第64話 開幕でーす!
ギルとアリシア、キスティーの三人は、自分たちの「遊び」を前に、瞳をキラキラと輝かせていた。レイエスと騎士団長は、そんな彼らの様子を、岩陰から見守るしかなかった。
「殿下!お下がりを!危険すぎます!」
騎士団長は、震える声でレイエスに叫んだ。彼の顔は、土気色にこわばっている。目の前には、無数の骸骨兵が、得物を構えて、こちらに迫ってきている。その恐ろしい光景を前に、子供たちは、この状況を、ただの「遊び」の道具にしようとしているのだ。
「…大丈夫だ。騎士団長。君は、僕とリリアナを守ってくれ。頼りにしている。」
レイエスは、そう言って、意識を失ったリリアナを抱きかかえ、騎士団長の背中に隠れるように身を潜めた。しかし、彼の心臓は、激しく高鳴っていた。一体、これから何が始まるのか、想像もつかなかった。
そんな大人たちの張り詰めた空気をよそに、キスティーは、お気に入りの「球」、少し欠けた頭蓋骨を両手で持ち、真剣な顔で骸骨兵たちに向き合った。
「ボーリング大会開幕でーす!行くよー!」
キスティーは、そう叫ぶと「球」の穴に指を入れ、両手でかかえ、助走をつけ始めた。彼女の足元に、微かに緑色の光が灯る。それは、風の魔力だ。彼女は、ほんの少しだけ、スピードを上げるつもりだった。しかし、その瞬間、彼女の全身から、制御しきれないほどの膨大な魔力が溢れ出し、「球」に流れ込んでいく。
「いっけぇー!」
彼女の小さな体から放たれた魔力は、彼女の想像を遥かに超えていた。「球」は、猛烈なスピードで回転しながら、骸骨兵たちの群れへと向かって転がり出した。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ…!
「球」は、まるで弾丸のように、恐ろしい轟音を立てて、地面を滑っていく。そのスピードは、もはや肉眼では追うことができないほどだった。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
騎士団長は、その光景に悲鳴を上げた。彼の脳裏には、伝記でしか見たことがない一瞬で全てを蹴散らし、跡形もなく吹き飛ばす、伝説級の魔術が蘇っていた。それが、たった一人の少女によって、無邪気な「遊び」として、行われようとしているのだ。彼の顔は、絶望と恐怖で、青ざめていた。
「な、なんだ…!あれは…!?」
レイエスも、その光景に目を丸くした。彼は、これまで様々な魔法を見てきた。しかし、このような、常識を遥かに超えた光景は、見たことがなかった。
猛スピードで転がる「球」は、正確なコントロールを失い、センターを外れ、左へと大きくカーブした。
バキバキバキバキッ!ドゴォォォォン!
「球」が「ピン」の群れに突っ込んだ瞬間、凄まじい音が響き渡った。まるで巨大なハンマーで叩き潰されたかのように、左側に並んでいた骸骨兵たちが、あっという間に粉々に砕け散っていく。その衝撃は、洞窟全体を揺るがし、天井から、ボロボロと土が落ちてきた。
「…ひぃっ…」
レイエスは、思わず息をのんだ。彼の目の前で、数十体の骸骨兵が、一瞬にして消滅したのだ。
頭蓋骨は、半分の骸骨兵を砕き散らしたところで、ついにその勢いを失い、砕け散ってしまった。
「あー…真ん中狙ったのに…残念。後ろまで届かなかった…」
キスティーは、しょんぼりと肩を落とした。彼女にとって、それは、ただの「失投」だった。
「でも、だいぶ倒れたでしょ!」
彼女は、そう言って、胸を張った。彼女の顔には、悔しさよりも、自分がやったことへの、わずかな満足感が浮かんでいた。
ギルは、その光景に、興奮を隠せない様子で叫んだ。
「やるじゃねえか!負けてらんねえな!」
彼は、自分の番が来たことへの、純粋な闘争心に燃えていた。
アリシアは、そんなキスティーを優しく見つめ、微笑んだ。
「あら、ちょっと届かなかったわね。でも、よくできました!」
彼女の言葉は、まるで、子供の初めての成功を、優しく褒めているかのようだった。
一方、レイエスと騎士団長は、この現実を、全く受け止めることができなかった。
「骸骨の頭を転がしぶつけて、骸骨兵を破壊しただと?今のスピードはなんだ?キスティーはいつ魔法を使った?」
レイエスは、震える声で呟いた。彼の目の前には、砕け散った骸骨の残骸が散らばっている。その光景は、彼が知る常識では、到底ありえないことだった。
「…おおお…なんだ…何が起きたんだ…骸骨兵が粉々になっている…これがボーリングと言う魔法なのか…?」
騎士団長は、信じられないといった表情で、口をパクパクとさせていた。彼の心は、恐怖と混乱で、もうぐちゃぐちゃだった。彼の脳裏には、この洞窟の危険性と、自分が守らなければならない存在の重みが、これでもかというほどにのしかかっていた。
(撤退…撤退だ…!今すぐに…!このままでは…!この国は…未来の王が…お妃様が…、王都が…!)
彼は、腰が抜けそうになるのを必死にこらえ、剣を握りしめた。しかし、その手は、小刻みに震えていた。
その時だった。洞窟に、再び悲鳴が響き渡る。
「…ひぃ…」
リリアナが、凄まじい音で目を覚ましたのだ。彼女は、視界に入ってきた、粉々に砕け散った骸骨兵たちの残骸と、未だに立ち尽くしている、無傷の骸骨兵の群れを見て、再び、恐怖に顔を歪ませた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼女は、その光景に、恐怖のあまり、再び卒倒した。
レイエスは、そんな彼女を再び抱きかかえ、深いため息をついた。彼の心は、もう、どうすればいいのか分からなかった。




