第95話 いただきます!
三人は、騎士団長に背を向けたレイエス殿下を追って、王族専用の馬車へと向かった。
馬車の前に立ち止まったレイエスは、子供たち三人に微笑みかけた。
「コレットまで私も一緒に行こう。ちゃんと最後まで責任持って送り届けるよ。」
レイエスの言葉に、アリシア、ギル、キスティーは再び緊張したが、優雅な馬車に乗れることへの期待がそれを上回った。彼らは恭しく頭を下げ、深紅のベルベットの座席へと乗り込んだ。
その直後、レイエスも馬車に乗り込み、座席を深くした。彼の瞳は、子供たちの無邪気さと、その裏に潜む計り知れない力の両方を見据えていた。
その頃、騎士団長は、自らの愛馬に跨り、疲労と心労に打ちひしがれた顔で、馬車へと近づいた。
「殿下、わたくしは馬で並走いたします。もし万が一にも事態が起こりましたら、全身全霊で対処を…」
騎士団長の顔は土気色で、言葉の端々から昨日からの極限状態が滲み出ていた。
「ああ、騎士団長、無理はしないように。君の尽力には感謝している。」
騎士団長は、その言葉に「はっ」と答え馬車から距離を取った。
重厚な馬車の扉が閉じられ、ガタ、とわずかな振動とともに、馬車はゆっくりと動き出した。
王都の石畳を滑らかに進む馬車の中で、キスティーは、座席のあまりの柔らかさに、興奮を抑えきれずにいた。彼女は、ふかふかとした深紅のベルベットの座席の上で、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「わあ!気持ちいい!雲みたい!」
アリシアは、そんなキスティーの様子に優しく微笑んだが、すぐに優雅な仕草で注意を促した。
「キスティー、いけないわ。ここは馬車の中よ。レイエス殿下がいらっしゃるわ。落ち着いて座らなきゃ。」
ギルも、レイエス殿下がいる手前、落ち着かない様子で口を挟んだ。
「そうだって、キスティー。騒ぎすぎだ。また何かあったら、今度こそヤベェぞ。」
ギルの言葉は、昨日の騒動と「牢屋」への恐怖が、まだ心の奥底に残っていることを示していた。
キスティーは口を尖らせて、渋々二人の注意を受け入れた。
「んー…。みんなもすればいいのに!」
その様子を見て、レイエスは笑いながら言った。
「構わないよ。座り心地が良いのは、この馬車の利点の一つだ。ただ、あまり揺らすと、外の騎士団長が心配するかもしれないから、気をつけてね。」
レイエスのユーモラスな言葉に、キスティーは嬉しそうに座席に座り直した。
馬車が王都の門を抜け、コレットへと向かう街道に出ると、窓の外には鮮やかな緑が広がり始めた。その光景は、王都の喧騒とは打って変わり、旅の始まりを告げる穏やかなものだった。
馬車が安定した速度になり、しばらく静寂が訪れると、三人の腹の虫が主張し始めた。
まずギルが、持っていたお弁当の包みをチラリと見た。彼の胃袋は、昨日からの疲労と興奮で、強烈な空腹を訴えていた。
「……腹減ったな。」
ギルがぽつりと呟いた、その時だった。
キュルルルル~…
可愛らしい音が、馬車の中に響き渡った。それは、キスティーのお腹が鳴った音だった。キスティーは、両手でお腹を抱え、顔を真っ赤にして笑った。
アリシアは、二人の様子に優しく笑った。
「ふふ、お腹が空いたわね。私も少しお腹空いたわ。」
レイエス殿下は、その様子を見て、静かに微笑んだ。
「食欲があるのは、良いことだ。さあ、遠慮はいらない。宿の給仕が用意してくれたお弁当だ。道中、たっぷり時間をかけて食べてくれたまえ。」
その言葉に、三人はパッと顔を輝かせた。
「やったー!」
