第93話 私の頭が悪いのか…
夜が深まり、王城は静寂に包まれていた。コックローチ団の尋問を終えた騎士団長は、報告義務を全うすべく、重い足取りでレイエスの執務室へと向かった。彼の顔の土気色は取れず、全身からは鉛のような疲労感が滲み出ている。
騎士団長がノックをし、重厚な扉を開けて入ると、レイエスは机上の書類から顔を上げた。
「ああ…騎士団長か。どうかしたか?今日は街の巡回警備に行くと聞いていたが。」
レイエスの声には、まだ日中の執務の疲れが残っている。
騎士団長は、疲れ切ってはいるものの、職業的な規律に従って背筋を伸ばし、報告を始めた。
「はっ!巡回中、ある事件がありまして…」
レイエスは、そのただならぬ雰囲気にすぐに気づいた。
「事件?騎士団長が事件と言うのだから、小さなものではないな。話せ。」
騎士団長は意を決し、顔を上げて話し出した。彼の声は、昨日の恐怖を思い出すたびに微かに震えた。
「結論から申しますと、巡回中に、現在王都を震撼させておりました極悪犯罪グループ、コックローチ団の逮捕に成功致しました。」
レイエス殿下の顔が明るくなった。長らく王都の治安を脅かしていた重犯罪組織の逮捕は、まさに朗報だった。
「おお!それはすごいではないか!大手柄だ!リリアナも誘拐されないか心配していたしな。これで安心出来るな。」
レイエスは心底安堵し、続けた。
「で、それの何が問題なのだ?」
騎士団長は、その問いに、言葉に詰まった。報告の核心が、あまりにも常識外れだからだ。
「それが…その…騎士団が捕らえたわけではなく…その…」
口ごもる騎士団長に、レイエスは堂々とした風格で促した。
「構わない、話してくれ。」
騎士団長は、観念したように意を決して報告した。
「はっ!では…この事件の解決に、例の三人の子供たちが関わっております。コックローチ団壊滅は、三人のおそらく買い物中の『遊び』かと…。」
レイエス殿下の表情は、一瞬にして驚愕に染まった。
「…!まさか、ここでもか…街中でも…いや、城でも壊す子供たちだしな…」
彼は、子供たちが城の訓練場で起こした騒動を想像し、思考を巡らせた。
騎士団長は、その時の記憶が鮮明に蘇り、全身に震えが走るのを感じた。
「今回、キスティーが迷われたのが発端で、アリシアが…あー…その、なんと言いますか…いくら聞いても詳細はよくわからなかったのですが、極大魔法を乱発し、途中、ギルバートがその極大魔法の破壊などを行い、結果として、コックローチ団の逮捕に繋がっております。」
レイエスはその報告に、もはや困惑を通り越して恐怖を感じた。彼の顔は引きつる。
「待て、まてまて…極大魔法だと、乱発?伝説級のものだぞ?書物によれば、一つ発動するのも、それは魔法陣を描き、詠唱も複数人で行い、魔力を繋げ、とても時間のかかるものだと…。彼らならば、それはもちろん無詠唱で…だろう?乱発?そもそも魔力は尽きないのか?それを街中でだと…」
街でそんな人類の理を超越した出来事が行われていたかと思うと、今自分が生きていることが奇跡的に思えてきて、レイエスの震えが止まらなかった。
「それで…それで…被害は!?どうなんだ!」
レイエスは、落ち着きなく、焦燥を露わにする。
騎士団長は、苦渋の選択を迫られたかのように、渋い顔で答えた。
「それが…被害者はおりません。ただ…家屋が一棟壊れ…ではないか…《《消滅》》致しました。跡形もなく…」
レイエスは、その言葉の意味を理解できず、けげんな顔をした。
「被害者はいない?…まあそれはいいことだが、家が《《消滅》》とは何だ?どういう事だ?意味が分からない。」
騎士団長は、苦虫を噛み潰したような顔で、震える唇を動かした。その表情には、絶望が全て凝縮されていた。
「言葉の通りでございます…。消えたのです…瓦礫一つも残らずその場にあったもの全てが。アリシアの極大魔法の空間の狭間に全て飲み込まれました。」
「空間の…狭間?おとぎ話か?何を言っているのかわからん…私の頭が悪いのか…」
レイエスは、いくら考えても、自分の知識と経験でその現象を理解することはできなかった。彼の頭の中では、常識が音を立てて崩壊していた。
レイエスは諦め、深く息を吐き出した。
「もういい…。結果だけにしよう。騎士団長、コックローチ団捕縛、よくやった。」
レイエスは、子供たちの超常的な力を無視し、事件解決という結果だけに焦点を当てた。完全な現実逃避を行う結果となった。
騎士団長は、その言葉に、安堵と同時に涙が流れるのを感じた。彼の絶望的な心労が、ようやく報われた瞬間だった。
「はっ!お褒めに預かり光栄にございます!」
騎士団長は深く頭を下げ、崩れ落ちそうになる体をなんとか支えながら、執務室を辞した。部屋から退出した騎士団長は、窓の外の月を見上げ、今日絶望的な状況から無事に帰還することができ、報告を上げられたこと、職務を全うできたことを、心の底から喜び涙を流した。
一人残されたレイエスは、再び深く考え込んだ。
「子供たちか…。絶対に扱いを間違ってはならないな…。しかし、しっかり導いてやらねばなるまい。国を治めていく立場のものとして、国民の安寧のために、そして子供たちが正しく生長するために…。」
レイエスは、その途方もない力を持つ子供たちを、国の脅威ではなく、希望として扱うことを、心に硬く誓った。




