第70話 本当に…ありがとう
レイエスたちは、洞窟の入り口へと向かおうとした。
「その前に、お片付けだね!」
キスティーが、そう言って、パンと手を叩いた。彼女にとって、この一連の出来事は、ただの楽しい「遊び」であり、終われば、きちんと後片付けをするのが、当たり前のことだった。
「…お片付け…?」
レイエスは、その言葉に、困惑した。目の前には、白い粉となって消え去った無数の骸骨兵と、粘土でできた人形、そして、バラバラになった金剛石の山が広がっている。
そんなレイエスの困惑をよそに、三人は、それぞれの持ち場へと散らばっていった。
ギルは、白い粉の山となった骸骨兵たちの残骸を、足で探り始めた。
「何か、お宝ないかなー?」
彼は、そう言って、まるで砂浜で貝殻を探すかのように、無邪気に地面をかき分けた。すると、彼の足元から、何かがキラリと光る。
「おっ!見つけたぜ!」
ギルが拾い上げたのは、先ほどまでサイオンの骸骨が持っていた、ボロボロになった杖の先から外れた宝玉だった。それは、見る者を惹きつけるような、深遠な輝きを放っている。
「すげぇ!これ、本物の宝物じゃん!」
ギルは、興奮したように、宝玉を掲げた。
「わあ!ギル、すごい!」
キスティーは、そう言って、ギルに駆け寄った。彼女も、その宝玉の美しさに、目をキラキラと輝かせていた。
一方、アリシアは、自分たちが作った二体のゴーレム、すなわち、おじさんゴーレムとミニゴーレムの前に立ち、静かに手をかざした。
「ありがとね。」
彼女がそう呟くと、信じられない光景が目の前で繰り広げられた。巨大なおじさんゴーレムは、まるで砂で作られた人形のように、みるみるうちに小さくなり、元の工作用粘土の塊へと戻っていった。そして、アリシアの足元にいたミニゴーレムも、コロンと転がり、ただの粘土の塊へと変化した。
「い…いとも簡単に…」
騎士団長は、その光景に、絶句した。彼の脳裏には、伝説の魔術師サイオンが、このゴーレムを制御するために、どれだけの苦労を重ね、そして、最終的に制御しきれずに、この洞窟を封印するに至ったという歴史が蘇っていた。それが、たった一人の少女によって、まるで糸を解くかのように、いとも簡単に戻されたのだ。
「サイオンでさえ、制御できずにこの有様であったのに…本当に…ただの工作用粘土…なのだな…」
レイエスは、その光景を、言葉を失って見つめていた。彼の知る世界の常識は、もう、跡形もなく崩れ去っていた。そうこうしていると、彼が抱えているリリアナがゆっくりと目を覚ました。
そんなレイエスの視線が、アリシアに向けられているのを感じ、リリアナは視線の間に入った。
「レイちゃん!また銀髪女狐見てたでしょ?私だけを見て!何度も言うけどまだ子どもよ?…いえ…違うわね…恋に年齢なんて関係ないと言うことなの?そこまで想ってるの?ウソよ!レイちゃんがそんな趣味なわけないもん!きっとあの性悪銀髪女狐に化かされてるのね!?ホント意地汚い田舎狐ね!いえ、私が離れてたからいけないのね…もう離れないわ!1秒たりとも!」
そう叫び散らして、固く心に誓った。
彼女の意識は、レイエスが自分以外の女性を見ているという事実に、強く反応していた。
アリシアは、そんなリリアナの言葉を聞きながら、必死に粘土を片付けていた。彼女の背中には、まるで殺意でもこもっているかのような、リリアナの視線が突き刺さっていた。
(見たら…心が持たないわ…!とにかくで粘土片付けに集中よ…!)
