第75話 食いしん坊じゃないもん!
三人は、テーブルの上の空になった皿やカップを前に、満足そうに息をついた。賑やかな街の喧騒が、彼らの満たされた心に心地よく響く。
「美味しかった〜!こんなのコレットじゃ食べられないよね!」
キスティーは、お腹をさすりながら、心底幸せそうに言った。いつものコレットでは味わえない、この街ならではの美食に、彼女の心は満たされていた。
「この肉すげー美味かった!何の肉か分かんねーけど、すげー美味かった!」
ギルは、串焼きを食べ終わった串を振り回しながら、興奮気味に叫んだ。彼の顔には、豪快な肉を堪能した満足感が満ち溢れている。
「あー、もうお腹いっぱいよ。こんな美味しいプレッツェル、お家で焼けたらいいのになー。」
アリシアは、残りの甘いドライイチジクのスコーンを一口食べながら、うっとりと呟いた。彼女の表情は、美味しい料理に満たされた、穏やかな幸福感に包まれていた。
食事が終わり、三人はテーブルの上の空のトレーを返却し、きちんとテーブルを綺麗にしてごちそうさまをした。そして、アリシアがパンと手を叩き、明るく言った。
「さあ!お土産探すわよ!」
その言葉に、三人の顔は、再び期待に満ちた表情へと変わった。
「うん!おばあちゃん喜ぶの探さないと!」
キスティーは、そう言って、早くも次の目的地を探し始めた。
「おう!俺も父ちゃんの好きそうなやつ探すぞ!」
ギルも、拳を握りしめ、意気揚々と答える。
「お母様喜ぶのあるかしら?」
アリシアも、自分の母親の顔を思い浮かべながら、胸を高鳴らせた。
「あ、ちゃんと自分のも探さないとね!」
アリシアがそう付け加えると、キスティーは満面の笑みで頷いた。
「もちろん!たくさんね!」
ギルが「たくさん」という言葉に反応し、キスティーに注意した。
「キスティー、どうせお菓子買うんだろ?リュックに入る量にしろよな!」
キスティーは口を尖らせながら言い返した。
「そんなに食いしん坊じゃないもん!ギルだってお肉ばっかり買わないでよね!」
それを聞いてアリシアは呆れながら言った。
「キスティー、あなたは食いしん坊よ。」
キスティーは口を尖らせたまま、プイッと横を向いた。
三人は、それぞれの目的を胸に、再び街の雑踏の中へと足を踏み入れた。
人さらいの男は、彼らがテーブルを立つと、再び静かに後をつけ始めた。外套のフードを深く被り、決して目立つことなく、しかし確実に、彼らの動きを追っていく。途中で仲間に連絡を取るため、壁に暗号を残し三人を追っていることを知らせた。男の頭の中は、身代金で手に入るであろう、莫大な金のことでいっぱいだった。
三人は、それぞれが向かうお店を、楽しそうに話し合った。
「ねえ、アリシア、ギルはどこ行くの?」
キスティーが、二人に問いかける。
「俺は鍛冶屋だ!父ちゃん、いつも俺に道具を作ってくれるから、俺もなんか役に立ちそうないいもん見つけてやんだ!」
ギルは、力強くそう言って、鍛冶屋の看板を探した。
「じゃあ私は、銀細工のアクセサリーのお店にしようかな。お母様、アクセサリー大好きだから。」
アリシアは、そう言って、ショーウィンドウに飾られているような、きらびやかな銀細工のさまざまなアクセサリーを思い浮かべ目を輝かせた。
「じゃあ私は、食器のお店にする!おばあちゃん、新しいお皿欲しがってたんだ!」
キスティーは、そう言って、楽しそうに微笑んだ。
三人は、それぞれの目的を胸に、街を歩き始めた。活気ある通りを抜けて、少し落ち着いた裏通りへと入っていく。そこには、小さな工房や、職人の店がひっそりと軒を連ねていた。
やがて、目的の場所が見えてきた。ギルは、ハンマーの音が響く鍛冶屋の前に立ち止まった。店の奥からは、赤く焼けた鉄を叩く、力強い音が聞こえてくる。
「じゃあ、俺、ここな!」
ギルは、そう言うと、期待に満ちた顔で店の中へと入っていった。
「ギル、また後でねー!」
キスティーが、ギルの背中に向かって手を振る。
アリシアとキスティーは、そのまま道を歩き続けた。しばらく歩くと、ガラス張りのショーウィンドウに、繊細な銀細工が飾られたお店が見えてきた。
「じゃあ、私はここにするわ。キスティー、また後でね。」
アリシアは、そう言って、銀細工の店へと向かおうとした。
「うん!アリシアもまたね!」
キスティーは、そう言って、アリシアに手を振ると、今度は一人で、食器の店を探し始めた。
三人は、それぞれの道へと分かれていった。子供たちの無邪気な笑顔が、別々の場所へと散っていく。
その様子を、人さらいの男は、静かに見つめていた。
「三人バラバラになったか…ちょうどいい。一人ずつ確実に…」
男は、ニヤリと笑うと、キスティーの後を、ゆっくりとつけ始めた。彼の目には、もう、無防備な獲物を捕らえることしか見えていなかった。
キスティーは、そんな男の存在に全く気づいていなかった。彼女の頭の中は、ただひたすらに、おばあちゃんに喜んでもらうためのお皿を探すことでいっぱいだった。




