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第9話 え?王子様と一緒に?

 その頃、キスティーは畑仕事と、おばあちゃんとの井戸端会議を終えていた。今日のコレットの町も、兵士たちの姿はあるものの、相変わらず穏やかで、時間がゆっくりと流れている。


「よしっ!これで今日の分はおしまい!」


 キスティーは、土のついた手をパンパンと叩くと、軽やかな足取りで家を出た。向かう先は、もちろんアリシアとギルの家だ。


「アリシアー!ギルー!遊ぼー!」


 いつものように大声で呼びかけると、すぐにアリシアが薬屋の戸から顔を覗かせた。


「あら、キスティー。もうお手伝い終わったの?」


「うん!今日は何して遊ぶー?」


 キスティーが目を輝かせて尋ねると、そこへギルが鍛冶場から、顔に煤をつけたまま現れた。


「おう、キスティー、アリシア。また魔獣の森か?」


 ギルが、やれやれといった表情で言う。


「えー、でも森は昨日行ったばっかりだしー。」


 キスティーが口を尖らせる。


「じゃあ、今日は町の外れの小川で魚釣りなんてどう?お昼ご飯は捕まえた魚を焼いて食べるのよ。」


 アリシアが提案すると、キスティーはパッと顔を輝かせた。


「いいじゃんそれ!アリシアの魚の焼き方、美味しいし!」


「俺は別にどこでもいいぜ。キスティーが変なことしなきゃな。」


 ギルが釘を刺すように言うと、キスティーはプイッと横を向いた。


「もう!ギルはすぐそうやって言うんだから!」


 三人は小競り合いをしながらも、楽しそうに今日何をして遊ぶかを話し合っていた。彼らにとって、毎日の「遊び」は、何よりも大切な時間だった。


 レイエス王子は、町の広場で彼らを見かけた。昨日森で見た時と同じ、騒がしい三人の姿だ。彼らの周囲だけ、明らかに空気が違う。レイエスの胸には、彼らの「普通」ではありえない力を解き明かしたいという衝動が募っていた。


「殿下!まさか、直接接触なさるおつもりですか!?」


 騎士団長が、レイエスの意図を察して慌てて駆け寄ってきた。


「彼らはただの庶民です!王族の殿下自らお声がけなさるなど…」


「黙れ。」


 レイエスは、騎士団長の言葉を遮るように冷たく言い放った。彼の瞳には、強い意志の光が宿っている。


「これ以上、遠巻きに見ていても何も分からない。あの者たちが、この町の平穏の鍵を握っている。そうとしか考えられん。」


「しかし…!」


 騎士団長がなおも食い下がろうとするが、レイエスはすでに彼の制止を振り切り、三人の子供たちの方へと歩き出していた。護衛の騎士たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。


「…さて、今日はお魚か。アリシア、私の分もたくさん釣ってね!」


「自分で釣るのよ!」


「えー!」


 キスティーたちがいつものように騒がしい会話を交わしている、まさにその時だった。


「…君たち、少し良いか?」


 澄んだ、しかしどこか気品のある声が、三人の会話を遮った。振り向くと、そこに立っていたのは、昨日広場で騒動になった、あの視察団の青年――レイエス王子だった。彼の隣には、青ざめた顔の騎士団長が、冷や汗をかきながら立っている。


 三人の子供たちは、突然の人物の登場に、ぴたりと動きを止めた。


 レイエス王子の突然の問いかけに、キスティー、アリシア、ギルバートの三人は、まるで石になったかのようにぴたりと固まった。昨日の広場での騒動、そしてその後の騎士団長からの長々とした説教が、彼らの脳裏をよぎる。


(え、まさかまた怒られるの…?やっぱり捕まるの!?)


 キスティーは思わずギルの背中に隠れようとする。アリシアも顔色を青ざめさせ、不安げに二人を見つめた。ギルは、眉間にしわを寄せ、警戒するようにレイエス王子を睨む。


「……また、お説教ですか?」


 ギルが、絞り出すような声で尋ねた。彼の声には、すでに諦めとげんなりとした感情が混じっている。


 レイエス王子は、そんな彼らの反応を見て、微かに口元を緩めた。そして、三人が予想だにしなかった、意外な提案を口にする。


「いや、違う。…君たちの『遊び』に、俺も同行させてほしい。」


 レイエス王子の言葉に、今度は騎士団長が顔面蒼白になった。


「殿下!?な、何を仰せですか!?そのようなご提案は、王族の威厳に関わります!それに、先ほどまで魔獣が生息する森へ向かおうとなさっていたではありませんか!危険すぎます!」


 騎士団長は慌ててレイエスの前に立ちはだかり、必死に進言する。しかし、レイエスは全く聞く耳を持たない。彼の視線は、真っ直ぐに三人の子供たちに向けられていた。


「黙れ。これは命令だ。それに、危険など承知の上だ。昨日、君たちの力を見た。ならば、その力を近くで見てみたい。」


 レイエスの言葉は、王子の威厳に満ちており、騎士団長はこれ以上逆らうことができない。悔しそうに顔を歪めながらも、彼は一歩後ずさった。


 三人の子供たちは、予想外の展開に再び固まる。自分たちの遊びに、王族が同行したいだなんて、聞いたこともない話だ。


「え、一緒に…?」


 キスティーが、目を丸くして呟いた。


「どうする、ギル…アリシア…。」


 アリシアが、困ったようにギルに目配せをする。ギルは腕を組み、唸るように考え込んだ。王子の言葉に逆らうのは、流石にまずいだろう。しかし、自分たちの、あのハチャメチャな遊びに王族を巻き込むなど…。


「……仕方ねぇな。」


 ギルは、観念したようにため息をついた。


「別にいいけどよ。ただし、俺らはいつも通りだからな。それと、もし怪我しても、俺らは知らねぇからな。」


 ギルの言葉に、キスティーは不満げに口を尖らせた。


「えー!ギルったら!う〜ん、でも、王子様と一緒に遊ぶのって、なんか面白そうかも!」


 アリシアも、やや緊張した面持ちながら、ふわりと微笑んだ。


「そうね。めったにない機会だもの。でも、本当に騒ぎは起こさないでね、キスティー。」


「わかってるってばー!」


 キスティーは不満げに答えるが、その顔はどこか楽しそうだった。こうして、レイエス王子は、半ば強引に、しかし子供たちの承諾を得て、彼らの「遊び」に同行することになった。王国の命運を握るかもしれない出会いは、予期せぬ形で幕を開けたのだった。

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