アリシアは、そう心の中で唱えながら、必死に手を動かした。
そこへ、ギルが駆け寄ってきた。
「アリシア!見てくれよ!これ、サイオンの杖の宝玉だぜ!すげぇ!」
ギルは、嬉しそうに、アリシアに宝玉を見せた。
「わあ、すごい!ギルが見つけたの?よかったね!」
アリシアは、そう言って、笑顔でギルを褒めた。ギルは、照れくさそうに頭をかいた
「なあ、これ…ダイヤモンド…どうすんだ?」
ギルは、白い粉の山に埋もれていたダイヤモンドの破片を集めてきた山を指差した。
「そうね…これは、王室の持ち物だから、レイエス殿下にお返ししなきゃね。」
アリシアは、そう言って、ギルが拾い集めた山のダイヤモンドの破片を、自分の袋に入れた。そして、先ほど、ギルが持ってきた、ダイヤモンドで覆われた骸骨の頭、もといアリシアが作った「球」も、回収する。
「これも…持って帰るの?」
ギルが、不思議そうに尋ねた。
「ええ、これは、私が作ったものだもの。責任持って、持って帰るわ。」
アリシアは、そう言って、その「球」を袋にしまった。
お片付けが終わり、騎士団長の先導のもと、洞窟の出口へと向かうことになった。
「殿下、どうぞこちらへ。リリアナ様も、みんなもこちらへ…」
騎士団長は、そう言って、レイエスとリリアナ、そして子供たちを、出口へと誘導した。
レイエスは、リリアナとともに、騎士団長の後ろを歩いた。彼の隣には、相変わらずリリアナがぴったりとくっついていた。
「レイちゃん!私、あなたのことしか見てないんだから!だから、レイちゃんも、私だけを見ててね!」
リリアナは、そう言って、甘えるようにレイエスに抱きついた。
レイエスは、困ったように微笑みながら、リリアナの頭を優しく撫でた。
そんな二人の様子を、アリシアは、できるだけ目に入れないようにしていた。リリアナが、時折、殺意に満ちたような鋭い視線を向けてくるからだ。その視線に気づくたびに、アリシアは、ギルの背中に隠れたり、体を縮こませたりした。
「アリシア?堂々としとけばいいじゃん?」
キスティーが、そんなアリシアの様子を見て、不思議そうに言った。
「無理よ…何がなんだかわからないもの…どうしよう…?」
アリシアは、困ったように、キスティーに助けを求めた。
「じゃあ、受けて立っちゃえば?王子様奪っちゃうの。」
キスティーは、いたずらな笑顔で、アリシアに囁いた。
「もう!他人事だと思って!」
アリシアは、そう言って、ふくれっ面でキスティーのおでこを軽く叩いた。
「へへ!」
キスティーは、そう言って笑い、アリシアも、つられて笑った。
そんな二人の様子を見て、ギルは、呆れたようにため息をついた。
「お前ら…本当に、どこにいても変わらないな…」
「「ギルもねー!」」
キスティーとアリシアは口を揃えて言い返し、三人で楽しそうに笑った。
洞窟の出口が、少しずつ見えてきた。騎士団長は、遠い目をしながら、この日のことを、一つ一つ振り返っていた。
(伝説のゴーレムは、子供たちの遊びによって破壊され…伝説の魔術師は、粘土の人形に打ち砕かれ…この国で最強と謳われた騎士たちが命を落とした場所は、ただの「ボーリング場」と化し、「花火大会」で盛り上がっていた…)
彼の心労は、遥か次元の彼方まで積み重なっていた。
「…もう…疲れた…」
騎士団長は、どっと疲労が押し寄せ。自然と呟いてしまった。彼の心と体は、この日の出来事を処理しきれず、限界に達していた。
レイエスは、そんな騎士団長に、そっと肩を貸した。
「ありがとう、騎士団長。本当に…ありがとう。」
レイエスの言葉に、騎士団長は、涙を流した。彼の心は、感謝と安堵、そして、この国の未来への、漠然とした不安で、ぐちゃぐちゃだった。しかし、このレイエスの労いの一言で、全てを投げ出してでも、殿下をお守りすることを改めて心に誓った。
洞窟の外へ出ると、夕暮れの柔らかな光が、彼らの顔を照らした。
「わあ、もう夕方だ!」
キスティーが、そう言って、空を見上げた。彼女の顔は、この日の「探検」への満足感で、満ち溢れていた。
「腹減ったー!」
ギルは、そう言って、お腹をさすった。
「そうね、帰ったらきっと美味しいご飯あるわよ!」
アリシアは、にこやかに微笑んだ。
彼らにとって、この洞窟での出来事は、ただの、とても楽しい一日だった。しかし、大人たちにとっては、生きた心地のしない、この国の歴史に、深く、そして、決して忘れられない一日として、刻まれることになった。