キスティーとギルは、興奮を抑えきれない様子で、早速お弁当の包みを広げ始めた。
宿の給仕が用意してくれたお弁当は、王族の客人をもてなすに相応しい、豪華絢爛なものだった。
包みを開けると、まず目に飛び込んできたのは、三段重ねの磨き上げられた漆塗りの箱。その中には、色とりどりの料理が、まるで宝石のように詰め込まれていた。
「うわあ…すごい!」
「なんだこれ…見たことねぇ…」
「どうやって作ってるのかしら?」
三人は、その豪華さに息を飲み、感嘆の声を上げた。
一段目には、手のひらサイズの小さな肉のパイが三種類。ハーブと香辛料が効いた仔羊肉、森のキノコとトリュフのペースト、そして王都近郊で採れた新鮮な野菜のグリルが、それぞれサクサクのパイ生地に包まれていた。
二段目には、色鮮やかな野菜のテリーヌと、サーモンのマリネが詰められていた。テリーヌは、人参やアスパラガス、カブなどが層を成し、まるでステンドグラスのように美しい。サーモンのマリネは、ディルとレモンで風味付けされ、キラキラと光っていた。
そして三段目には、一口サイズのサンドイッチが整然と並べられていた。パンは、全粒粉の香ばしいものと牛乳で練られた白いものの二種類。具材は、ローストビーフ、スモークチキン、そして季節のフルーツとクリームチーズの三種類だった。その全てに、王家の紋章を模した小さな金箔が添えられていた。
アリシアは、その美しさに目を奪われ、感嘆の息を漏らした。
「まるで宝石箱みたいね…!これ、本当に全部食べてもいいのかしら?」
ギルは、その豪華さに圧倒されながらも、食欲が理性を上回っていた。
「食べるに決まってんだろ!こんなん、一生に一度だぞ!」
キスティーは、すでに目がキラキラと輝いていた。特にフルーツのサンドイッチに釘付けになっていた。
レイエス殿下は、三人の心からの喜びに、心底安堵したように微笑んだ。
「もちろん。さあ、たくさん食べなさい。」
三人は、顔を見合わせ、声を合わせた。
「「「いただきます!」」」
静かな馬車の中に、一斉に食事が始まる音が響いた。
キスティーは、迷うことなくフルーツとクリームチーズのサンドイッチを手に取り、一口で頬張った。
「んー!美味しい!パンがふわふわで、フルーツが甘い!」
彼女の目尻は下がり、至福の表情を浮かべていた。彼女は、この豪華なお弁当が、おばあちゃんへの愛情を込めて作った料理と通じる、温かい心を感じていた。
ギルは、最もボリュームのあるローストビーフのサンドイッチを手に取った。彼は、王都での騒動のせいで消費したカロリーを取り戻すかのように、豪快に噛み付いた。
「うめぇ!肉が柔らかい!宿の給仕、やるじゃねーか!」
彼の頬は満足そうに膨らみ、その貪欲なまでの食欲は、彼の純粋な生命力を示していた。
アリシアは、まず仔羊肉のパイを上品に一口食べた。繊細なパイの層と、ハーブの香りが口の中に広がり、思わず目を閉じた。
「あら、美味しいわ。生地がサクサクで、お肉の味が濃厚ね。」
彼女は、レイエス殿下に向かって、感動で潤んだ瞳で感謝を述べた。
「レイエス殿下、こんなに豪華なお弁当、ありがとうございます。」
「ど…どういたしまして。給仕長も喜ぶよ。」
レイエスは、その眼差しにドキッとしながらも平静を装いながら、一口サイズのキッシュを優雅につまみ、子供たちの食事の様子を静かに見守った。
三人は、お互いに食べた料理の感想を言い合いながら、幸せそうに食事を進めた。
アリシアは、そんなみんなの様子を微笑ましく見つめながら、王都での激しい疲労がこの穏やかな時間によって癒されていくのを感じていた。




