第91話 命の源だから!
『銀の月桂樹』の静謐な店内で、キスティーの瞳は、花びらを象ったオレンジ色の小皿に釘付けになっていた。その鮮やかな色彩は、彼女が思い描くおばあちゃんの明るい笑顔と、食卓を飾る様子に重なった。
「これにする!」
キスティーは、ためらいなくその小皿を指差した。彼女の頭の中で、その皿はすでに合格点を得ていた。
店員は、優しく微笑み、その言葉に応えた。
「素敵なお選びです。このお皿は、実用性と華やかさを兼ね備えておりますから、きっとおばあ様にも喜んでいただけますよ。軽量で扱いやすいですから、毎日使っていただけると思います。」
アリシアも、その皿を手に取り、納得。
「本当に綺麗ね。しかも、確かに軽くて丈夫そうだわ。これなら安心ね、キスティー。」
ギルは、相変わらず無関心でしたが、これでようやく解放されるという安堵から、大きな声で言いった。
「よし、決まったな!早く会計済ませてくれ!俺、もう腹減って倒れそうだ!」
アリシアはギルを睨み、小さな声でいさめた。
「もう!静かにして!お店の方に失礼でしょ!」
キスティーは、店員に丁寧に包んでもらったお皿を大切に抱え、満面の笑顔で店を出た。店員は、割れないようにと何重にも上質な紙と布で包み、さらにリボンをかけて渡してくれた。その手の中の包みは、単なる陶器ではなく、おばあちゃんへの愛情と旅の思い出が詰まった宝物であった。
「お皿、買えたね!よかった!」
『銀の月桂樹』を出てすぐ、大通りを少し歩いた角に、王都一の賑わいを見せる老舗のお菓子屋が列を作っていた。店先には、色とりどりの飴細工や、珍しい香辛料を使った焼き菓子が、まるで宝石のように並べられていた。店の周りには、バターと砂糖の甘い香りが漂い、道行く人々の足を止めさせていた。
キスティーの目がお皿の包みから、そのお菓子たちの輝きへと移った瞬間、彼女の表情は一変した。瞳はきらきらと輝き、まるで獲物を見つけた猛獣のように、そのお菓子屋へと吸い寄せられて行った。
「わぁ!すごい!ここのお菓子、見たことないものばっかり!」
キスティーは、アリシアとギルの制止も聞かず、一直線に店内へ。彼女の頭の中は、もはやおばあちゃんのお土産のことよりも、自分へのお土産でいっぱいになっていた。
「これ!この星の形をした砂糖菓子!あと、このフルーツの香りのするキャラメルも!あっ、あと薔薇のジャムが入ったタルトも全部!おまけ付きのチョコもある!王都限定!」
キスティーは、次から次へと、大きな紙袋に山盛りにお菓子を詰め込み始めた。彼女の購買意欲は、この旅で溜め込まれた食いしん坊のエネルギーが、一気に爆発したかのように凄まじいもの。その勢いは、まるで買いだめというよりも、一種の収集癖のようだった。
その様子を見たアリシアは、呆れと疲労が入り混じった顔で、額に手を当てた。
「ちょっとキスティー!そんなに買ってどうするのよ!?荷物増えるでしょう!また途中で落としたりしたら…!」
ギルも、呆れを通り越した顔で言いった。
「おいおい、買いすぎだろ!さっき人さらいに会ったばっかだぞ?そんなに食い物持ってたら、またヤベェ奴に狙われたらどうすんだ!」
ギルの言葉は、冗談めかしていたが、その目には疲労の色が濃く、本音が含まれていた。彼は、串焼き肉で少し回復したとはいえ、これ以上、キスティーの無邪気さと食欲に振り回されるのは御免だと言わんばかりに。
しかし、キスティーは、そんな二人の心配もどこ吹く風。店員に支払いを済ませると、お皿の包みと巨大なお菓子の袋の二つを抱え、満足げにニコニコと笑った。
「大丈夫だよ!お菓子は命の源だから!私、このお菓子があれば、ギルのぶんまで頑張れるよ!」
そう言って、キスティーは誇らしげに胸を張ってみせた。その胸元は、買ったばかりのガムやキャンディでパンパンに膨らんでいた。
アリシアは、そのお菓子モンスターのキスティーに、もう何も言う気力が失せてしまった。
「はぁ…もういいわ…。宿に帰るわよ。なんかどっと疲れたわ…。」
アリシアは、諦めを通り越した疲労を滲ませながら、宿へと向かう道を先に歩き出した。
夕暮れが終わり、王都の街灯が灯り始めた帰り道。アリシア、ギル、キスティーの三人は、それぞれのお土産の包みと、大量のお菓子の袋を抱えて満足した顔で歩いていた。
三人には今日の破壊と騒動は、すでに遠い過去の出来事となっていた。
宿の門をくぐり、やっと買い物の楽しい一日が《《無事》》に終わった。




