んでいる。
完全に現実逃避だった。
暫くそうして空を眺めていた私は、ややおいて決意と共に視線を下げた。
やっぱりマーテル様は穏やかに笑っている。
「秘密にしていただけませんか」
「それは構わないけれど。そもそもわたくしは貴方がどこの誰とも知りませんし」
あっ、そっか。私はマーテル様のことをお義兄様のお母様と知っているけれど、マーテル様はそうじゃない。
本当、は。
ここでなにも言わないで逃げるのが正解で。
そして今後一切かかわらないのが保身としていいのだろうけれど。
お義兄様の様子を思い出す。
お母様の話題をだされたときの、お義兄様の切実な瞳を覚えているからこそ、私はマーテル様と仲良くなりたいし、それなら誠実さに欠ける嘘はつきたくない。
私はそっと茶色のウィッグに手を伸ばした。
金色の髪を押し込んでいるウィッグを取れば、さらりと零れ落ちる私の本来の髪。マーテル様がわずかに目を見開く。
「失礼しました。マーテル様、私はリーベ・エラスティス。エラスティス公爵の娘です」
くすんだ茶髪のウィッグを胸元に当てて、私は深く頭を下げる。
きっと、マーテル様にとって、私の父エラスティス公爵は憎むべき相手だ。
それでも、これが私にできる精一杯の誠実さだから。
「頭を上げてください、リーベ様」
「っ」
たおやかに、歌うように。マーテル様が口を開いた。
優しい声音で呼ばれた名前に、私は思わず顔を上げてしまう。
マーテル様は少しだけ困ったように、それでも怒りをみせることなく優しい表情で微笑んでいる。
「エラスティス公爵の娘なら、お名前はリーベ様であっているのよね?」
「はい」
「……こんなことを聞いていいのかわからないのだけれど。あの子は元気にやっているかしら」
マーテル様の声音にいっそうの慈愛が滲む。
あの子、と宝物のように呼ばれるのは一人しかいない。お義兄様だ。
お義兄様はリーベには興味がない。けれど、フィーネにはちょっと態度が違う。
その辺は説明が難しい。だから、私は言いたいことを全部押し込めて、軽やかに笑った。
「いまは第一騎士団の騎士団長として、活躍される毎日をおくられています」
「そう。あのね、できればあの子に支援なんてしなくていいのよ、って伝えてほしいの。元々夫が残してくれた蓄えもあるし、公爵様から頂いたお金も手を付けていません。あの子に無理をしてほしくないの」
「……公爵――父は、約束通りの金額をきちんとお渡ししましたか?」
それはずっと懸念していたことだった。
私の問いかけに、マーテル様はただ無言で微笑んだ。それが、答えだ。
(クソジジイめ!)
内心で毒を吐く。だが、表に出してはいけない。
私は先ほどより深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。私の謝罪になんの意味もないと知っていますが、それでも謝罪させてください」
「貴方は悪くありません。あの子が引き取られた当時、貴方は五歳だったはずです」
「それでも――あの男の、娘です」
頭を下げ続ける私に、息を吐く音が耳朶に入った。「困ったわね」という言葉と共に。
そうっとマーテル様を伺うと、マーテル様は頬に手を当てて、小さく首を傾げている。
「あの男――実の娘にそう呼ばれるようなことを、あの方はされているのね」
「っ」
「大丈夫よ、他言なんてしないわ」
完全に無自覚に口から零れ落ちていた。よくない。本当にこれはダメな奴だ。
相手がマーテル様でなければ、叱責を食らうどころの話ではない。
青ざめた私に、マーテル様は穏やかに笑う。
「公爵のよくない噂は私の耳にも入っています。本当に身構えなくて大丈夫ですよ。だから頭を上げてください。頭を下げたままでは食事も食べられないでしょう?」
そう告げてマーテル様はやっと頭を上げた私の前で、テーブルに置いていた小さな鈴を鳴らした。
リンと涼やかな音が響いて、すぐに執事がワゴンを引いてやってくる。
そこには私からすれば十分すぎるご馳走がたくさん乗っていて、現金なお腹が空腹を音として主張する。
「!」
思わずお腹を押さえた私の前で、再びくすくすと笑ったマーテル様が「さあ、食事にしましょう」と口にした。
私はお言葉に甘える形で、テーブルに配膳された食事を前に食前の女神への祈りを捧げる。
そんな私の様子を、マーテル様は穏やかな瞳で見つめてくれていた。
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