第78話 かわいい小柄な女の子…
ギルは、ハンマーの音が響く鍛冶屋の前に立っていた。店の奥からは、赤く焼けた鉄を叩く、力強い音が聞こえてくる。火花が飛び散り、鉄が形を変えていく様子は、まるで魔法を見ているかのようだ。店の前には、様々な種類の道具が並べられており、ギルは目を輝かせながらそれらを眺めていた。
「うわぁ、すげぇ…」
彼の父親は、町の鍛冶屋だ。小さな町では、道具を作るだけでなく、農具の修理や、簡単な馬車の修理なども請け負っている。そんな父親の姿を、ギルはいつも尊敬していた。自分もいつか、父親のように、人々を助ける道具を作れるようになりたいと、密かに夢見ていた。
「父ちゃん、いつも俺に道具を作ってくれるから、俺もなんか役に立ちそうないいもん見つけてやんだ!」
ギルは、そう意気込みながら、店内へと足を踏み入れた。店内は、鉄の匂いと、燻された匂いが混じり合い、独特の空気が漂っていた。壁には、様々なサイズのハンマーや、ペンチなどが、整然と並べられている。どれもこれも、職人の手によって使い込まれた道具ばかりだ。
「いらっしゃい、坊主。何かお探しかな?」
店の奥から、威勢のいい声が聞こえてきた。赤く焼けた鉄を叩いていた職人が、ギルの方へと顔を向けた。その顔は、煤で汚れているが、その目は力強く、優しい光を宿していた。
「あ、はい!父ちゃんの役に立つ道具を探してるんです!」
ギルは、少し緊張しながらも、そう言って、自分の父親が鍛冶屋であることを話した。すると、職人は興味深そうに目を細めた。
「へえ、坊主の父ちゃんも鍛冶屋なのか!そいつはいいね!どんな道具が必要なんだい?」
職人は、ギルを店の奥へと案内し、様々な道具を見せてくれた。ギルは、一つ一つ手に取り、その重みや、バランスを確かめる。どの道具も、父親が使っているものとは少し違うが、職人のこだわりが詰まっているのが分かった。
「これ、すげーな!何に使うんですか?」
「これはな、釘をまっすぐにしたり、鉄を加工したりするのに使うんだ。繊細な作業に向いてるんだぜ。」
職人は、そう言って、ギルの質問に丁寧に答えてくれた。ギルは、その話に夢中になり、時間を忘れて道具選びに没頭した。まるで、父親と話しているかのような温かい時間が流れていた。
やがて、ギルは、一つの道具に目を留めた。それは、手のひらに収まるほどの小さなハンマーだった。しかし、そのヘッドの部分には、細かな溝が刻まれており、小さな細工をするのに適していそうだった。
「これ、父ちゃんがよくやってる細かな作業に使えるかも!」
ギルは、そう言うと、その小さなハンマーを買うことに決めた。職人は、ギルの目の輝きを見て、満足そうに頷いた。
「いい道具を選んだな、坊主。そのハンマーは、坊主の父ちゃんの仕事の幅を広げてくれるだろうよ。」
ギルは、誇らしげな顔で、ハンマーを大事にリュックにしまった。
「ありがとうございます!」
彼は、職人に深々と頭を下げた。
そして、もう一度周りを見渡した。店の片隅に、見たこともない奇妙な鉄鉱石が置いてあった。それは、黒光りしており、不規則な形をしている。ギルは、その鉄鉱石に興味を惹かれ、職人に尋ねた。
「おっちゃん、これ、何だ?」
「おお、それかい?まだ加工してない、これからのものだ。最近見つかった新しい種類でな。その大きさでも大人5人くらいでないと持てないんだぞ。」
職人は、そう言って、その鉄鉱石の希少性を語った。ギルは、その話に目を輝かせた。
「すげぇー…そんなのがあるのか?俺それほしい!持って帰ってそれですげぇーの作りたい!」
「ははは、それは難しいだろう…」
職人は、ギルをからかうように言った。その鉄鉱石は、見た目以上に重く、持ち上げるだけでも一苦労なのだ。
「…じゃあ、持てたらそのまま持って帰っていいぞ!」
