第十二話・剣と魔法の世界
騎士団の雑用の最中に、人差し指の指先を切った。
そんなに深く切ったわけではない切り傷ではあるのだが、血が出てしまう程度にはしっかりした傷だ。
この世界には絆創膏なんて便利なものはないので、指先を消毒した後くるりとテープで巻いて止血をして仕事を続ける。
指先に何かが当たる度に少し痛いなぁと思いつつも、普通に仕事という名の雑用をこなして、帰宅した私は粗末な夕食を食べて、シャワーを浴びて自室に引っ込んだ。
今日はお義兄様ともすれ違わなかったな、と思いつつ埃臭いベッドに寝転ぶ。
怪我をした指先を天井にかざしてなんとなく眺める。
お風呂に入るときにテープは外したけれど、血はやっと止まったようだった。
うっすらと切り傷の入った指先をみて、ため息を一つ。
(ヘマをしたなぁ)
雑用の一環で、調理に使うジャガイモをナイフで剥いていたときに傷を作ってしまった。
当然、血が付いたジャガイモは廃棄になった。粗末な食事を体験している身としては、食べられる食材を無駄にしたのが申し訳ない。
(ピーラーがあればいいのに)
ナイフでジャガイモを剥くのは正直慣れていない。
前世の時はピーラーというとても便利なものがあったが、この世界にはまだないのだ。
(ウィッグみたいにピーラーも作ってみる?)
バックの中に仕舞っているウィッグへと視線を向ける。あれを作るのも相当苦労した。
この世界にはウィッグやかつらという概念がなかったので、当然ながら人口毛もない。
アミに止められるのを振り切って、生活に苦労していそうな浮浪者から髪を買い取るところから始めて、買い取った髪をアミの宛てで散髪で生計を立てているところにもっていって、と思い出してため息が出るような苦労をした。
でもそのおかげで、ウィッグやかつらの概念を知らないお義兄様たちには男装はバレていないから、上々の結果だと思う。
「この世界、剣と魔法の世界なんだから、傷だってパーッと治ればいいのに。女神様だっているらしいし」
この世界は剣と魔法の世界だが、なぜかヒールに相当する回復魔法はないのだ。
怪我を負えば、貴族ならば高価なポーションで治すこともあるらしいが、ポーションの素材は相当に希少らしく、魔物を相手に戦う騎士団でさえ滅多に使わないと聞く。
「パーッと治っちゃえ! なんちゃって」
指先をくるりと回して冗談めかして口にする。
その瞬間、ふわりと周囲に温かな風が舞った。
「?」
窓を開けていたかしら。
そんな風に思って体を起こした私は、指先の微妙な違和感が消えていることに気づかなかった。
* * *
翌日、騎士団の仕事の雑用として水くみをしていると背後から声をかけられた。
なお、今日は怪我をした翌日なので食べ物には触るなと厳命を受けている。
「フィーネ、昨日怪我をしたと聞いたが、大丈夫か」
「団長! そんな大げさな怪我じゃないですよ。ちょっとナイフで指先を切っただけです」
ほら! と怪我をした人差し指を差し出すと、お義兄様は眉間に皺を寄せて、私の人差し指を凝視している。
「からかうのはよせ」
「?」
「怪我をしたのは別の場所だろう。傷なんてないじゃないか」
「えっ」
険しい顔のお義兄様の指摘に驚いて自分の人差し指を見る。
昨日、シャワーを浴びる前まで確かにあった傷口がきれいさっぱり消えていた。
どうして、とは思うものの、そういえばこの世界でしっかりとした傷を作るのは初めてだった。
魔法がある世界だし、前世より傷が治るのも早かったりするのだろうか。
でも、お義兄様の反応を見ている感じ、それも違う気がする。
首を傾げつつ、私は一旦この場は逃げることにした。
「え、えーっと。あ! 別の仕事を思い出しました! これで!」
「おい、フィーネ!」
呼び止めるお義兄様の声を無視して、ついでに任された仕事も放りだして、その場からぴゅーと走り去る。
それにしたって、私の傷口どうしたんだろう。不思議だなぁ。




