第69話 むーりー!
三人の子供たちは、まるでここが危険な洞窟ではなく、穏やかな草原であるかのように、楽しそうに笑い合っていた。しかし、その笑い声は、一つの言葉でピタリと止まった。
「あ!そういえば宝箱は?」
キスティーが、はっとして言った。その言葉に、ギルとアリシアも顔を見合わせる。そして、三人は、一斉に、宝箱があったはずの場所を見た。そこには、先ほどまで骸骨たちがいた場所を覆う、白い粉の山があるだけだった。
「あ…もしかして…宝箱も粉々か…?」
ギルが、震える声で呟いた。彼の声は、自信に満ちた先ほどとは打って変わり、不安に満ちていた。
「はじめは後ろで光ってたよね?どこ?」
キスティーも、焦ったように周囲を見回した。
アリシアは、冷静になろうと、三人の行動を振り返った。
「えーっと…誰の責任かしら?」
三人は、しばしの沈黙の後、一斉に話し始めた。
「俺じゃねえぞ!俺の『球』は後ろまで届かなかったからな!ぜってー違う!!」
ギルが、真っ先に自分の無実を主張した。
「アリシアじゃないの?あんな派手な花火大会とかしてさ!ピカピカしたの宝箱に当たったんじゃない?」
キスティーが、ギルの言葉に被せるようにして、アリシアを指差した。
「な…!何よ!わ、私そんなに下手くそな魔法制御してないわよ!ち…ちゃーんと場所わかってたわ!ふふん!」
アリシアは、そう反論したが、その声は、どこか自信がなさそうだった。
キスティーは、そんなアリシアを目を細めて見つめた。
「あ〜や〜し〜い〜?ほーんとに分かってたの?勝手にピカピカ反射してたじゃん!」
その言葉に、アリシアは、おどおどし始めた。それでも、彼女は必死に反論を続けた。
「そ…それは…その…えーっと……、あ!違うわ!キスティーよ!最後勢いよくストライクしたじゃない!それで『ピン』の後ろの宝箱も粉々になったのよ!そうよ絶対!」
「えーー?な〜んのこと〜?その時には〜、もう〜ありませんでした〜。」
キスティーは、そう言って、口笛吹きながら、しらばっくれた。
アリシアは、その言葉に、観念した。
「…もういいわ…私の負けよ。私が壊したことで終わり!もう!」
アリシアは、怒っているわけではなかった。むしろ、そのやり取りを楽しんでいるようで、にこやかに笑った。
ギルは、呆れながら、キスティーに言った。
「キスティー、お前こういう言い合いは強いよな…」
キスティーは、得意げに胸を張った。
「ふふん!正義は勝つ!」
三人は、再び楽しく笑い合った。
ギルは、ふと、我に返った。
「おい、宝箱って王室の持ち物じゃないのか…」
その言葉に、三人はその場で固まり、顔を青ざめさせた。彼らは、自分たちが何をしたのか、ようやく理解したのだ。
「…ヤバいって!また王室の持ち物壊したのかよ?今度こそ…」
ギルは、焦って言った。
「やだよー!捕まりたくない!どうする?どうする?ねえ!」
キスティーは、涙目で、アリシアに助けを求めた。
「まってまって!もう…わかんない!え?え?宝箱って、そもそもあったの?今、ないじゃない?そうよ!なかったのよ!あ…無理ね…はじめに見たわよね…」
アリシアは、顔を青ざめさせながら、独り言のように呟いた。
三人は静かになり、下を向いた。このあと待ち受けるものを想像した。牢屋のイメージが浮かび、重くのしかかっていた。
レイエスたちは、そんな三人の様子を、岩陰から呆然と見ていた。今まで、絶望と恐怖しかなかったこの空間が、まるでただの大きな談話室になっている。そこに、脅威など微塵もなかった。
(なんなんだ…これは…)
レイエスは、そう呟いた。
騎士団長は、緊張の糸が切れ、その場にへたり込んだ。
「助かった…のか…ここはあの世ではないのか…目の前に楽しそうな子どもたちがいるではないか…やはり天国…」
彼は、夢か現実か、もう区別がつかなかった。彼の心は、もはや正常な状態ではなかった。
