第72話 仕方ないね!
馬車が宿の前にゆっくりと止まった。静かに揺れていた車内から、最初に身じろぎしたのはアリシアだった。うっすらと目を開け、窓の外に広がる、宿の明かりが灯る夜の景色をぼんやりと見つめた。隣を見ると、キスティーがアリシアの膝を枕に、口を半開きにして気持ちよさそうに眠っている。その口元から、小さなよだれがひと筋、銀色の髪に垂れていた。
アリシアは、その無邪気な寝顔を見て、ふわりと微笑んだ。静かにハンカチを取り出すと、そっとキスティーの口元を拭ってやる。そして、優しく声をかけた。
「キスティー、ついたわよ。」
しかし、キスティーはまだ夢の中だ。すやすやと心地よさそうな寝息を立てるばかり。アリシアは、もう一度声をかける。
「キスティー!ご飯食べちゃうわよ!」
その言葉を聞いた瞬間、キスティーの目がカッと見開かれた。
「ダメ!ご飯食べる!」
そう叫んで飛び起きると、馬車の中でキョロキョロと周りを見渡す。
「あれ?ご飯は?」
アリシアは、そんなキスティーの様子を見て、くすくすと笑った。
「おはよう、ついたわよ。」
そのやり取りに、ギルも目を覚ました。大きなあくびを一つすると、元気な声で言った。
「おう、ついたな!」
三人は、馬車から降りた。すると、馬車と並走していた騎士団長が降りてきて、後ろからレイエスがやってくる。
「じゃあ今日は、お疲れ様。ゆっくり休みなさい。」
レイエスは、優しい声で三人を見つめた。
「明日はぼくは一緒にいられないから、街に出て楽しんでくるといい。お土産もたくさん買っておいで。」
その言葉に、キスティーは深々と頭を下げた。
「楽しかったです。ありがとうございました!」
ギルは、力強く拳を握りしめ、満面の笑みで言った。
「すげえ面白かったです。ありがとです!」
アリシアは、感謝の気持ちを込めて、優しく微笑んだ。
「今日は色々してくださって、ありがとうございました。またご一緒してくださいね!」
いつものリリアナであれば、この言葉に飛び出してきて、アリシアを怒鳴り散らしていただろう。しかし、彼女は馬車の中で未だ眠ったままだ。骸骨の頭を直接持ってしまった衝撃は、相当に大きかったようだった。
「殿下、そろそろお時間が。」
騎士団長が、疲労困憊の顔でレイエスに声をかけた。
「ふむ、それじゃあみんなまた。」
レイエスは、そう言って、リリアナの馬車へと向かっていった。
「「「おやすみなさーい!」」」
三人は、元気いっぱいに手を振った。
レイエスとリリアナ、そして騎士団長を乗せた馬車が、夜の闇へと消えていくのを見送ると、三人は宿の中へと足を踏み入れた。
まず向かったのは、お風呂だ。一日の汚れを落とすため、アリシアとキスティーは、お部屋の。浴場へと向かった。
キスティーは、部屋に戻るやいなや、服を脱ぎ始めた。
「アリシアも早く!早く!」
そう言って、服を脱ぎ散らかしながら、もう湯船の前でアリシアを手招きしている。
「もうキスティー!ちゃんと脱衣所で脱いで!」
アリシアは、そう言いながら、キスティーが脱ぎ捨てた服を拾い集め、脱衣所へと戻った。
「今行くわ。」
アリシアは、そう言って、ちゃんと脱衣所で服を脱ぎ、きれいに畳んでから湯船へと向かった。
二人は、湯船に浸かりながら、今日の出来事を話した。
「今日はアリシアの勝ちだったね。ちょっと悔しい!」
キスティーが、少し唇を尖らせながら言った。
「たまには私も勝たないとねー。」
アリシアは、そう言って笑った。
「あのさ、リリアナ様、こわかったよね…」
キスティーの言葉に、アリシアの表情が少し曇った。
「もう…思い出したくないわ…」
