第98話 間違えれば崩壊…
レイエスの乗る馬車を見送ったあと、家族との再会を終えた三人は、お互いに「またね」と挨拶をし、それぞれの家へと向かった。
キスティーは、おばあちゃんに手を引かれ、スキップしながら家路についた。家に着くなり、彼女は興奮した様子でおばあちゃんに、オレンジ色の花びら型小皿を渡した。
「おばあちゃん、見て!これ、王都で一番素敵なお皿屋さんの!おばあちゃんが毎日使えるように選んだの!」
おばあちゃんは、包みを開け、その鮮やかな色彩と優雅なデザインに、目を細めた。
「まあ、なんて綺麗なの。キスティーの優しい心が、このお皿に詰まっているわね。ありがとう、大切にするよ。これで毎日、美味しいお漬物を食べようね。」
おばあちゃんの心からの言葉に、キスティーは誇らしげな笑顔になった。そして、王都で買い込んだ大量のお菓子を広げ始めた。
「あとね、これ!みんなのお土産!私のおすすめはこれだよ!」
おばあちゃんは、その山積みのお菓子に目を丸くしながらも、孫の無事と成長に心から感謝し、温かく抱きしめた。
アリシアは、優雅な母に手を引かれ、家へと向かった。母は、アリシアが身につけたお揃いのスミレの銀細工ブローチにすぐに気づき、優しく微笑んだ。
「まあ、素敵なブローチね。誰とお揃いかしら?」
「キスティーとよ!ずっと一緒の証なの!」
アリシアは、誇らしげに胸を張った。王都での騒動のことは、都合よく記憶の深い闇に押し込められていた。
母は、アリシアが買ってきたアクセサリーや王都の特産品の包みを受け取りながら、娘の成長を感じていた。
「王都でたくさんお勉強して、楽しかったでしょう?もう、心配してたんだから。」
母の言葉に、アリシアは微笑みながらも、なぜか一瞬、胸がチクリと痛んだ。なぜか、昨日何か大変な事をしてたような記憶が頭をよぎったからだ。
「ええ、とても楽しかったわ!でも、もう家が一番よ。やっぱりコレットの空気は美味しいわ。」
アリシアは、その不安を振り払うように、母に寄り添った。
ギルは、父ちゃんと並んで歩きながら、鉄鉱石を力強く抱えていた。家に着くと、彼はすぐにその重い石を父ちゃんに見せた。
「父ちゃん!見てくれ!王都で手に入れたんだぜ!これが一番硬くて強いんだ!それと、これ、父ちゃんの仕事に役立つと思ってよ。」
そう言うとギルは、王都の鍛冶屋で悩んで買った小さなハンマーを渡した。父ちゃんは、そのハンマーを手に取り、重み、形状確かめ、目を丸くした。
「おお、これは大したものだ!良い買い物をしたな、ギル。お前が選んだんだ、きっと大仕事に役立つだろう!」
ギルは、父の褒め言葉に照れくさそうな笑みを浮かべた。彼にとって、このお土産を褒めてもらったのは、目利きを認めてもらった感じがして、何よりもうれしかった。
そして、ギルは、アリシアからもらったスミレの銀細工が埋め込まれた皮製ストラップを、照れながら父ちゃんに見せた。
「これ、アリシアがキスティーと俺にってくれた。三人お揃いのなんだとよ…」
父ちゃんは、不器用な息子の喜びを理解し、温かい眼差しで言った。
「そうか。大事な友達の証だ、大切にしろよ。」
ギルは、照れくささから顔を逸らしながらも、そのストラップをぎゅっと握りしめた。王都での破壊と疲労は、この純粋な友情によって、遠い思い出へと変わりつつあった。
コレットの町を後にした王族専用の馬車は、再び王都へと向かう街道を静かに走り始めた。深紅のベルベットの座席に深く身を沈めたレイエスは、窓の外を流れる星空の景色を眺めながら、重い思考に沈んでいた。
彼の脳裏には、先ほどまで馬車を賑わせていた三人の子供たちの姿が焼き付いていた。無邪気に笑い、お揃いのブローチを喜び合う姿、そして、その裏側で街一つを消滅させかねない極大魔法を無自覚に操る姿。その両極端な現実が、レイエスの心を激しく揺さぶっていた。
「この子たちがいれば、この国は安泰…」
彼は、その途方もない力が、王国にとって揺るぎない希望となり得ることを理解していた。彼らが持つ力は、他国の追随を許さない、絶対的な抑止力となり得るだろう。
「しかし、間違えれば崩壊…」
彼の思考は、すぐに冷たい恐怖へと引き戻される。彼らが感情のままに力を振るえば、国どころか、大陸の秩序すらも簡単に崩壊しかねない。昨日、彼らは無自覚に家屋一つを消滅させたのだ。もしその対象が王城や、王都の主要な区画だったとしたら――レイエスの全身に冷たい悪寒が走った。
「悪に利用されたら…純真無垢な彼らだ、悪い大人の言葉について行かないとも限らない。」
レイエスは、キスティーが人さらいの男の「親切な案内係」という言葉を疑いもせずについていってしまったことを思い出し、顔をしかめた。あの純粋さ、あの無垢さは、善意の大人にとっては何物にも代えがたい希望だが、悪意を持った大人にとっては、これほど御しやすい獲物はない。
「何としてもそんなことはあってはならない。そのためにはどうするか…」
レイエスは深く息を吐き出し、目頭を押さえた。彼らの力を抑えつけることは不可能であり、試みることすら危険だ。彼らが悪意を持つことのないよう、そして、悪意に染められないよう、導くしかない。
それは、王国の未来を、そして世界の安寧を、この三人の子供たちの純粋な心に賭けるという、途方もなく重い決断だった。
「…彼らを、善き心で満たし、正しき道を示す。彼らが、この国を守る誇り高き希望となるよう、私が、そして王国が、全霊をもって彼らの拠り所とならなければならない。」
レイエスは、馬車の窓に映る自分の顔を、決意に満ちた厳しい表情で見つめ返した。彼の双肩には、王国の統治と、人類の運命という、二つの重責がのしかかっていた。
その頃、馬車の外では、騎士団長が疲れ果てた表情で馬車と並走していた。彼の背中からは、昨日からの心労が、湯気のように立ち上っているかのようだった。
(…私に、この重責が務まるだろうか…)
レイエスの心の声は、孤独な問いとなって馬車の静寂に響いた。しかし、彼はすぐにその問いを打ち消した。
「務めるのだ。私には、この国を守る使命がある。そして、彼らを導く義務がある。」
馬車は、微かな音を立てながら、重い決意を乗せて、夜の街道を走り続けた。