レイエスは、そんな騎士団長に声をかけた。
「…とりあえず、地上に戻ろう。」
その言葉に、三人は、ビクッと体を震わせた。アリシアは、ギルとキスティーに、こっそりと背中を押された。
「…レイエス殿下、あの…その…ですね…えー…と、宝箱…壊しちゃった…みたいな?…やっぱり王室の持ち物ですよね…」
アリシアは、顔を青ざめさせながら、どもりながら言った。
突然のことで、レイエスは目が点になった。
「あ、ああ、ここは王室の所有しているところだからそうなるかな。」
レイエスは、普通に受け答えしてしまった。
その言葉に、三人の顔は、さらに青ざめ、その場で固まった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!また壊しちゃった…お願いです!牢屋だけは許してください!!」
キスティーは、涙目で叫んだ。
「ごめんです…なさいです!はしゃぎすぎました…牢屋だけは牢屋だけは………説教はいくらでも受けます…………だから牢屋だけは……ろうやだけはーー!」
ギルは、必死に懇願した。
「ごめんなさい…本当にごめんなさい。船、壁、訓練場などたくさん壊してきました…今回の宝箱も…でも…わざとじゃないんです!牢屋だけは許して下さい…」
アリシアは、もう泣き出しそうな顔で、レイエスの顔のそばに自分の顔を近づけ、懇願した。
レイエスは、三人の必死な様子に、ぽかんとした顔をしていた。そして、慌てて言った。
「あ…ああ…大丈夫だ…捕まえたりしないよ、きっと宝箱はなかったんだよ。そういうことにしよう。」
その言葉に、三人の顔は、安堵の表情に変わった。彼らの瞳から、涙がこぼれた。
その懇願の騒がしさに、リリアナが目を覚ました。彼女の目に飛び込んできたのは、アリシアがレイエスの顔の近くに自分の顔を近づけて懇願している光景だった。
リリアナは、一瞬で沸点に達した。顔を真っ赤にして、飛び起きた。そして、レイエスを引っ張り、アリシアから引き離した。
「ち、ちょっと!どういうこと!?何しようとしてたのよ!潤んだ瞳で顔近づけて…あなた、まさかレイちゃんの唇奪うつもりだったの!?ふざけないでよね!!私がここにいるにもかかわらず…よくもぬけぬけと、何?禁断の恋?…恥を知らない、はしたない死神女ね!あなたなんて、骸骨とダンスでも何でもしてればいいのよ!油断も隙もあったものじゃないわ!!」
リリアナのまくし立てるような言葉に、アリシアはもう何も言えなかった。彼女はノックアウト寸前で、キスティーに助けを求めた。
「キスティー…助けて…」
しかし、キスティーは、笑いながら言った。
「むーりー!」
レイエスは、そんなリリアナを優しくなだめた。
「やめないか、リリアナ、そんなのじゃないから。」
レイエスに優しくされて、リリアナは少し落ち着いた。
「レイちゃんひどい〜!私を抱いてるのにあんな性悪銀髪女狐に唇奪われそうになるなんて…脇が甘すぎよ。」
甘えるような声でそう言って、アリシアに見せつけるように、レイエスに抱きついた。
アリシアは、もう「はいはい」といった様子で、あさっての方向を向いていた。
ある程度正気を取り戻した騎士団長は、職務に戻った。彼が一度咳払いをすると、反射的に三人は気をつけの姿勢になった。
「おほん!…では殿下、この辺で本日はよろしいかと。」
レイエスは、静かに頷いた。
「みんな楽しかったかい?では地上に戻ろう。」
その言葉に、三人は元気よく返事をした。
「「「はーい!探検ありがとうございました!」」」
長い長い洞窟探検は、やっと終わりを迎えた。
騎士団長は、遠い目をしながら、この洞窟で起こった出来事を一つ一つ振り返り、涙を流した。彼は、この日のことを、一生忘れることはないだろう。彼の心労は、もはや言葉では言い表せないほどに、積み重なっていた。




