第十三話・綺麗なご婦人
朝、アミの家で着替えて騎士団に出勤する。
朝の点呼を終えて、今日も雑用をこなしていると、お義兄様に話しかけられた。
「フィーネ、調子はどうだ」
「いいですよ! いつも絶好調です!」
にこっと元気いっぱいの笑顔を浮かべると、なぜかお義兄様は少しだけ空色の瞳を見開いてから、小さく口元を緩ませた。ぽん、と肩に手を置かれる。
「頑張っているのは伝わっている。今は雑用ばかりだろうが、腐らずにこれからもできることからやっていくように」
「はい! あ! そういえば、団長に話したかったことがあるんです!」
「私に? 聞こう」
お義兄様を呼び止めたのは、先日街で見かけたご婦人の話をしたかったからだ。
お義兄様のお母様のお話をしておかなければと、あれからずっと機会を伺っていた。
「街に買い出しに行った日があったんです」
「……そんなことまでさせられているのか」
なんだか呆れた様子のお義兄様の声に首を傾げる。
「? いつものことですよ」
「……。まあいい、話を続けてくれ」
「はい。そこですごく綺麗な女性を見かけたんです!」
「?!」
お義兄様がこれでもかと目を見開いた。
えっ、お義兄様ってクルール様みたいに綺麗な女性に目がないとかそんなことはなかったと思うけど。
不思議に思いつつ、突っ込まれはしなかったので話を続ける。
「その方が団長によく似た綺麗なご婦人だったんです!」
「っ」
お義兄様が息を飲んだ。
お義兄様はお母様に金銭的な援助をしているはずだけど、直接会うことはできていないはずだ。なぜなら我が家のクソったれな父が、二人の接触を禁止している。
「そ、の」
「はい」
「その、女性、は」
お義兄様の声が少し震えている。
私はあえてにこにこと笑ってお義兄様の言葉を待った。お義兄様は言葉を絞り出すように、口を開く。
「元気そう、だったか……?」
「はい! 市場で買い物をされてて、和やかに店主とお話をされていました!」
私も騎士団の仕事で街に出ていたし、なによりお義兄様が接触を禁止されているお母様に私が接触していいのかわからなくて、声はかけていない。
ただ、少しの間、様子を伺っただけだ。
「そうか。そう、か」
お義兄様がなにかを堪えるように目元を抑えた。
たったこれだけの情報。本当に、たったこれだけの情報が、お義兄様は手から喉がでるほどに欲しかったのだ。
「また、街にいくことはあるか?」
「えっ、あ、まあ家があるので……?」
フィーネは下町出身の設定なので、咄嗟に嘘をつく。
お義兄様は目元から手をどかして、真っ直ぐに私を見た。
空色の瞳が、射抜くように、そして切実な色を宿して私を見ている。
「そうか。またその女性を見かけたら、教えてはくれないか」
「もちろんです!」
今のお義兄様の反応を見て確信した。私がお義兄様にお母様の情報を伝えよう。
フィーネの姿であれば、万一接触しているところを公爵家の人間に見られても、リーベが出しゃばっているとは気づかれないはずだ。
危ない橋なのはわかっている。でも、私はお義兄様に恩返しがしたかった。
冷たい公爵家の中で、唯一私を気にかけてくれるお義兄様に。
これは私ができる唯一のお礼だから。
「ありがとう」
(あっ)
お義兄様が、笑った。
心底嬉しそうに、穏やかに、優しい表情で。
リーベはずいぶんと見ていない、憂いのない笑顔。
呆然と私がお義兄様を見上げていると、私の表情に気づいたらしいお義兄様がこほんと咳払いをして、表情を戻すと再び私の肩を叩いた。
「仕事に戻る。では」
「え、あ、はい!」
気持ち早足で立ち去るお義兄様の後ろ姿を見送って、どくどくと煩い心臓を抑える。
お義兄様の笑顔、は。
(すっごく、美人だった)
顔が整っている人の笑顔の迫力を忘れていた。頬が熱い。熱を持っている。
お義兄様、本当に顔の造形が整っているからなぁ。
「あんな笑顔で微笑まれたら、それこそ女性は落ちてしまうよね」
「っ?!」
突然背後から声がして、飛び上がった。
驚いて振り返ると、私の視線の先にいたのはエクセン王太子だ。
風に靡く水色の髪、猫のように細められた金色の瞳。間違えるはずがない、この王国の王太子だ。
「え、え、エクセン王子?!」
「うん? なにかな?」
うん? なにかな? ではないのですが?! 普通に驚いたんですけど!!
その言葉を必死で飲み込んで、私は愛想笑いを浮かべる。
「こんなところでどうされたんですか?」
「息抜きの散歩をしていたんだ。そしたら面白いものを見れた」
「面白い、ですか?」
ざらり、と嫌なものが心を覆うような感覚がした。
お義兄様はエクセン王子と気安い関係だといっていたけれど、さすがに今の発言は。お義兄様のことを蔑ろにしすぎている。
お義兄様の置かれている環境を知らないとは言わせない。お義兄様にとってのお母様の情報の大切さを、わからないとは言わせたくない。
私の纏う雰囲気が少し変わったのに気づいたのだろう。エクセン王子は苦笑を浮かべて「違うよ」と告げた。
「母君の件ではない、その前だ」
「その前?」
「君が「気になる女性がいる」といって、焦っていたあの顔だよ」
「?!」
そんなこと言ってないですが?! 綺麗な女性がいた、とはいったけど!
驚いて絶句した私に、エクセン王子はのほほんと笑っている。
「本当にいいものを見た。また見たいものだね。では、私も執務に戻るとしよう。じゃあね」
ひらりと手を振ってゆっくりと歩き去ったエクセン王子の後ろ姿を茫然と見つめる。
(エクセン王子、実は目が悪いのでは……?)
眼鏡を作ったほうがいいと思う。
口に出すと不敬罪なので、絶対に言わないけれど!