ギルは、その言葉に、目をさらに輝かせた。
「ホントか?よし!じゃあ持つぞ!」
ギルは、職人の言葉を真に受け、その鉄鉱石に両手をかけた。そして、力を込めて持ち上げようとした。
「うりゃー!」
次の瞬間、職人の驚くべき光景が目の前で繰り広げられた。ギルは、まるで軽い石ころでも持ち上げるかのように、その鉄鉱石を軽々と持ち上げてしまったのだ。
「な、な、なんて馬鹿力だ…」
職人は、口をあんぐりと開け、絶句した。しかし、すぐにその驚きは、豪快な笑い声へと変わった。
「がははは!持ってけ!すげぇーもん作れよ!」
職人は、ギルが持つ鉄鉱石を指差して、快くそう告げた。ギルは、満面の笑みで、再び深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
彼は、職人に丁寧に感謝を告げると、大事そうに鉄鉱石を抱え、店を出た。
ギルが鍛冶屋を出ると、店の外には、彼を待ち伏せしていた人さらいの男の仲間がいた。その顔は、いかにも悪役ですと言わんばかりの、狡猾な笑みを浮かべている。
(このガキ、デカいな…少し強く叩くしか方法はないか…)
この人さらいの男も、頭はあまり良くないようで、力技で連れ去ることしか思いつかない。いつも問題なくそれで事足りるから、考える必要もないのだろう。ギルが抱えている鉄鉱石など全く気づいていない。
ギルは、そんな男の存在には気づかず、大事そうに鉄鉱石を抱えていた。
「そろそろアリシアも終わったかな?行ってみるか。」
彼はそう呟くと、アリシアのいる銀細工店の方角へと歩き出した。人さらいの男は、人けがなくなるのを待ちながら、後ろから見つからないように、ゆっくりとギルの後をつけた。
その頃、アリシアの悲鳴が轟いた場所には、その異常な音を聞きつけた町を警ら中の騎士団員数人が駆けつけていた。現場は、焦げ臭い匂いが立ち込め、地面には、雷に打たれたかのような跡が残っている。そして、その焦げた地面には、黒焦げになった「害虫」と男が倒れていた。
団員の一人が、倒れている男の顔を見て、驚きの声を上げた。
「団長!これは、今王都を恐怖のどん底に陥れている、人さらいの一味、コックローチ団の指名手配の男です!」
「何!?」
騎士団長は、信じられないという顔で、その男の顔を覗き込んだ。
「あれだけ足取りが掴めなかったやつらが、何故ここに黒焦げで倒れているのだ…この晴天で雷に打たれただと?…いや…誰かと戦ったのか?目撃者はおらんか!誰か…」
騎士団長は、周囲を見渡すと、銀細工店の店員さんが手を挙げた。
「はい!私、見ました…と言っても、眩しすぎて、まじまじ見たわけじゃないんですけど…」
店員さんは、震える声で話し始めた。
「いきなり無数の雷がピカピカピカッて落ちてきたかと思ったら、バババババッて音がして、その人焦げてて…で、その近くにもう一人いて。あっちに歩いて行きました。あ、でもその子は、うちでお母さんのお土産を選んでいった、かわいい小柄な女の子なので、関係ないと思うけど…」
「お土産…かわいい小柄な女の子…まさかな…」
騎士団長は、その言葉を聞いて、昨日までの悪夢が一気に蘇ってきた。子供たちの無邪気な「遊び」によって、さまざまな常識が覆っていった、あの悪夢のような日々が。
(まさか…な?そんなわけ…な?)
騎士団長の顔は、一気に青ざめた。今日は殿下もお城で執務のため、騎士団員たちと街の警備に回っていたが、まさかこんな事件に出くわすとは思ってもいなかった。平穏な心休まる1日と思い、町の警らに出たのだが、それにあの子供たちが関係しているかもしれない。
騎士団長は、頭を抱えた。この街の平和は、一体、誰によって守られているのだろうか。そして、この国は、一体、どこへ向かうのだろうか。彼の心は、再び、とめどない疲労と不安に襲われ始めていた。