アリシアは、心底うんざりしたように言った。しかし、キスティーはニヤニヤしながら、アリシアに顔を近づけた。
「アリシア、もう恋のライバル確定だもんね!これからも大変だよ!」
「うーん…もう!そんなんじゃないってば!私、レイエス殿下のことは何とも思ってないし…そもそも身分が違うでしょ。ほんとに困ってるのよ!もう!キスティー楽しんでるでしょ?」
アリシアの言葉に、キスティーは笑いながら応えた。
「えー?ほんとに何とも思ってないの?あやしい〜。アリシア可愛いから仕方ないね!」
そう言って、アリシアに抱きついた。
「もう!からかわないの!」
アリシアは、そう言いながらも、抱きついてきたキスティーを優しく受け止めた。その後、二人は、お互いの背中を洗いっこしたりしながら、ゆっくりとお風呂を楽しんだ。
お風呂から上がると、アリシアは、タオルでキスティーの髪を丁寧に拭いてあげた。そして、二人は、きれいな服に着替えた。
廊下から、ギルの声が聞こえてくる。
「先にご飯行くぞ!」
彼は、もう待ちきれないといった様子で、二人に声をかけた。
「じゃあ行きましょうか。」
アリシアは、キスティーの髪を乾かし終えると、微笑んで言った。
「アリシア、ありがと!」
キスティーは、そう言って、アリシアの手を握り、二人はギルの後を追って、食事室へと向かった。
食事室に着くと、そこには、豪華な料理が並んでいた。湯気を立てる温かいスープ、こんがりと焼かれた肉の塊、彩り豊かな野菜のソテー、そして、ふっくらと焼かれたパン。一日の冒険と疲労を癒すかのような、温かく、そして美味しい香りが、部屋中に満ちていた。
キスティーたちは、急いで席に着いた。
「食べようぜ!」
ギルの声に、三人は声を揃えた。
「「「いただきまーす!」」」
三人は、楽しく今日のことを話しながら、とても幸せそうに食事を始めた。彼らの顔は、今日の楽しい出来事と、美味しいご飯への満足感で、満ち溢れていた。楽しい一日の締めくくりに、これ以上ないご馳走だった。
楽しい食事の時間が終わり、三人は、それぞれの部屋へと戻っていった。廊下でギルと別れる時、キスティーが満面の笑みで手を振った。
「ギル、おやすみー!」
ギルも、力強く応える。
「おう!アリシア、キスティー、おやすみー!」
アリシアは、優しく微笑んで言った。
「うん、おやすみなさい。」
それぞれの部屋の扉が閉まる音がして、廊下は静寂に包まれた。
アリシアとキスティーの部屋は、豪華な調度品で飾られていた。ふかふかの大きなベッドが、部屋の中央に鎮座している。部屋に入ったキスティーは、そのベッドに向かって、一直線に駆け出した。そして、勢いよくベッドにダイビングする。
「こらキスティー!飛び込まないの!」
アリシアが、思わず声を上げた。しかし、キスティーは、柔らかいベッドの感触に、幸せそうに身をよじらせた。
「アリシアもしたら気持ちいいよ!」
そう言って、アリシアに手招きをした。
「今日も一緒に寝ようね!」
アリシアは、その言葉に、嬉しそうに微笑んだ。
「しょうがないわね。」
そう言って、キスティーの隣に潜り込む。キスティーは、アリシアに抱きつき、幸せそうな寝息を立て始めた。
「アリシア、大好き!」
そう呟くと、彼女はすぐに深い眠りに落ちていった。アリシアは、そんなキスティーを優しく受け止め、その小さな頭をそっと撫でた。
「ありがと、キスティー。」
そう呟くと、アリシアもまた、穏やかな眠りへと誘われていった。今日の長い冒険の疲れが、心地よい眠気となり、二人を包み込んでいく。温かい毛布と、隣にいる大切な友達の温もりに包まれ、二人は、安らかな夜を過ごすのだった。




